第十七話 扉の守り人

 ファリンは僕の切断された腕を繋げ、回復魔法を施している。ゼルガーさんの傷も癒やす。その一時間、彼女はうつむき無言であった。


 ――時間は容赦なく流れる。


 扉が光を発し始める。


「厄災が始まるぞ……」


 低い声でゼルガーが言う。


 扉から剣士が現れた。剣士の佇まいからは、圧倒的な存在感が放たれている。その姿は、まるで武神の化身のようだ。そして、手には剣闘大会のエンブレムと同じ剣が握られている。


「父さん!」

「ダルス!」


 僕とゼルガーが同時に叫ぶ。


「はは。やっぱり来たか。待ちくたびれたぞ」


 嵐ではぐれた時と変わらない。あのときの父さんの姿だ。


「父さん!」

「おい、ゼルガー……。老けたな」

「ああ。お前は……若いままだな。なぜだ」

「百年前に扉の守り人になってな、それからずっとこの姿さ」


「父さん!」

「そっちのお嬢ちゃんが今回の鍵守か。若いのに……。酷なもんだ」

「アルム君の……お父さん……」

 

「父さん!」

「……アルム。……大きく、なったな」

「すまんな。百年も待ったっていうのに、いざお前に会うと……小っ恥ずかしいもんだな……アルム。本当に、大きくなったな」


 僕は父さんに駆け寄る。


「おっと、待て、そこで止まれ!」

「それ以上近づくと……始まっちまうんだ。俺との戦いが」


 腰を掛け、話始める。


「――あの嵐でお前らが船から放り出された後、俺はずっと船にしがみついていたんだ。嵐が収まり壊れた船である街の港に流れ着いた。お前らを捜して回ったさ。結局何も手がかりはなくってな」


「ある日、教団都市マディアで剣士院の奴らと大立ち回りしたことがあってな。躍起になった剣士院の奴らが、正当に俺を倒すために大会を催した。これが第一回剣闘大会ってわけさ」


「その年の守り人は俺になった。その後の剣闘大会も一〇連覇し、次の守り人も俺。だが、その年の厄災は本物の厄災でな。俺の前には五〇年前守り人だった奴が現れたんだ」


「勿論、俺の勝利だ。俺は強ぇからな。すると、扉が光り出して扉の中に地縛されたんだ。そして鍵守だったサミアって娘は厄災になった。厄災になるとな、何も喋らないし、一〇年に一度どっかに出掛けるが、まぁ、かわいそうなもんだ。」

 

「次の厄災、五〇年後だな。ジーンっていう青年の鍵守とジークっていう守り人がここに来た。いやあ、あの守り人の青年はなかなか強かったな。守り人ってのはな、どちらかが死ぬことで、戦いが終わるんだが、あのジークって奴は俺と戦って息絶えた後に運良く息を吹き返したみたいだな」


「それでだ。俺と戦うのは実際、誰でもいいんだ。アルムでもゼルガーでも。だが、誰かが死なないといけない。俺は扉の力で、手加減ができねぇんだ……。もし俺に勝ってもこの扉の中で最低五〇年は孤独な時間を過ごす。辛いんだぜこれが。」


「だから……。俺と戦ってくれねぇか?ゼルガー」

「父さん!」

「フン!まかせとけ、一〇〇年もご苦労だったな。あとは俺がその孤独、引き継いでやるよ。親友としてな」

 

「まぁ、お前が俺に勝てたらの話だけどな」

「ちょっと待ってよ!父さん!ゼルガーさん!」


 勝手に話を進める大人たちに苛立ちを覚えた。

 そして、父さんに駆け寄った。


「バカ!アルムお前!」

 腰を駆けたままの父さんの周りに光が渦巻き出す。戦闘が始まる。

 光が収まると、正気を失ったような目つきに変貌し、戦闘態勢に入る父さん。それは、狂化魔法にも似た感じだが、禍々しくはなく、どこか神々しい雰囲気だった。

 

「僕ね、父さん。強くなったんだ。多分父さんもびっくりするくらいに」

「待っててくれてありがとう。僕が開放してやるよ!父さん」


 思いっきり浴びせた僕の斬撃に剣を垂直に構え防ぐ。

 体当たりで僕を吹き飛ばし、同時に跳躍して体制を崩した僕に襲いかかる雷のような斬撃。


 地面を転がりそれを避ける。即座に後ろ宙返りし父さんの背後へ着地。背中への突きを振り返りもせずに剣で防ぐ父さん。


 ――「エイ!」僕の持つ木の枝は父さんの背後からの奇襲だった。それを振り向こともせず手に持った木の枝で弾く父さん。


 遠い記憶だ。剣の達人だった父さんに剣の稽古をつけてもらった過去が蘇る。


 振り向くと、体が薪のように真っ二つになるほどの斬撃が振り下ろされる。

 紙一重でそれを避け体勢を整える。

 

 ――「おお!よく今のが避けられたな。まだ小さいのに反射神経がいいなぁ。アルム!」


 初めて、剣の稽古で褒められた時の言葉だ。


 左手を柄頭に添え平突きを繰り出す。


 ――「おわっ!今のは食らうところだった!すごいぞ!アルム」


 過去の父さんとの木の枝での稽古が、互いに剣に持ち替えた僕たちと重なる。

 

 ――父さん。


 ――父さん。



 ――僕の前に父さんが崩れ、倒れる。


「アルム……。大きく、なったな。強く、なったな」

「父さん!」

「はは。泣くなって。もう、子供じゃないんだ」

「でも、父さん……」


「一〇〇年、待った甲斐があったな。お前にもう一度会えた。会えると信じて待っててよかった。」

「僕、また父さんと漁に出たいよ。一緒にもっといろんなことをしたい」

「そうだな。また、俺の息子に生まれてこいよ」


「ゼルガー!頼む!」

「おう!」


 ゼルガーさんが跳躍して、横たわる父さんの胸に剣を突き刺した。


「ぐッ――嫌な役を押し付けてすまねぇな。親友」

「フン!気にするな。……親友」


「あ……あ……」

 一瞬混乱する。が、理解が追いつく。

 ゼルガーさんは僕の代わりに扉によって地縛にされるんだ。

 父さんとゼルガーさんはそうするつもりだったんだ。

 

「アル――」

 

 父さんの声だったのか、ゼルガーさんの声だったのか。

 その言葉を最後に二人は光に包まれ消えていった。


 ――刹那。扉が強く光り始める。

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