創作物というのは、見るものに感動を与えるとともにいろいろな想像をさせてくれます。
物語の生まれた背景、人生観……ひょっとしたら、私のように物語の向こう側にいる作者様を想像して、その創作物と人物を見比べてしまうということもあるのかもしれません。
ただ、コレ……
読み方としてどうなんだろうなぁ、という不安もあります。
唐突に、漫画を例に出してしまいますが、
某「美味しんぼ」の
『────あの冷酷無残な男が、このように芳醇な作品を作る…芸術の魔性というやつだ……』
という言葉が、とても真理を突いていると思っています。
どんな人間が書いたものであれ、作品が素晴らしいことに変わりはないのです。
そこは、山岡さんも認めているところがちょっといいな、と思っちゃったり✨️
ただ一方で、人格がメチャクチャだと思っている対象がもっともらしいことを言っても一ミリも心に響かない、ということは現実問題としてあると思います。
そのため、なるべくメタっぽいことは作品に反映させないようにはしているのですが……作品って、やっぱり滲み出るものがあるんでしょうね。
先日感じたのは、
とても内容が素敵ではあったのですが、端々にほんのちょっとしたノイズが混じっている作品。
それを、私は技術的なものだと思い、敢えて気にせず読み進めたのです。自分自身、技術なんてものは無きに等しいですからね。そう言う部分は脳内補完できてしまうのです。
……が、読後に目に入った高校生作品、という文字────。
うーん、所々に感じた違和感の正体はコレかぁ……と、良くない想像をしてしまいました。いわゆる、幻想的で中世的な雰囲気に溢れた作品の中で、ほんのちょっと顔をのぞかせていた、現代人っぽさといいますか、細部の思慮の行き届かなさ……みたいなもの。
はたして、
作品外で得たこの「高校生作品」という情報は、作品の感想に反映していいものかどうか……?
逆説的に、成人作品(←なんかこう書くとえっちな作品みたいにも見えますね💦)であったなら、むしろ気にならなかったかもしれない、と考えると────
私が、事前情報に目を通さずに読み始めるのにはこういった事情もあります。読後に、タグやら説明書きを見て、そうだったのか! と納得することが殆どではあるのですが、たまにこういう弊害も起こったりします✨️
みなさまは、どうお考えでしょうか~?✨️