第7話 桑とゆすらうめ

 この時期になると道端の木々に、実がなっているのを見かけることがある。


 今の御時世、見かけたとしてもそれを手にとって……あまつさえ食べる、なんて子供はいないであろうと思うけど。


 いや、見ていないところでこっそり食べているのかな。

 親に見つかったらきっと「ばっちいからやめなさい!」と言って怒られるのだろうな、と想像する。


 でも、みつけたなら……こっそりやってみてほしい。

 美味しいから。


 この時期お勧めなのは、桑とゆすらうめ。


 桑というと、住んでいる地方で印象が二分するのではないだろうか。

 おそらく、産地に住む人には桑の葉というと『蚕』に食べさせて生糸を吐かせるあれを想像するだろう。


 私の印象は、ぶどうの房をそのまま極小サイズにしたかのような、真っ黒な果実。


 最初は赤いのだが、赤いものはまだ食べられない。

 真っ黒に熟して、手で触れただけでぽろりと落ちるくらいのものが食べごろだ。

 野生の山の果実にしては、酸味が無くとても甘くて香りも良い。

 欠点は、手指も唇も真っ黒に染まることだろうか。

 これは、一旦付いてしまうとなかなか落ちないので食べる際にはご注意願いたい。


 そして、ゆすらうめ。


 これは、自生しているものは殆ど無いであろう。

 庭木や、住居の敷地の端にそれとなく植えられていることも多い。

 斯く云う、我が家の畑の脇にも植えてある。


 これは、私の母がどうしても食べたかったと言って植えたものだ。


 母の幼少期───


 小学校に通学する途中のとある家の片隅に、この「ゆすらうめ」が植えてあったという。その家では、観賞用なのかは分からないが、一度も採って食べているところを見たことがなかったという。

 前の年に、食べられることもなく熟しきって腐って地面に散らばる赤い果実を見て、来年は食べようと心に誓ったそうだ。


 そして、次の年の同じ時期……

 その家の片隅にあったゆすらうめを発見し、喜び勇んで手に取り口に運んだそうだ。


 小さく真っ赤で、ぷりぷりとしたまるい果実。

 熟したものは、ちょうど大きさも相まって……まるでさくらんぼのような爽やかな味だ。


 ………運悪くと云うか、そこの家の老人に食べているところを見つかって、ものすごい勢いで、しかもかなりの距離を追いかけられたという───。


 どうせ食わないなら、もらったっていいじゃないか、と母は今だにその時のことを思い出しては、文句を言っている。


 当時は、どこの子供も腹を空かせた子ばかりで、道端に食べられるものがあったら迷わず食べるという、そんな時代。

 今では、そんなこともないのだろうが……、たまにはこんな野趣あふれる果実を味わってみるのも、いいかもしれない。


 空腹を満たすためではない。

 なにか……現代では忘れているものが、満たされると思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る