第63話 ああ、幸せぇ……(リン視点)
ビークルシティでの一件が終焉を迎えた後、私はすぐにアンドロイドの病院へと運ばれた。
アンドロイドの治療は結構複雑な技術が必要で、「生体組織の復元」と「金属骨格の修理」という、人間の病院と機械の修理工場みたいなのが合わさったところで行われるのだ。
夕真はしばらく警察の事情聴取を受けたらしいけど、それが終わった後、私が運ばれた病院を聞いて、駆けつけてくれたらしい。
私が目を覚ますと、夕真は私が寝かされている病院のベッドに突っ伏して、眠ってしまっていた。私が夕真を助けた日に、私がしたのと真逆だ。
アームズに選ばれてから、ちょっと自惚れてたのかもしれない。
もう、誰にも助けられたりしないと思ってた。私は才能もあったから、すごい力を手に入れて、もうなんでもできるような気になっていたんだ。
また、夕真に助けられた。
やっぱりこの人はカッコいいなぁ。顔に似合わず。
私はすぐさま退院するって言ったけど、新しいコマンド・ビットを充てがわれたネリムがめちゃくちゃ怒った。治るまでここにいろ! って。ったく、奴隷のくせに生意気だ。
だから、しばらく私は、おとなしく入院することにした。
二日経つと、歩き回っていいという医師からの指示が出た。どうやら明日には退院していいらしい。
「ねえ、リン、病院の敷地内にさ、草むらの土手みたいになったところがあってさ。ここは小高い丘に建っているから、景色もいいんだよ! 一緒に行かない?」
喜んでー!
私は、ウキウキしながら夕真に続いて歩いていく。
夕真と並んで土手に寝っ転がって、二人して、よく晴れた空を見上げた。
「あ──、きっもちいい──っっ!」
体をグーっと伸ばし、こんなふうに声に出してはみたけれど、晴れた空とは対照的に、懸案事項を思い出した私の心にはモクモクと雲が掛かり始めていて。
それがいったい何かというと──……
私は夕真に、「賭けは私の負け」って宣言しちゃったのだ。私は本当に賭けのためだけに夕真に迫ったんだとわざわざ説明して。その上、「葵に告白しろ」とまで言って。仮に夕真の心が私へ傾きかけていたとしても、あれで台無しにしちゃったかもしれない。
ここで「やっぱ撤回!」なんて、どの面下げて言えるだろう?
しかもそこから「本当はずっと君のこと大好きでした!」って告白するの!?
うわ。やば。どんな奴なんだよ私。
グダグダ考えながら「諦める」とかできもしないことを思い浮かべてみたりして。
こんなふうに悩み続けていると、もうどうしていいかわからなくなっちゃったという……。
未練タラタラで愛する人の顔を見つめていると、彼は何やら悩ましい表情で、言いにくそうに言葉を絞り出した。
「僕ね。実は、君に嘘をついていたことがあるんだ」
思いもよらぬ突然の、夕真の告白。
なに? 嘘って。
なんかドキドキする。夕真は嘘つきだから嘘自体はこれからもつきまくるだろうが、そんな夕真が自ら真実を告白してくるなんて、逆に怖すぎる。
金属骨格の各種機能が、混乱した自我によって邪魔され、私は機体温度が上がり、それが生体組織にまで影響を及ぼし──。
すなわち、ドキドキする、のだ。
そんな私に、夕真はポツリと言った。
「リンと初めてキスをした日。僕は、もう落ちてたんだ。でも、認めたくなくて、嘘をついた」
ええっ!!
落ちてたって!? やったじゃん!
うん? ちょっと待って? でも、あれは確か……
「……ああ、あれね。気にしなくていいんだよ。性欲に負けてしちゃったんでしょ? まあそれはそれで、ある意味落ちてるけどね。私たちが賭けたのは、
驚いたような表情で私を見る夕真。私がそんなこと考えてたなんて思ってなかった、って顔だ。
舐めんなよ? カラダだけで釣れても勝ちだなんて、そんな
「君も、そう思ってだんだ」
「当然だよ。性的な誘惑なんて、男は簡単に落ちるんだから」
まあそんな誘惑、他の男子にしたことないから知らんけど。
むぅ、と不服そうな顔をする夕真。
その顔があまりにも可愛くて意識がポーっとしちゃった私は、ふふ、とつい笑ってしまう。
あぁ……やっぱり諦めたくないなぁ。
一緒にいるだけで、こんなにも幸せな気持ちになれるなんて。
マジで大好き。愛してる。君のためなら死ねるよ。
「なら、僕が言ってることは間違ってないよ。そういう意味で、僕は嘘をついたことになるから」
…………え?
「リンが現場活動で腕を吹っ飛ばされたと知った時、居ても立ってもいられなくなった。君がいつまでも無事でいてくれることを神様に祈ったよ」
「あ……ま、まあそれは、私たちって結構仲良くなっちゃったから」
「仲良くなったからって、ただそれだけで僕は女の子にキスなんてしないよ」
「だからさ、それは突然に襲ってきた性衝動で──」
「君の家まで送っていく、って僕が提案したのは学校にいるときだよ? 衝動じゃないよ」
「……じゃあ、あ、あの時のキスは、性欲に負けたんじゃないって言うの? だってあの時、夕真は我慢できないって────」
「リンのことが好きだって気づいたから、最初からキスするつもりで君の家まで行った」
…………ふぇ。
あれ。何を考えてたっけ? 何を言おうとしてたっけ??
「え、えっと。でも、私はアンドロイドで、ロボットで──」
「だから何?」
「でも、でもっ、私はあなたに、葵へ告白しろって──」
「葵へは告白なんてしない。本当に好きな人は別にいる」
瞬間、熱くなった頬。
頬どころか、体の芯から燃えるようだ。次の言葉が欲しくて、もう何も考えられなくて、私は、ただ黙って夕真を見つめることしかできなかった。
すると、彼はスッと表情を暗くする。
こんな嬉しい話の最中に。
何か、悪い話が次に続くのだろうか。
嫌だ。それなら言わないで────
「でもね。ずるいと思うんだ」
「…………?」
「落とされたってことは、僕はもう君に恋をしたっていうことだよ?」
「うん……」
「リンのことしか見えなくて、大好きでどうしようもなくて、もう戻れないところまで来ちゃったんだ。なのに君は、勝負に勝ったからって僕の前から去るっていうの? そんなのひどいと思わないの」
夕真の顔が、みるみるうちに悲しみに染まっていく。
込み上げる涙を我慢するかのように、鼻水をズズ、と啜った。
待って。違うの、私は夕真のことを!
君をそんな気持ちになんて、絶対に、絶対にさせない──!
この気持ちを正確に伝えるためには、たくさん言葉が要ると思った。
でも、そんなのグダグダ喋ってるのがまだるっこしい。ちゃんと伝わるか不安だ。
だから。
「────っっ!!」
私は夕真に飛びついて、キスをした。
抱きつく強さが、唇を擦り付け舌を絡め合う時間の長さが、気持ちの強さを表してくれることを願って。
今の夕真は鼻水小僧だから、私が口を塞げば息ができなくなってしまう。
意地悪な私は、それがわかってて唇を塞ぎ続ける。
夕真が体をグネグネとくねらせ始めた。きっと苦しいのだ。それを感知した私の心の何処かがウズウズして、私は、グッと強く夕真の後頭部をつかんで、顔を離そうとする夕真に抗ってやった。
「ぷはっ」
ゼェゼェいいながら、夕真は私を見つめる。
普通の人なら怖いと思うかもしれないこんな私の行為を受けて、夕真はまだ全然足りなさそうな顔をする。
そんな君の表情に、毎回毎回、私は理性を吹っ飛ばされるんだぁ……。
アンドロイドに設定された性欲が、体中の機能を著しく狂わせていく。
心を落とす願いが叶ったからか、ブレーキを掛けていた性欲が弾け飛びそうだ。
気がつけば、夕真に馬乗りになってキスしていた。
彼を受け入れる準備は、もう完全にできている。
今すぐにでも。今、ここででも。
好きなように夢中でキスしたあと、上半身を起こしてマウントポジションから夕真を眺めた。
彼もまた、私を愛する準備ができていることを股のあたりで強烈に感じてはいたが。
まだ言わないといけないことがあることに気づいた時、私の性欲は、引き潮のようにきちんと鎮まってくれた。
……夕真が本心を告白してくれたなら、私も打ち明けないといけないな。
しかし、いつからだろうか? あの倉庫街で助けられた時から?
いや、あの時はまだ、恋になりきれていない、モヤモヤするだけの気持ちだった気がする。それはそれで、それも恋かもしれないけど……。
明確に、恋だと自覚したのはいつだろう?
あ──……。きっと、あの時だろうな……。
「私もね。夕真に隠してたことがあるの」
酸欠で朦朧としてそうな夕真の可愛い顔を眺めながら、自分自身の胸を破裂させそうなドキドキ感に耐える。
まだまだ求めているかのような夕真の被虐的な表情に、私はまた頭がクラクラしてきた。
くそ。こいつ可愛すぎるだろ。
……よし。言うぞ!!
今から言おうとする言葉と同じ気持ちを胸いっぱいに抱えたまま、私は決意する。
「実はね。私、あの本屋で出会った瞬間から、君にオチてました」
夕真の顔は相変わらず呆然としている感じだったが、表情が作る「色」は明確に変わった。間違いなく、私の言葉をキチンと聞いた結果だ。
どうしよう。許してくれるだろうか。
心配で、胸が張り裂けそうで、とりあえず首を傾げて「てへっ」と笑ってみた。
と、速攻で眉間にシワが寄る夕真。
あれ?
「てへっ、じゃないよっ! じゃあ何!? ここ最近の僕らの勝負は!?」
「あっ。え、えっとね……。茶番、というか。ただ単に、私が君を落としにかかっていただけというか。あはは」
「茶番〜〜っっ!?」
やばい。暑い。汗が滝。
機体の温度上昇が正常範囲を超えてるんじゃない!?
私、壊れちゃうんじゃないだろうか。
てっきりしこたま怒られるものだと思っていたら、夕真は「なぁんだっ!」と叫んで急に笑い出す。
呆気に取られた私は目を丸くして、彼の言葉の真意を待った。
「じゃあさ、この勝負、やっぱ僕の勝ちでいいんじゃない? 君が僕を落とす前に、僕が君を落としていたわけだから。何か一つ、僕のお願いを聞いてもらおうかなぁ……」
「なっ! そんな後出しは反則ですー! それにね、勝負開始の前からとっくにオチてたんだから、ノーカンだよっ!」
「何それ? どっちが後出しだよ! 大体、そんな重大事項をずっと黙ってたペナルティを払ってもらわないと! その重大事項が判明したのだって今なんだし、勝ちの要件も勝敗も今から決めて問題なし! よぉし、決定だ。お願いだって後出しで決めても────」
これはやばい、と思った私は、夕真をマウントからのくすぐりの刑に処す。
記憶を失くすくらい死ぬほどくすぐってやる! さっきの話を忘れるほどに、だ。
しかしそのうち、くすぐられて笑い声だったはずの夕真の声が、私にはどんどん喘ぎ声に聞こえてきて。
気のせいか、表情まで「もっとして!」と言わんばかりに見えてきて。
これはダメだ。めっちゃキツい。私が先に理性を失う。
あれ? もしかして、頭狂ってる? 私がヤバい奴なの!?
でも、くすぐられてるだけなのに、こんな声を出してこんな顔をするなんて、こいつだって相当狂ってる。
そのせいで、こんな場所なのに最後までヤッてしまうか一瞬迷ってしまったじゃないか。
……はは。私たちって、やっぱピッタリだよね。
そういや、と私はもう一つ大事なことを思い出す。
というか、一番大事なことをまだ確認してなかったのだ。これだけは、しっかり確認しないと。
結局、くすぐるのをやめた私は、仰向けに寝る夕真の胸の上に上半身をひっつけて、ちゅ、ともう一度キスをして。
「……私と、付き合ってくれる?」
ちゃんと言葉で言って欲しかった。そうして、わずかな不安さえも払拭して欲しかった。
そんな私の心配を、夕真は綺麗さっぱり吹っ飛ばすような笑顔をして。
「よろしくお願いします」
こんなに幸せな気持ちになったことはない。
浮き上がってしまいそうな心と体を必死で繋ぎ止めて、私は夕真を力一杯抱きしめた。
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