第8話 カルピス

「にぃちゃんのほうがおおい~!」


 向かい合って、グラスの中身を味わっている目の前の兄二人。

 私のグラスにも同じものが入っているのだが、それは明らかに少なかった。


「水が多いんだよ、中身は一緒だよ」


 兄は、そう言って得意げに笑った。


 事実、先ほど三つ並べられたグラスの底に注がれていたカルピスの原液は、みんな同じ量だった。


 自分で好きな味に作れるカルピスは、子供の頃のお気に入りの飲み物でもあった。

 身体の大きかった兄は、たくさん飲みたくて水を多めに入れたのであろう。

 一方の私は、濃い味が楽しみたくて少なめに入れたのだが……量の多い兄のグラスと見比べて、反射的に「ずるい」と感じてしまったのだ。


 量が多いのを羨ましく思って、私も水を足したのだが……時すでに遅し。

 飲みかけのカルピスに水を足したら───当然、薄くて渋くて美味しくなくなってしまう。


 隣の芝生は、なぜ青く見えるのだろうか?

 私は、生きている間はそのことについてずっと考え続けるであろう。


 グラスに注がれている原液は、最初はみんな同じ。

 それを、どう薄めて飲むかは個人の自由。

 でも、飲んでみて感じた味は………思っていたものと違うことが多い。


 他人のグラスが気になって真似してみても、それは自分のグラスであり同じ味にはならない。途中で水を足したりしたら……きっと飲めたものではないものになってしまうだろう。


 人生は、グラスに注がれている最初の原液からして同じ量ではないけれど、それをどう使うかはやはり個人の裁量だ。


 いくら、水でふやかしてみても……同じものには決してなり得ない。

 なら、グラスを変えてみてもいいかもしれない。

 別な飲み物を選ぶのも、自由だ。


 そして、味わうのは唯一無二の自分。

 今では、殆ど飲むことのなくなったカルピスを思い、ふと感じる人生観。

 

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