第188話 挿話 大族長

ギルドは、魔導文明が滅亡した後にブリアント大陸に住む人々が自らの手で生存圏を勝ち取るべく、剣の英雄が提唱し、多くの国の賛同を得て組織された。


その活動理念はブリタニア大陸における魔導文明からの独立と生存圏の獲得。魔物の根絶による恒久的な平和の実現を目標として掲げ、その為のあらゆる活動を行う事を目的としている。

そしてギルド憲章に批准した国家は、自国の利益では無く大陸全体の繁栄と調和を優先課題として目指し、相互に扶助する事を目的として掲げている。


さてギルドにおける活動の最たる目的は魔物を狩る事だ。冒険者を雇用し、冒険者に魔物と戦う為に必要な技術や知識を教育する。また冒険者が円滑に活動を行う為の様々な研究や支援を行っている。


だが、ギルドの活動がそれ以外にも多岐に渡る事を、人々は存外知らない。


ギルド職員は専門的で高度な教育を受けており、冒険者に限らず国に対しても様々な支援を行っている。1000年の長きに渡り研究されてきた、国家運営に関する様々な教育や指導も重要な活動だ。組織運営や法の整備、健全な通貨制度の構築等を国に教えている。


それこそ王族教育の為に、専属の教師としてギルド職員が招聘される事も少なく無い。


一方で、大陸で影響力の強いギルドや正教会は、その本部は大陸の西方に位置している。その為か大陸の東方ではその影響力が弱く、東方にはギルド憲章に批准していない小規模な国家が乱立していた。


だが、国がギルド憲章に批准をしていなくても、ギルドの影響は多方面に及んでいる。


「大族長殿、本部からの招聘状です」


大族長と呼ばれたのは、この一帯の幾つかの部族を束ねる人物だ。部族と言っても遊牧民や集落単位で生活をしているのでは無く、暦とした都市国家群でその人口は全体で20万を越える。血統を重んじるいわゆる村社会を形成しており、その長が族長、そして幾つかの部族を束ねる者が大族長と呼ばれている。


彼は武力に秀でた英雄である事もさることながら知略にも秀でていて、部族全体を纏めつつ、一方ではギルドとの有効的な関係を築いていた。


「この大陸の行く末に関わる重大な議題について話し合いをしたいと。随分とご大層な題目だな。先日話を聞いた、例の人物に関連する事かな?」


「恐らくはそうでしょう。正教会が認定をした聖女の伴侶で、当代の英雄と目される人物。その人物は先日当ギルドの会長と面会を行い、結果ギルドが全面的に支援を行うと通達をされています」


「帝国との情勢はどうだ? ギルドは広く兵を募集するのだろう? 我々はそちらには参加をせんぞ?」


「その件に関しては前回ご説明をした通りです。動員令は大陸全土の冒険者やギルド加盟国家に向けられますが、本件とは直接的な関係はございません。むしろ、帝国よりも巨大な敵に挑む可能性を示唆されております」


「はて、大陸にそれ程の強大な存在がいたかね?」


「予想では、大陸の外では無いかと」


ギルド本部が発行した招聘状を携えて、大族長と話しをしているのは、出入りの商隊を束ねる人物。その商隊はギルドが組織をしており、大陸東部の交易を担っている。


交易路は大陸の動脈みたいな物だ。物資や貨幣だけでは無く人や情報を流通させる事で、技術や知識の発展を促す事が出来る。ギルドにとっては、それもまた大陸の生存圏を維持する為に必要な活動と長らく考えられていた。大陸東部においては採算を度外してギルド所属の隊商が今日も様々なモノを運んでいるのだ。だから、ギルドに加盟していないこの国でも、商隊を通じて様々な情報が入ってきている。


「お前さんでも詳細までは知らぬか」


「はい。残念ながら件の人物についての詳細な情報までは知らされませんでした。ただ、どんな手を使ってでも諸国会議に招聘して来いと命令を受けてまして。まぁ上がそこまで言うのですから、余程の事なのでしょう。ですから、可能せあれば大族長か、全権を委任できるどなたかに是非ご参加を頂きたいと」


「解った。なら儂が行こう」


大族長は余り詳しい話しを聞く事も無く諸国会議の参加を決定した。その夜、部族の長達が集まった族長会議で、居並ぶ族長達に向かって大族長は諸国会議の参加を宣言する。


「大族長、諸国会議に参加されるのであれば少なくとも2ヶ月は国を空けましょう。宜しいので?」


「ん? 俺が国に居なければ不安か?」


大族長は少し戯けた感じでそう答える。そのやりとりだけでも彼らの間にある信頼関係が見えてくると言うものだ。


「いえいえ、不在の間はこの俺にお任せください。でも良いんですか? 居ない間に大族長の地位を俺が奪うかも知れませんよ?」


そう言ったのは居並ぶ族長の中でも一際若い族長だ。


「いやいや、さすがにお前には任せられんよ。それにお前さんが名乗りをあげた所で誰もついてはこぬまいて」


その若い族長は、そう年長者に揶揄われる。どわっと笑いが満ちる。


「まぁそれはそれとしてだ、大陸東方地域では影響は少ないとは言え、ギルドと帝国の情勢が及ぼす影響が大陸全土に広がる事は間違いがあるまい。情勢を見極める必要はあろう。それにな、会議の議題も少々興味がある」


「帝国が優勢なら静観するべきですし、ギルドが優勢なら何らかの関与を行い、関係を深めるのが得策でしょうな。して諸国会議はどの様な目的で開催されるので?」


大族長の言葉に、参謀役の族長が言葉を返す。その言葉を受け、先程までの砕けた雰囲気は一気に引き締まり、皆の視線が大族長へと集中した。


「何でもな、とんでもない化け物と事を構えるつもりらしい。行商人でも相手の詳細までは知らされていないそうだ。だからな、その化け物とやらを見定めたいと思う」


「帝国を前にして諸国家に号令を掛ける程の相手ですか。ドラゴンや冥王みたいな奴ですかね?」


商隊長を、彼らはある意味親しみを込めて行商人と呼んでいた。皆の記憶ではギルドでそこそこの地位にあった筈で、その行商人が議題に登る相手の正体を知らないと言うのなら、きっと一筋縄では行かない相手なのだろうと当たりを付けていた。


ドラゴンの存在は遥か昔。冥王の爪痕も大陸には未だに残っているが、東方地域ではそもそも影響が少ない。それでも、東方でもその脅威は語り継がれているから、それらと比肩する相手なら決して楽観視は出来ないだろうと考える。


「それがな、行商人が言うにはそれよりもやばい奴では無いかと。ドラゴンや冥王が相手なら上層部はそう口にするだろうし、少なくとも大陸ではこれ迄にそう言った兆候は無い。ましてや帝国と事を構えようとしているこのタイミングで、わざわざ諸国会議の開催を呼びかけるのだから、とんでもない化け物を相手にするんじゃ無いかと」


「まぁ普通に考えたら帝国と一戦おっ始めようとしているのに、それとは異なる相手の話をしようと言うのだから正気とは思えませんな」


参謀役の言葉に、皆が一様に頷く。


「だろう? それに会議は大陸の全ての国に分け隔てなく招聘状が出されているそうだ」


「それって帝国もですか?」


そう尋ねたのは先ほどの若い族長だ。


「そうらしい。まぁ大陸の命運を決める話ってんだから、大義名分を得る為には当然だろうがな。だが、だからこそ生半可な内容じゃ、逆にギルドが恥を欠く事になる。それはギルドだった当然解っていて、それでも大層なお題目を唱えるんだから余程の相手だろうって話だ。どうだ、どんな化け物が相手なのか、ちょっと興味が湧かないか?」


「確かに。まぁそんな話なら大族長が出張るのも仕方が無いですな。解りました、不在の間はお任せください。しかし、ドラゴンでも冥王でも無い化け物ですか。災厄とかじゃ無ければ良いんですがねぇ」


災厄の竜。かつて魔導文明を一夜にして滅ぼし、世界に魔物を呼び込んだ恐怖の象徴だ。そもそもブリアント大陸に住む人々のルーツは魔導文明の被支配層で、魔導文明がどれ程の力を持っていたのかを今尚伝えている。その魔導文明を一夜で滅ぼしたのだ、どれ程強大な相手かは想像すら出来ない。


「はは、流石にそこまで化け物じゃ無いだろう。だからこそ、大陸にどんな脅威が及ぼうとしているのかを見極めなければならない。しばらく留守にするが、皆を頼むぞ」


そう大族長は笑い飛ばした。冥王が大陸に深い爪痕を残してから既に300年。正教会により聖女誕生が伝えられており、新たな脅威が大陸に迫ろうとしている事は容易に想像が出来たから、恐らくはその対処についての話し合いなのだろうと予測をしていた。


大族長が諸国会議で、その相手を知るのは1ヶ月後の事だ。




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2025年1月6日 00:00 毎日 00:00

クラフター。異世界に紛れ込んだ俺はクラフト能力で立身出世を目指す?でも好きに生きて良いと言われたので、好きなクラフトをして過ごす事にします。 @Hanaloh

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