第5話 玉石混交
「――――はっ。ここは?……ゲホッゲホッ」
エレベーターより少し広い程度の空間に、ヒアリールさんと僕だけがいる。僕らを取り囲むのは、球状の水の膜だ。膜が厚いのか少し暗い上に、メロンくらいの大きさの泡がたくさんあるせいで外の景色はよく見えない。
「やっと目が覚めたか、このすっとこどっこい……」
「どうなってるんですか、これは」
「もう!君はま~だ事の重大さを理解してないのかい?今私たちはバブルスライムの胃の中にいるのだよ」
「……胃?」
「足下の水、これは胃液さ。今はシールドを張ってるから食い止められてるけど、段々この空間が狭まって水位が上がってきて、身体が溶かされていくのさ」
「……僕らは、どうなるんですか?」
「どうしたもこうしたもあるもんか!シールドを張ったまま丸一日くらい耐えればバブルスライムが諦めて解放してくれるけど、それは一人のときの話。二人で丸一日耐えるには生きた空気が足りないのだよ。おしまいさ」
生きた空気――酸素のことだろう。
「そもそも何でバブルスライムに気づかなかったんですか。魔力感知の意味ないですよ」
「まさか池に擬態しているとは思わなかったんだよ!しかも、コアから漏れてる魔力ってその辺の雑草と同じくらいだし……」
「はー。それでも偉大なる魔法使いなんですか?」
「全部君が悪いんだ!ミミックスライムの時もそうだけど、警戒心が薄すぎる!そこら辺の水がそんなにおいしいわけないでしょ。バブルスライムごときに餌付けされやがって……全くもう」
ヒアリールは再び響己の二の腕をつねった。その痛みが響己を現実に引き戻す。少しずつ、息が上がり始める。
「ご、ごめんなさい。異世界舐めてました」
「……どっちにしたって、ここから出る策を練らないとどうしようもない」
「とりあえず、バブルスライムの特徴を教えてください」
「そうだね……バブルスライムは他のスライムにはない特徴を持っていてね。ほら、水の中に水色の玉がたくさんうごめいてるでしょ?あれが、バブルさ」
「……ただの泡ですね」
「ところで、魔物の弱点は覚えてる?」
「ええっと、コアですね」
「そうだね。さて、バブルは何のためにあるでしょう?」
「……クイズなんかしてる場合じゃないですよ」
「さっきから息が荒いから、落ち着いてもらおうと思って。生きた空気は限られてるんだよ?大切にしてくれたまえ」
「すみません。……バブルは、コアの偽物ですかね」
「そう。コアを魔法で撃ち抜こうにも、バブルのせいでどれがコアなのか分からないんだ。ミミックスライムもそうだけど、スライムの類はとても狡猾なのさ」
「コアから魔力が漏れるから、ヒアリールさんならそれで分かるんじゃないですか?」
「そういえばシールドの効能を伝えてなかったね。シールドは衝撃を反射するだけじゃなくて、魔力も反射するんだ。だから、シールドを張ってる内は魔力感知が効かないんだよ」
「……いっそ、この水に穴を開ける魔法を放つとか」
「無駄さ。一瞬で再生するからね」
「そうだ。円筒状のシールドをここから外まで伸ばして、そこから空気を吸えば良いんですよ」
「そんなことはバブルスライムも見越してるさ。シールドを伸ばしたら、バブルスライムの身体もそれにまとわりついて伸びる。無意味だよ」
「テレポートは……無理か。空間転移魔法は膨大な魔力を要するって言ってましたし……じゃあ、いっそこの水を魔法で突っ切るとか」
「硬いバブルにぶつかったらひとたまりもないよ。バブルはシールドと同じ原理でできているからね。反射しまくって、身体がぐちゃぐちゃになりそうだよ」
「……シールドと同じ原理ですか。だからバブルが水色に見えなかったんですね」
「なるほどねえ。にしても、シールドが見えないんなら、コアはどう見えるんだろうね?」
「コアも見えないんじゃないですか?」
「はあ。どうしようもないか。……ねえ、そういえば君の生殺与奪は私に握られているよね?」
「……!ま、待って下さい」
「少なくとも、そうすれば私だけは生きながらえるよね。生きた空気は私一人ならなんとか足りるだろうし」
「生きた空気を出す魔法はないんですか?」
「物質変換魔法はあるにはあるけど、禁忌とされているのだよ」
「じゃあ、二酸化炭素を分解して酸素と炭素にする魔法はないんですか?」
「何?ニサンカなんぞ?」
「ヒアリールさんが言う生きた空気は、酸素のことです。吐息には、これと炭素が結びついた二酸化炭素が含まれています。だから、分解すれば酸素を取り出せますよ!」
「……魔法の第二法則――対象物がイメージできないような魔法は発動できない」
「そんな」
「……ひーっひっひ。そんな顔をするでない。どうにか、二人とも生き延びれそうな方法を探そう」
「……え?」
「私が君を見捨てるような人間に見えるかい?冗談に決まってるじゃないか」
「ひ、ヒアリールさん!心臓に悪い冗談はやめて下さいよ!死ぬかと思いました!」
「ゴメンネ……はあ。関係ない会話はやめよう。生きた空気――サンソがもったいないからね」
ヒアリールさんの隣に立って、真上を眺める。大量のバブルが頭上を覆っているのが見える。僕らはここでおしまいなのか?
そうだ、全部僕のせいだ。僕は、ヒアリールさんにとって足手まといでしかない――――本当に、そうしたほうが良いかもしれない。
「少年、顔色が悪いね。まさか、自滅しようとしてないだろうね?」
「そ、そんなこと」
「君、嘘つくときドモりがちだよね。ダメだよ?君の生殺与奪は私が握っているのであって、君が好きにしていいものじゃないからね?」
「……ごめんなさい。僕なんて足手まといでしかないですよね」
「当たり前さ」
「じゃあ、何で一緒に旅をするなんて言ってくれたんですか?」
「……科学に憧れてたからだよ」
「憧れる要素なんてないですよ」
「じゃあ、君は魔法に憧れてるの?」
「もちろん。魔法があれば、何だってできるんじゃないですか?」
「君は浅はかだねえ。原理的には何でもできるけど、実際はそう簡単にいかないよ?まあ、少年も魔法を学べば分かることさ」
そう簡単にいかないのは分かっているが、少なくとも原理的には何でもできるのだ。科学では超えられない物理法則の限界も、魔法であれば超えられる。ならば、魔法の方が優れているに決まっているではないか……。
そんな雑念を浮かべながらバブルを見上げ、コアを探す。そういえば、ミミックスライムの場合は赤い液体の中に黒っぽいコアがあったような気がする。もしかして、コアには色がついているのか?シールドが水色だとしたら、コアも水色なのかもしれない。そうだとすると、赤い液体の中で黒っぽく見えたとしてもおかしくはない!
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