ミクちゃんの冒険【3】

 結局、今日はなかなかの盛況ぶりで、そのあとはあまり誰とも話す暇がなかった。やたらに写真指名があって、最後の最後まで客についていたから、待機室に戻ったときにはもう誰もいなかった。

 もしかしたら、真さんはもうあの指令のことを忘れてしまっているのではないだろうか。

 そんなことを考えながら急いで準備をして事務所の前まで行くと、のれんの前に店長とヨシさんが腕を組んで仁王立ちしていた。

「え、なんすか」

「よく来たな勇者ミクよ!」

「しかし、ここは通さん!」

「あ、ちょっとちょっと」

 そのうしろから真さんがやってきて、二人の間を割って入ってきた。手には例の指令書を持っている。

「お兄、まだこれ渡してないから」

「え、なんだよ! おせえよ。俺もう入っちゃってるよ」

「俺も俺も。今からメテオ出そうかと思ってたとこ」

 店長が続けてそう言うと、は? とヨシさんが顔をしかめた。

「馬鹿かお前、なんでFFなんだよ、ここはドラクエだろ」

「は? これだから素人は。ミクはFF派に決まってんだろ。ひと目でわかるわ。面接で見た瞬間からわかってたわ」

「素人はお前だろ。どう考えてもドラクエ5至上主義派の顔してんだろうが。パパスの死に涙した側の人間なんだよ」

「それお前だろ」

「そっちもお前だろうがよ」

「あの、すいませんけど、私テイルズ派なんで」

 あ? と二人が同時に顔をしかめるのと、後ろの方で、わろ、とかどっちでもよくない? とかいうい声が聞こえた。中に結構な人がいる気配がする。これは一体。と思っていると眉を下げた真さんがやんややんやとしている二人を差し置いて指令書を渡してくれる。

「ごめんね、手際がわるくて。はいこれ」

 広げると【ラスボス二人にあっちむいてホイで連続で勝ってください】と書いてある。ラスボス? と聞くと、まぁ一応、と真は苦笑いをした。

 どう考えても序盤で倒す道端のなんか憎めない盗賊二人組にか見えない。旅を続けていくと要所要所で殴りかかてきて、負けるとなんやかんや有力な情報をあたえてくれて、クリアした時にあいつらどうしてるかなってちょっとだけ思い返してしんみりするやつだ。

「よし、じゃあやるぞ!」

「早く勝てよ! 俺らも早くやりたいんだから」

「え、やりたいってなに――」

 と言ってる間に、義春さんが大声で、じゃーんけん、と言い出した。声量が大きすぎる。あっちむいてホイなんて大人になってからあまりやったことがない。しかもこんなに何度も。

 早く勝ってくれと言うわりに、店長も義春さんもまったく手加減をしなかった。義春さんに関して言えば、反則めいたしぶとさで私の指したのと別の方向をむこうとする。

 というより、二人とも素直な人間だから、どうやっても私の指した方を向いてしまいそうになるらしく、どうにかぎりぎりでいつも別方向を向く。

「いや! いまのは! どう考えてもアウト!」

「まだまだまだ」

「ヘイヘイヘイ、びびってんのか」

「ちょっと真さん、アウトですよね!」

「あ、ごめん。見てなかった」

「ていうか! さっきからなんなんですか? ギャラリー多くない?」

 最初こそ隠れていたようだったが、いつの間にやらのれんの間からにょきにょきとみんなの顔が出てきている。

 ニコさんも綾乃さんもユリアさんも、ナナさんも帰ったはずのアキさんも、早番のお姉さんたちとその子供までいる。

 やんややんやとギャラリーの応援なのかヤジなのかわからない声に押されてながら、なんとか勝利すると、クソザコ盗賊の二人は大仰に床に倒れた。

「おめでとー」

「ミクおめでとー」

 次々に拍手が起こる。一体なんなんだ、と思っていると、事務所から金色のツインテールがぴょこりと出てきた。やっぱりリンカの仕業だった。

「よくやりました、勇者ミク」

「どういうキャラ?」

「さあ、こちらへ。勇者ミク」

「雑いなー」

 事務所に入ると、なぜかテーブルにパーティとしか思えない料理や、壁にパーティとしか思えないような飾りや風船や、パーティでしか見ないとんがり帽子までおいてある。そして気がつくとそのとんがり帽子を被せられていた。

「ミク! 誕生日おめでとー」

 次々に拍手とおめでとうの声をかけられて動揺する。

「え、いや、は?」

 驚いていると、クソザコ盗賊たちもどやどや入ってきて、この場を作ってやった自分たちに感謝せよドヤ顔をかましている。なんでも、リンカが誕生日会をしたいから今日は事務所を使うとオーナーに直談判をしたらしい。

 店長がドヤドヤという擬音を背負いながらいう。

「まぁいい機会だから? ミクだけじゃなくて? いつも頑張ってくれてるみんなに俺らから? ねぎらいっつーか、だからこれ、俺らのおごりだから」

「感謝して食えよ! これ、俺が作ったチンジャオロースー。俺らが店開いたら看板メニューにすっから」

「だから、なんでおしゃれカフェバーでチンジャオロースーなんだよ。聞いたことねえよ」

「これしか作れねえからに決まってんだろ」

「勉強しろよ」

「つかお前、誕生日3月9日だからミクって源氏名安直すぎじゃね?」

「話そらすなよ。つかお前がつけたんだろ」

「は、俺じゃねえし。初回講習したのお前だろ」

「違いますけど」

 と、思わず声がでた。義春さんが目を丸くする。

「え? 俺だった?」

「違います」

「じゃあ誰だよ、オーナーなわけねえし」

「いや、誕生日。今日じゃないです」

「え?」

 その場にいた全員が声を揃えた。勿論、私も同じ気持ちだ。え? と、ずっと思っている。

「ミクって名前つけたのは自分です。ボカロ好きなんで。ミクだからお前の誕生日3月9日にしとくかーって言ったのは義春さんっす。悪ノリして本当にホームページに3月9日って載せたのは店長っす。私の誕生日は10月8日」

 一瞬の静寂があった。

 それから、全員が一遍にわめきだした。なんて適当なんだとか、そもそもホームページに誕生日を載せる必要はないとか、酒が飲めればそれでいいとか、じゃあ10月にまたやろうとか、お前が悪いとか、お前だろとか、本当にかしましい。

 その中で、ぽかんとしているリンカと目があった。

「え、違うの?」

「うん」

「誕生日じゃない?」

「うん。ウケるね」

「ウケる。てかこの場合遅れた誕生日会? それとも先取りの誕生日会?」

「わからん。ちょうど半年くらい過ぎてるし早い」

 そういって、今までで一番笑いあった。ぎゃはぎゃはとんがり帽子で笑っていると、ふいに椅子と椅子の間に今までそこになかったものを発見した。古臭いテレビと同じくらい古臭いテレビゲーム。

「え、まじ」

 私の目線に気がついたのか、リンカがふふん、と自慢気に鼻をならす。

「話したら義春さんが持ってるっていうから。これでしょ、ミクの因縁の格闘ゲーム」

 まさに、それはあのときクソ豚のせいで暗黒の記憶になろうとしているその格闘ゲームだった。楽しかった、大好きだった、私の早かった青春とその終わりの象徴。それはつまり、長い暗黒時代の始まりの象徴でもある。

 リンカが横で大きく手をあげた。

「はい! じゃあ、誕生日じゃなかったっすけど、予定通りいきましょう! 第一回、ミクに勝てるのは誰だ! 満々女学院大乱闘!」

「え?」

「ミクに勝てた人には豪華賞品があります!」

 ひゅー、とみんなから喜びの声が上がった。いつの間にかおのおのもう紙コップと缶ビールを手に、乾杯の姿勢に入り始めている。はいはい、と私のところにもジンジャーエールがやってくる。横でリンカが笑っている。

「ミクが優勝したらミクにも豪華賞品ね」

「勝たなきゃもらえないの? 誕生日なのに?」

 まあ誕生日ではないんだけども。するとリンカは当たり前じゃん、と同じようにジンジャーエールを手にした。

「やるなら本気でやらないと。今日で豚の記憶上書きするよ!」

 そういって、大きく紙コップを掲げ、ミクの10月8日の誕生日に乾杯、とわけのわからない音頭でみんながわっと声をあげる。

 義春さんがてきぱきとゲームをテレビに繋いで、みんなが物珍しそうにそれを見る。これはなんだとか、どうやって戦うんだとか、ぷよぷよがやりたいのにとか、ルマンドはひとり二個までとか、かしましいことこの上ない。

 いざ対戦が始まってみれば、豚のことなんて一瞬も思い出さなかった。

 綾乃さんは指相撲と同じくらい弱いし、ニコさんはトリッキーなことをして動きが全然よめないし、ユリアさんは普通に上手で危なかったし、真さんは勝負事が嫌いなのか防御してばっかりだしナナさんはハンデとかいって10秒コントローラー触ったらだめとかいうし、アキさんは見てるだけでいいとかいうし、店長は大技ばっかりやろうとして失敗するし、義春さんは何度負けてもかかてくるし。

 楽しい。

 楽しすぎる。

 私の大好きなゲームが戻ってきた。この先どんなことがあっても、私はこのゲームを思い出すとき、まず今日のことを思い出すだろう。

 それから昔のことを、くだらないと笑って思い返すだろう。なんでもないことだ。あんな奴らのせいで、自分の好きなものを避けて生きるなんて、馬鹿だったって、笑って言えるだろう。

 ああ、旅を続けていると、こんな素晴らしいものに出会えるんだ。

 勇者じゃなくても、滅ぼされる側の悪者でも、旅を続けていれば、いいことがあるかもしれないんだ。

 死ななくてよかった。

「よーし! じゃあ次は、私がいっきまーす!」

 リンカが手を上げてやってくる。私はもう笑いすぎて頬がぴくぴくしていて、喉はかれていて、なにがなんだかわからない。

「これがコントローラーかぁ」

「まさかはじめて触った?」

「うん。頭が悪くなるから触っっちゃだめっていわれてた」

「ウケる」

「ウケるでしょ」

 ありがとう。とても嬉しい。あなたに出会えてよかった。できればこれからもずっと。

 そんな言葉が浮かんだけど、口にはしなかった。二人でげらげら笑いながらボタンの説明から初めて、必殺技の出し方を教えて、ただゲームをした。ただその時間を楽しんだ。

 これでいい。

 これでいいんだ。

 だってまだ一緒に冒険できるんだから。嫌なことばかりの毎日を、倒されるばっかりの日々を、一緒にすごしていけるんだから。できるだけ長く、できるだけ遠くまで。

 この道が続けと願うだけだ。

「ウケる」

「ウケるね」

 軽い言葉と軽い笑い声をたずさえて。

 どうか、できるだけ長く、遠く。できれば世界の果てまで。

 私たちで冒険を続けよう。

 絶対に無理だって本当はわかってるけど。そんなことを本気で考えていた。

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【短編集】がーるず・あっと・じ・えっじ【番外編】 犬怪寅日子 @mememorimori

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