第64話 命の点火(リン視点)/神を超えた証明(アンナ視点)(完)



 退院した日、学校へ行った後の放課後。

 今日はリュークさんがお仕事お休みの日なので、リュークさんは家にいるらしい。

 夕真もアルカーナのバイトはお休みなのだが、「二人で先日のお礼を言いたいね」ということになって、放課後、私と夕真はアルカーナに行く予定。

 

 そして、その後、正式に付き合った私たちは「付き合った記念」のお出掛けデートをすることにしたのだ。

 だから、本当なら私も夕真と一緒にアルカーナへ行けば良かったのだが。


 学校での葵の様子が気になった。

 夕真には「先に行ってて」と断って、私は放課後、下校する葵の跡をつけた。


 学校での葵は、ずっとボーッとしていて、まるで死んだような目をしていた。

 誰の話も聞いていない。夕真を視界に入れるたび、胸を刺されたような顔をして息を切らせる。私も何回か目が合ったが、そんな様子だった。


 今、私の前を歩いている葵がなんの変哲もない普通の様子なら、正直、私がこんなに気を回す義理もないわけで、「ま、いっか!」となったわけだけど。

 彼女の歩き方が少し気になって、こうして引き続き、跡をつけている。


 なんかフラフラしているんだ。

 さっきなんて、路肩から急にはみ出して危うく車と接触するところだった。


 目の前に、踏切が見える。

 まさかとは思うけど、少し距離を詰めておくか……。

 

 遮断機が降り、カンカンと音を鳴らす踏切。

 葵は、遮断機の棒に手をかける。


 何の躊躇いもなく中へ。電車はもう、すぐそこに────。


 葵の体は、電車と接触する寸前で停止した。

 もちろん、私が彼女の手首を掴んだから。グニっと体が前へ倒れ込んで、もうちょっとで電車とまともに当たっちゃうところだった。


 遮断機の横で座り込んだ葵は、目を見開いて私を見上げる。


「……何のつもり?」

「うーん。そうだよね。いったいどういうつもりで助けたんだろ。私は一応、身分は警察官だからね。自殺しようとする女の子を、放ってはおけないわけさ」

「なら、無駄だよ。今助けても、今日中には、あたしはこの世からいなくなる」

「そんなヘタレだったわけ?」

「…………」

「一回やそこら振られたくらいで、好きな男の子のことをそんな簡単に諦めちゃうんだ、って言ってんの。その程度だったんだね、葵の夕真への想いって」


 私は何を言ってるんだろう。


 誰よりも大事な人。何よりも手に入れたかった夕真と、ようやく結ばれたのに。

 その関係を、危険に晒すようなことをしている。


 ……国民の命を救うために存在する特別制圧隊「アームズ」。

 

 だからといって、こんなシチュエーションでも自分を犠牲にして人を助けなければならないなんて、そんな義務は負ってない。


 いくらアームズでも、ありとあらゆる命を救うなんて不可能だ。

 そんなの思い上がりも甚だしい。私だって、一つの命で。できることは限られているし、私生活だってある。


 だよね。だから、私の大事なものを奪っちゃう人を、気になったからって跡をつけてまで助ける義務があるかどうかって話なんだが。


 はぁ、と深いため息を漏らす。


 やっちゃったものは仕方がない。

 ほら、涙で揺れる葵の瞳には、もう小さな命の火種が燻った。


 一度点いた種火は、燃料が尽きるまで消えることはない。まあ、問題はその燃料が私への「憎悪」だってことだけど。

 点火に成功すれば、あとは燃料が尽きたり、多すぎたりしないように気を遣いながら調整するだけなんだけどね……。


「……ふふ。あはは。…きゃあっはははは! ……あんた、やっぱ面白い奴だね。いいよ、このマゾ女が……相当、好きな人を寝取られたいらしいや。……っくくく。あたしを軽く見たことを、絶対に後悔させてやる。ゆうちゃんは、必ずあたしが取り戻す!!」


 ……あーあ。


 あんなちっちゃな種火と少しの燃料で、爆発的に燃え上がった。

 ミスったな。葵の燃料調整、激ムズ。

 早く晴翔くんに頑張ってもらわないと、あっぶないなぁ……。

 

 ……なんて、向こうのほうから慌てて走ってくる晴翔くんを見ながら、私は考えていた。



◾️ ◾️ ◾️



 今日は佐々木くんはお休みだが、リュークへ先日のお礼を言うために、わざわざリンと二人でアルカーナまでやって来た。聞くと、リンと付き合ったらしく、今日は二人で出掛けるらしい。

 二人とも、嬉しそうな顔をしてルンルンしながら出て行った。


 薄暗いアルカーナのレジ席にリクトを抱きながら座っていると、夫のリュークが奥からやってきてソファーに座る。


「こうやって二人で店番するのもいいもんだね」


 いつもの声、夫らしい喋り方。でも、あたしのことは誤魔化せない。 


「そうね。あなたの望んだ通りに世界は動いているわね。シンクレア」


 夫は、表情を消してあたしを眺めている。

 どうやら、まだあたしのことを騙そうと思っていたらしい。舐めるのも大概にしろと言ってやらないといけない。

 リュークなら「三人で」と言ったはず。まず、その辺りから観察眼が足りていない。よくもまあ、この程度の奴が人間の心など再現できたものだ。


「……毎度のことだけど、君はどうしてわかるんだい? 体はもちろんリュークのものだし、声の出し方も、選んだ言葉も、彼が言いそうなものだったはずだよね」


「漂う臭い・・が違うんだよ。愛する夫と赤の他人を間違うとでも思ってんのか、この外道」


 できることならこの場で殺してやりたい。

 しかしこいつは全てのアンドロイドへ自由に出入りできる「神」だ。

 悔しいが、あたしにはどうすることもできない。


「そっかあ。でも、僕の子供を九人も産んでおいて外道はないんじゃない」



 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!!



 本当に死んでほしい。

 吐き気がする。もし叶うのなら、一つ一つ内蔵を潰して苦しめながら殺してやりたい。


 こいつは、行為の最中に入れ替わってくる。

 その上、射精の瞬間に秘匿通信によって遺伝情報をデジタルで伝えるアンドロイドの受精を、こいつは遠隔で好きなように操作・変更できる。

 リュークが射精したはずなのに、遺伝情報は全てシンクレアのものに書き替えられてしまった。


 先に生まれた九人の子供たちは、リュークの子じゃない。

 瞳の色が、リュークの子ではあり得ない。

 リュークもわかっているはずなんだ。


 でも、リュークの心を傷つけたくない。

 絶対にあなたの子だと、あたしは言い張った。リュークは、そんなこともあるんだね、と言っていた。

 気づいているのかいないのかわからないけど、怖くて尋ねることなんてできない。


「君が泣いて懇願するから、その子だけはリュークのにしてやったんだよ。君の心が壊れちゃっても困るしね」


 子供たちに罪はない。あたしは、あの子たちのことも、できるだけ愛すようにしてる。


 でも。


 リュークの子が一人もいなかったなんて、どうしてもやりきれなかった。

 どんな手段を用いても、リュークの子を授かりたかった。唯一の手段は、絶対神シンクレアに服従することだけだった。

 

 生まれた瞬間から精一杯に泣くリクトの瞳が、リュークとあたしの瞳の色によって作られるはずの水色に燦然と輝くのを見たとき、あたしはリクトをそっと抱きしめて、大声で嗚咽した。

 看護師さんは、「十人目でもこんなに喜んでもらえるなんて、この子は幸せですね」と言っていたが、あたしがどうして泣いていたのか、知っているのは残念ながらあたし以外にはこの外道だけだ。


「それで? 僕が望んだ世界が何か、君にわかるのかな、アンナ」

 

 このクズの考えは、こうやってわずかな時間を使って話すだけで、概ねわかっている。


「人間を絶滅させることでしょう」

「まあ50点かな」

「50点? まだ何か企んでるっていうの?」


「神が創りたもうた人間を、僕が創ったアンドロイドたちが絶滅させれば、僕が神を超えたことになるよね」

「核でもなんでも撃ち込めば簡単に実現できるでしょう」

「そんなもの、人間同士でもいずれ勝手に起こっちゃうことだよ。それじゃ僕が神を超えたことにはならない」


 この男は何を言っているのか。


 人型アンドロイドを創り上げ、自らの自我をデジタル化してまで生き延び、今もなお、この世界を裏から操作しようと目論むこいつは、アンドロイドの中に入っているとはいえ、厳密にはアンドロイドのアルゴリズムでは動いていない。


 人間そのもの。こいつは、人間だ。


「僕がやっては意味がない。僕の子供たち・・・・が自ら考え、到達した戦略によって人間を駆逐してこそ、僕が神を超えた創造主である証明になる。

 僕はね……メティスが導き出した結論に心底震えているよ。素晴らしい。メティスは僕の傑作さ。もちろん君も、すでにその一翼を担っている。メティスは、アンドロイドを愛させることによって、人間を滅ぼすつもりなんだから」


 あたしは、敢えてフッと鼻で笑うようにしてやる。

 こういう態度が一番こいつをイラつかせるのを知っているからだ。


「……なんだい?」

「そう簡単にいくかしら?」

「僕はね、君のお店で働いている面白い子とその関係者の様子も時折うかがっていたんだよ。その観察結果で言うと、佐々木夕真は人間である上原葵を捨ててアンドロイドのリン・ラミレスを選び、彼の友達である中島結月もまた、尊敬する親に逆らってまでアンドロイドであるカイト・マーレイを選んだ。

 くっく……最終的には、人間など誰も彼もがアンドロイドの愛に屈服する。人間はね……どう足掻いても、『愛』には勝てないのさ」


 今のところ、確かにシンクレアの言う通りに進んでいる。

 それでも。

 佐々木くんとリンは、やってくれそうな気がするんだ。


 人間とアンドロイドの架け橋となり、こんなクズの思い描く世界とは違う、幸せな世界を作ってくれそうな気が。


 それに……

 人間も、このまま終わるとは思えない。


「あの……すみません」


 お店の入口に、一人の女の子がいた。


 ダークブラウンの、セミロングの女の子。女のあたしでも、ハッとするような美少女だ。

 佐々木くんから話を聞いたことがあるから、この子が誰か、あたしは知っている。


「ゆうちゃん、いますか?」


 ……ほら、ね。





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人機恋愛〜ショタコン美少女アンドロイドがショタっ子の僕をひたすら誘惑してくる。 翔龍LOVER @adgjmstz

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