第6話 水色の玉
響己は水色の球殻を探した。大量のバブルの中で水色のものを探すのは至難の業だった。そもそも、本当にコアが水色かどうかすら分からない。少しずつ落ちてくる太陽に焦らされながら、必死に水色の球殻を探す。そして、ついにその時は訪れた。
「あ、あれだ!ヒアリールさん!あれがコアですよ!」
大量の透明なバブルの中に、一つだけ水色の玉がある。そもそも水自体が青っぽく見えるから、見分けるのが難しい。どれだけ狡猾な魔物なんだ、バブルスライムというのは。
「……なるほど。君からすると、コアだけは水色に見えるのか。魔法を放つから、杖をコアに向けさせてくれたまえ」
「シールド張ったままで大丈夫ですか?」
「別の魔法を使うと勝手に解除されるから問題ない」
ヒアリールは響己にもたれかかると、コアの方へ杖を向けさせた。コアはちょこまかと動いていて、なかなか狙いが定まらない。
「狙いが定まりませんね」
「……仕方ない。発動が一番早い魔法を使うとしよう」
ヒアリールは、杖をぎゅっと握りしめた。
「スペル『スター・レイ』!」
チュドーン!
瞬く間に放たれた光線は、コアを撃ち抜いたかのように見えた。しかし、現実にはバブルのせいで減衰してコアまでたどり着いていなかった。光線の周囲に大量の泡が生まれたせいで、コアを見失いそうになる。
シールドが解除されたせいで空間が狭まり始め、胃液の水位が高まってきた。さっきまでくるぶしほどもなかった水位が、既にふくらはぎあたりまで来ている。
「届いてませんよ!」
「もう一回だ――――スペル『スター・レイ』!」
やはりバブルのせいで光線が減衰してしまう。三回、四回と魔法を放っても、同じ事だった。
「魔力がバブルに吸収されてるんじゃないですか?」
「何か撃てそうなものはないかな。……!君のその札、針で留められてるんじゃない!?貸して!」
バブルスライムの胃液は今や響己の肩あたりまで来ている。響己は名札の安全ピンを外してヒアリールに手渡した。ヒアリールはそれを無理矢理曲げてまっすぐにすると、杖の先端に取り付けた。
「スペル『バレット・ストリーム』!」
コンキンカン、ぶちゅっ!!バシャッ!
安全ピンがバブルに反射して色々な音を奏でながら、コアを貫いた。水の膜が破裂したせいで辺り一帯が水浸しだ。
大量に水を被ったから、鞄の中の教科書も、ちまちま金を貯めて買った科学雑誌『ライプニッツ』もふやけてボロボロになってしまったことだろう。しかし、ここで旅が終わるよりはマシだ。
「ふう。助かったね、少年。ありがとう、君のおかげだよ」
首飾りを付けるヒアリールをちらっとみると、白いコートが濡れて肌が透けていた。
「ひひひ、な~にジロジロ見てんのさ?」
「……じろじろは見てませんよ」
「安心したまえ少年。この黒っぽく見えてるのは、例のやつを隠すための布さ。お望みのものはその下にあるよ。大体ねえ、私のはこんなに黒くないから!」
「紛らわしいですね」
「コアを見抜いたご褒美に、私のがどんな色か確かめさせてあげようか?」
「結構です!」
「ほらほら、この紐をほどいたらもうそこにあるよ?」
「や、やめて下さい!」
「ひっひっひ。さあ、そろそろ行こう。早く町まで行かないと、本当に日が暮れるぞ!」
「ちょ、ちょっと休ませて下さい。空気が薄かったんで、しばらく立てそうにありません」
「うるさい!立て!流石に野宿は厳しいぞ、この状況じゃ」
「どうしてですか?」
「魔力切れが近いんだよ。一晩中シールドを張ってられるような魔力はもうないんだ。目覚める頃には魔物に喰われてるかも」
「魔力切れ?あの程度の魔法で?」
「スター・レイもバレット・ストリームも、魔力消費が激しいのさ。発動を早めることしか考えていない術式だからね」
「術式……ですか。思った通りの魔法が打てるって訳ではないんですね」
「そうだよ。"魔力の器"に術式を入れて初めて、魔法を発動できるようになるのさ」
「魔力の器って何ですか?」
「魔力の器は……って、質問ばっかりして時間稼ぐつもりだな~?」
「そろそろ行きましょうか。もう落ち着きましたし」
「やられた!今度こそは恥かかせたかったのにっ」
「ほら、肩を貸して下さい。行きましょう」
「ちょっと待って。あそこの丸いの拾ってきてくれる?」
ヒアリールが指さした先には、緑色の球体が転がっている。拾い上げると、淡く光っているように見えた。
「……これは何ですか?」
「それが魔力の器。魔物を倒すと、コアが魔力の器に変化するのだよ。魔力を貯めたり、術式を入れたり、魔道具の魔力源にしたり。便利な代物さ」
「へえ。まあ、僕には関係ない話ですね」
「魔法に憧れてたんじゃないの?」
「魔法が使えないんなら意味ないですよ」
「君には魔術師の素質を感じるけどね」
「魔術師?」
「魔法使いとは違って、術式を書く専門の人。魔法を使うならともかく、術式を書くだけなら勉強すれば誰でもできる。魔道具を設計してるのは、大体魔術師でね。あの町のシールドも、この国の魔術師が設計したものなんだってさ」
「へえ……しかし、僕には魔法の知識なんて一切ありませんよ。今更勉強しても手遅れじゃないですか?」
「何かを学ぶのに、遅すぎるなんてことはないさ。それに、君には科学の知識があるんだろう?私は、君と一緒に魔法を作ってみたくてたまらないよ……じゅるり」
「ちょ、よだれ垂れてますよ」
「ごめんごめん。魔力の器も回収できたし、行こうか」
響己は鞄に魔力の器を入れると、ヒアリールに肩を貸して再び町へ歩き始めた。町までは、距離的に一時間もあれば着くだろう。西かどうかはわからないが、空が赤くなってきている。急がなければ。
しばらく歩いて、響己は制服のポケットに突っ込んでいた名札の事を思い出した。無理矢理安全ピンを取り外したせいで、上の方がボロボロになっている。
「忘れてましたけど、安全ピン探します?」
「あの針のことかな。引き返してる場合じゃないよ。もう日も暮れるんだから、急ごう」
「そうですね。貴重なものではないですし、放っておきます」
針の折れ曲がった安全ピンは、池の近くの草むらに横たわっている。草むらの中で一カ所だけ、金属特有の鈍い輝きを放ちながら。
魔法じかけの走馬灯 もすび @msv_115mc
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