第十八話 厄災の扉

 ――ああ、この光にファリンが入れば、今回の厄災は終る。


 ついに、この旅が終るんだ。剣闘大会に出るため村を出て数ヶ月。

 困難は常だったが、あっという間の旅だった。


 やっと会えた父さん。僕を待っていてくれたゼルガーさん、偶然街で出会ったファリン。そのすべてが繋がっていたように感じる。


 ――そして、皆、僕の前から消えていくのだ。


 僕は、扉から溢れ出す光を見つめながら、旅の思い出に浸っていた。

 長かったようで短かった旅路。様々な出会いと別れ、苦難と喜び。

 そのすべてが、今この瞬間に凝縮されているような気がした。


 そして、僕の隣には、旅をともにしたファリンが立っていた。

 まるで、運命に導かれるように出会った彼女。


「アルム君。えっと。ありがとうね。出会ってくれて」


 ファリンの言葉に、アルムは我に返る。

 ――あ、ファリンとの最後の会話が始まってしまう。


「ああ。僕もファリンに会えてよかったよ」


 どこか寂しげな表情になってしまう。

 ――ちがう。もっと別の言葉があるはずだ。


「さっき、キミのお父さんが言ってた一〇〇年のサミヤという鍵守。サミヤ・ルーンヴェイン、私のひいおばあさんのお姉さんよ。五〇年前のジーン。ジーン・ルーンヴェイル。私のおじいさん。これが私の運命なのね」


 ファリンの言葉に、驚きを隠せない。

 運命の糸が、こんなにも複雑に絡み合っているとは。


「そう……なんだ」


 戸惑いながらも答える。

 ――ちがうだろ。もっと言葉があるはずだ。


「びっくりしたナ。私のご先祖さまとキミのお父さんがまさかこんな繋がりがあるなんて」


 ファリンは、不思議そうに微笑む。

 まるで、運命の神様が仕組んだような出会いだった。


「ああ」


 ――「ああ」ってなんだよ。もっと言葉があるはずだ。


 そっとファリンが、アルムを抱きしめる。

 まるで、すべてを理解しているかのような、優しい抱擁だった。


「干し肉茹で戻し根菜山菜混入りスープパスタ〜柑橘果実を添えて〜……だったかナ?ひどい味だったナ」


「……ああ。本当に。我ながらそう思うよ。作り手が悪いんだ。ファリンならもっと美味く作れるさ」



「だから……」


 僕が、言葉を続けようとする。

 ――だから?接続詞になってないな。


 その時、扉の光が更に強くなる。

 まるで、二人の別れを急かすように。


「そろそろ……かナ。もう行かなくちゃ」


 ファリンは、覚悟を決めたような表情で言う。


「うん……。だから」


 アルムは、言葉を紡ぐ。

 ――だから、なんだ。言葉にしなければ。


「だから、ごめん!ファリンの覚悟、僕が貰うよ」


 ファリンを突き飛ばし、扉から離れさせた。


 ――君は、未来を生きて!


 僕は、そう心の中で叫びながら、扉の中へと飛び込んだ。

 ファリンが僕に向かって手を伸ばす。その姿はどんどん小さくなって、やがて光に飲み込まれていく。


 ファリンの悲痛な叫び声が、遠くから聞こえる気がした。



 ***


 光の中を漂う。どのくらい時間が経ったのか。ここに時間という概念があるのか。

 自分が意識を失っていくのを感じていた。


「君、名前は?」


 ふと、声がする。

 その声に導かれるように答える。


「……アルム」


「そうか。アルムか。いい名前の鍵守だね」


 声の主は、優しげな口調で言う。

 僕を迎え入れるように。


「あなたは?」


 アルムは、声の主を問う。

 一体、この光の中で、誰と話をしているのだろう。


「私はジーン。ジーン・ルーンヴェイル、の成れの果て。厄災だよ」


 声の主は、静かに答える。


「僕が鍵守?」



「ああ。君は鍵守だ。鍵守だった」


 声の主は、肯定する。


「さぁ、アルム。覚悟はいいかい?」


 声の主が問いかける。

 まるで、これから起こることを予感しているかのように。


「……うん。覚悟は……貰ってきた」


「さあ、戻ろう。君の世界へ」


 声の主は、優しく告げる。

 僕を送り出すように。


 意識は、ここで途切れて無くなった。まるで、霧散していくように。

 光に包まれながら、アルムは自分が消えていくのを感じていた。

 だが、恐れはなかった。


 ***


 マディア大聖堂の庭園、都市に住む人が大勢集まっている。

 真っ青な空に舞う庭園の花びら、民衆の歓声のなか、特別に綺羅びやかな法衣に身を包むファリンの姿がある。


 ファリンは、深く息を吸い込み、一呼吸置く。

 今、伝えなければならない言葉がある。


「厄災は、鎮まりました」


 ファリンの言葉に、歓声が一層大きくなる。

 民衆は、平和の訪れを心から喜んでいるのだ。


「私は……。この旅で、かけがえのない人たちを失いました」


 ファリンの言葉に、民衆が徐々に静まっていく。

 彼女の言葉には、深い悲しみが込められている。


「でも……。皆さんが、皆さんの平和を得ました。」


 ファリンは、強い口調で言葉を紡ぐ。

 悲しみを乗り越えて、前を向いているのだ。


「悲しかったけど……でも、私は、この国と平和が大好きです」


 ファリンの言葉に、一番の歓声が湧き上がる。

 民衆は、彼女の思いに心から共感しているのだ。


「この国と、平和に命を賭した人たちのことを忘れないで下さい」


 ファリンは、民衆に呼びかける。


 こうして、鍵守凱旋の催しは幕を閉じた。


 ファリンは、空を見上げる。

 真っ青な空に、姿を重ねていた。


 <了>

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厄災と鍵守と守り人は イヌガミトウマ @tomainugami

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