第27話 ハッピーエンドは日常に
「俺さー、冒険伝記作家になろうと思うんだよねー」
エネーヴ家の一日は、今日も今日とてセクレトのそんな言葉から始まる。
例の一斉討伐演習から、一週間。
当初は、すわ天変地異の前触れかと蜂の巣をつついたような騒ぎが街中を席巻したものだ。
スカイドラゴン一体に、イビルベア十数体。
明らかな異常事態は、その後も続く……と、誰もが思った。
しかしあれ以来、瘴気の森から出現する魔物はむしろ激減し続けている。
それどころか、今年はスタンピード期の兆候すら消え失せたという。
最初は戦々恐々としていた人々も、首を傾げながらも徐々に日常へと戻っていき。
今では、もうすっかり落ち着いたものである。
「冒険伝記作家って……凄い冒険者とかの後についてって、その伝説を物語にまとめる人のこと?」
「そうそう、それそれ」
「いいと思います! 私、セーくんがまとめた伝記を是非とも読んでみたいです!」
「いや、むしろにーちゃんはまとめられる側でしょ……」
「確かに、俺の生態は謎に満ちてるからな……記録に成功すれば、高額取引される事だろうが」
「ミステリアスな男ですね、セーくん!」
一部で噂されているのは……というか噂の大半を占めるのは、「Sランク冒険者セクレト・エネーヴ、そしてその教え子の活躍により何やかんやがあって何か上手くいって何かが解決した」というものである。
徹頭徹尾曖昧なのは、当のエネーヴ一家が何も語らないためだ。
スカイドラゴン及びイビルベアの討伐には成功したが、その過程でAランク冒険者コーストは死亡。
報告したのは、それだけ。
報酬欲しさに過剰に話を盛ったというならともかく、何もなかったと言うのに証拠を出せとは冒険者ギルドも言えなかったらしい。
結局、それ以上追求されることはなかった。
「実際、にーちゃんの情報ってなぜか高額取引されてるよね……どんな些細な事でも」
「はい、私がどんな情報でも高値で買い取っていますので」
「あれ買い取り先ねーちゃんだったの!?」
「些細な情報を高額で買い取ることで、本当に重要な情報を探る人を減らしているのです」
「意外と高度な情報戦だった……」
というか実のところ、当事者たちでさえも詳細はあまりわかっていなかったりする。
コーストが今回の行動を起こした動機とは、彼が語ったものが全てだったのか。
あるいは、セクレトに対してもっと複雑な感情を抱いていたのか。
他に、何かしらの事情が絡んでいたのか。
これで本当に、全てが終わったのか。
もっと大きな何かの始まりに過ぎないのか。
少なくとも、今後安穏な日々だけが続いていくと考えるのはあまりに楽観が過ぎると言うべきだろう。
姉弟の血には、それだけの意味があるのだから。
否、その意味を正確に知る者さえも今の世界にはいない。
それを知る者は、全てを抱えたままにこの世を去ったから。
彼女が、何を思って世界の敵となったのか。
この世界に、どのれだけの『遺産』を残したのか。
我が子に、どのような感情を抱いていたのか。
「つまり、俺がポーファに俺の情報を売れば俺の金になる……?」
「はい、そうなりますね!」
「それはもう、ただ単にねーちゃんがにーちゃんに貢いでいるだけでは……?」
「やだもう! それじゃ、私がセーくんをもうヒモにしちゃったみたいじゃないですか!」
「痛!? ちょ、ねーちゃん力入れすぎ!」
「あら、失礼」
わからないことは多いが、彼らの顔に不安の色は微塵もない。
「まぁ、それはそうとですね。早速セーくんに伝記をまとめられたい人を募集しましょう」
「えー……? それもう、別の目的の人が集まる気しかしないんだけど……」
「俺の情報を探ろうとする人たちかな?」
「ある意味ね……にーちゃんの伝説をまとめたい人が集まるんじゃないかな……」
「じゃあ、私はそっちに立候補しますね!」
「なんで!? それじゃもうわけわかんなくなっちゃうよ!?」
こんな風に騒がしい日常が、ずっと続けばと願い。
そのためには、どんな障害が立ちはだかろうが吹き飛ばすと誓う。
ただ、それだけだったから。
「さーて、俺の伝説まとめ伝説が始まるぜ! 千年は語り継いで欲しいもんだな!」
「はい! 子供は三人くらい欲しいですね!」
「この噛み合わない会話にも慣れたよ……僕は、もう少し平穏な日常が欲しいかな……」
……果たして本当にそれだけなのかどうかは、個人差が生じるところである。
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本作、これにて完結です。
最後まで読んでいただきました皆様、誠にありがとうございました。
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ヒモ志望の不良冒険者、養い志望の優等生 はむばね @hamubane
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