第8話 せかい の はんぶん

第8話 1

 東西に壁のようにそそり立った岩肌を残した、元天間山脈跡地。


 その北側にトヨア禁軍五千の兵は陣を張っていた。


 上空から俯瞰で見下ろす映像が、わたしの前に開かれたホロウィンドウに映っている。


 オーガに化生した工兵さん達が、瞬く間に壁を打ち立て、砦を建ててしまっていた。


「――拠点構築は、惑星開拓の基礎だからね。

 建築資材用の極小素材ナノマテリアルは、山ほどあるんだ」


 そう説明してくれるのは、今日は実体のあるケイだ。


 ぬいぐるみみたいな質感をしたその身体は、いくつかあるケイの仮の身体のひとつで、愛玩躯体プリティボディっていうんだって。


 アーガス王国の戦が始まる今日、やはり戦への同行を許してもらえなかったわたしを気遣って、ケイは一緒にヒノエ様を応援しようって、わたしの部屋へとやって来たんだよね。


 探索器シーカーと呼ばれる、小型ドローンみたいな魔道器が辺りに散布されていて、それらの映像を統合してホロウィンドウに映してるみたい。


「でも、せっかく飛行機とかトラックがあるのに、なんでここまで使わなかったの?」


 ここ数日、禁軍との訓練で軍舎に出入りしていたわたしは、格納庫にしまわれたそれらを見ていた。


 出陣の時も、みんなはトラックの荷台に乗って出て言ったんだ。


 でも、戦場に付くよりずいぶん前で、みんなは徒歩に切り替えて、トラックはその場に待機になったみたい。


 わたしの問いかけに、ケイは短くて丸い手を口元に当てて目を細めた。


「ヘタに現代人の想像力を刺激しない為だよ。

 知ってるかい? 人類ってのは、見た事があるものは、なんとかそれを再現しようとして、実現できてしまう知能があるんだ」


「鳥を見て飛行機を作ってしまう、みたいな?」


「そうだね。

 かつてボクらのホームでは、異星起源種の遺跡を見つけて、その技術を再現する事で、たった二十年で星系全域にまで版図を広げたくらいさ。

 ――それ以前は衛星に到達する事すら大事業だったのにね」


 含み笑いを漏らし、ケイはリーシャが用意してくれた焼き菓子を頬張る。


 ガリゴリと豪快な音を立てて噛み砕きながら。


「ま、自動車や飛行機は、今の人類には過ぎた技術だからさ。

 ――自分らで発明したり、遺跡で残骸を見つけて再現するならともかく、ボクらが広めたら過干渉になっちゃうから隠してるのさ」


 そう言って、今度はカップのお茶を口に運ぶ。


「実際のトコ、縛りプレイしてても、過剰戦力なんスけどねぇ」


 リーシャが空になったケイのカップに、お替りを注ぎながら苦笑する。


 石組みのように表面を偽装された砦と防壁は、実際は宇宙の超技術素材で造られたものだもんね。


 戦場のある南向きに造られた門の側には、七十騎もの兵騎が駐騎してる。


 アーガス王国騎士団の兵騎総数がおよそ二百騎。


 他の国境の防衛もあるから、そのすべてがこの戦に投入されるわけじゃなく、ヤシマさんの見立てだと、投入できたとして百騎が良いところだろうという話。


 数の上では、トヨア皇国の方が少なく感じるかもしれないけど、アーガス王国に限らず、今、各国に広まってる兵騎は、墜ちた船団の――遺跡から発掘したものを強引に動かしてるものや、まだ生きてた工房艦の機能で製造したものばかりで、現在も技術更新してるトヨア皇国の兵騎に比べたら、旧式扱いなんだって。


 <舞刃闘騎アーク・ブレイド>と合一したからよくわかる。


 あの自由な感覚に比べたら、アーガス王国の兵騎は重しや足枷のように感じてしまうよ。


 ――兵騎だけじゃない。


 兵にしたって、アーガス王国は甲冑を着込んで、歩兵と騎馬達なのに対して、トヨア皇国はみんな化生して臨んでいる。


 ゴブリンやオーク以上の化生は、全力疾走で騎馬より速く走れて、力も馬に負けないくらいに強いから、騎馬隊の優位性はまるで無いんだ。


 ホロウィンドウが動いて、開戦予定地を映し出す。


 抉り取られた天間山脈跡地。


 ヒノエ様が放った竜咆ドラゴンブレスに焼かれて硝子化したそこは、中天に差し掛かる日の光を浴びて、きらきらと幻想的な景色を生み出していた。


 左右に残った山嶺に囲まれて、硝子の渓谷ができあがっている。


 その遥か奥――二十数キロ離れた向こうでは、アーガス王国の騎士団が各家の紋章旗を掲げながら、トヨアのそれと比べるとひどくお粗末に感じてしまう陣地を構築して、天幕を張っていた。


 第一、第二の両騎士団と地方領主軍をかき集めて、ざっと見た限り一万近い兵数。


「……やる気になればこれだけ集められるのに、狂化機獣バーサーカーや侵災はミィナひとりに任せてたっていうんだから、アーガスってホント、業が深いよねぇ」


 ケイが肩を竦めて苦笑すれば。


「というか、おひとりでそれをどうにかできちゃうミィナ様も、大概っスけどね」


 リーシャも鼻を鳴らしながら苦笑を返す。


「運用コストを度外視できる、騎士団に匹敵した戦力だからね。さぞかし使い勝手がよかっただろうさ」


「ケイちゃん、そういう、人をモノみたいに言うの、あーし好きくないっス」


「おっと、ごめん。あくまで彼らの思考パターンを解説したつもりだったんだ。

 ボクがそう思ってるワケじゃないよ?」


 と、ケイはわたしに向き直って、まるい身体を折り曲げて頭を下げた。


「大丈夫。ケイが良い人なのは、わかってるから」


 わたしもまた苦笑して、下げられたケイの頭を撫でる。


 ツルツルした見た目なのに、細かい毛が生えていてすごく手触りが良い。


 そうしている間に。


「――あ、動き出したね」


 両軍の本陣前に兵が整列し、互いに進軍を開始した。


 トヨア皇国の先頭を往くのは、出会った時の妖艶な姿をしたヒノエ様。


 まるでSF映画に出てくるような、身体のラインがくっきりと出る、レオタードめいた赤紫色の衣装を着ていて、剥き出しの脚は黒色のバイザースカートで守られてる。


 そのすぐ横には大きな金属コンテナを背負った、バトルスーツ姿のハヤセさんの姿もあった。


 アリアさんやヤシマさんも戦場に赴いているはずなんだけど、ホロウィンドウの中には映っていない。


 一方、アーガス軍はというと、予想通り第二騎士団が前面に立たされて、その後ろに第一騎士団が続くという布陣だった。


「んん? 男勇者が居なくないっスか?」


 リーシャが首を傾げる。


「いや、あそこだ」


 ケイのがホロウィンドウを指指すと、画面がそちらにズームして。


 陣形中央の最後列で、兵騎に囲まれるようにして彼の姿はあった。


 特注らしい純白の甲冑を身にまとい、目に鮮やかな白馬にまたがって。


「……位置的に総大将なんだろうけど、最後尾とはね。主とは大違いだ」


 皮肉混じりにケイがせせら笑う。


「あ、セイヤくん、馬に乗れるようになったんだ?」


 わたしの呟きに、リーシャが驚いた顔を浮かべた。


「え? アイツ、男のクセに乗馬できなかったんスか?」


「うん。わたしが城にいた時は、馬が臭いって、よくサボってたよ」


「いや、乗れてないね。見て、馬丁ばていに引いてもらってる!」


 ホロウィンドウが、セイヤくんの白馬の前方、くつわを取って歩く人の姿が拡大する。


「――馬丁ばていっ! 戦場で馬丁ばていに世話されて出陣ってっ!!」


 ツボにハマったのか、リーシャはお腹を抱えて笑い転げた。


「まあ、戦闘が始まったらロジカル・ウェポンで戦うんだろうし、カッコつけたいだけなんだろうね」


 呆れたようにケイがそう評価して。


「カッコつけれてねーっス! ぷぷ……馬丁ばてい……」


 リーシャはなおも笑い続けた。


 やがて両軍は数百メートルの距離まで接近し、行軍を停止する。


「……作戦通りいけば良いけど……」


 わたしは祈る気持ちでホロウィンドウを見つめた。


 ホロウィンドウの中――トヨア禁軍の先頭で、ヒノエ様が房飾りの付いた鉄扇を広げる。

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