【父子#3】

 久しぶりに開いたアイボリーの便箋は、涙が落ちた後がたくさんあって、握りつぶしたのを無理矢理開いたからごわごわになっている。黒い便箋はきれいなまま、その辺の学生が使ってそうななんてことないレポート用紙に、あいつは遺書を書き、実家に送り付けてきた。何も知りたくなかった。狂言で俺をつろうとしているのか、それとも本当に自死する気なのか、仮に前者だったとして、俺はどうすればいいのか。

 もう、何年になる?

 あいつが——

「ねぇ、親父」

 四歳になる息子の吉乃が、珍しく低めの声で呼びかけてきた。

「いい加減教えてよ、親父の、『マブダチ』の、話」

 俺は喫驚した。あいつの話を、よりにもよって我が子にするわけがない。

「え、なんでおまえ……」

「俺、多分、頭が良い。前に親父が、『パパ』じゃなくて『親父』、『お友達』じゃなくて『ダチ』、『親友』じゃなくて『マブダチ』だって教えてくれたの、ずっと覚えてた。でも『マブダチ』について聞いた時、親父、変な顔した。辛そうな顔。俺は、察知した。だから、色んな人に聞いた」

 絶句する以外に、今の俺に何ができただろう。

「みんな知ってた。親父には『マブダチ』がいたって。でも今はいないとか、やんわり、会えない、とか子供相手に誤魔化してるのも、俺は、分かった。多分だけど、親父の、『マブダチ』は、親父がそんな表情を浮かべるくらい遠いところにいる。多分、亡くなってる。違う?」 

 俺は必死で嗚咽を押し殺そうとした。四歳の息子の前で、それこそ四歳児みたいに泣きじゃくるなんて……と思っていたら、

「親父、さっきも言ったけど、俺、凄く頭が良いと思う。親父がここで今その人のことを話して泣いても、全く引かない。だから、教えて」

 吉乃はそう言うと、一歩前に出て俺の目尻に溜まっていた涙を小さな指先で拭った。

 あいつが知ったら笑うだろうな、と思いながら、俺は、

「俺より年上で、俺より背が低い、妙な奴だったよ」

 と、無駄な情報から話し始めた。

                                (了)

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シロップは何グラム入れるべきか、答えはいつだって16グラムだった。 秋坂ゆえ @killjoywriter

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