第57話 ゲームクリアー

「で、どうなるんだ?」


 俺はゲームマスターに質問した。

 オスカー帝を倒した後、中央軍は俺に降伏して帝国領は全て俺の物になった。これでゲームはクリアーしたはずであり、この後のことを確認したかったのだ。


「まずは、エンディングのスタッフロールかねえ」


「それいる?」


「苦労して作ったゲームだよ。スタッフロールくらい見てもらわないと」


 そこで今まで思っていたことをゲームマスターに訊いてみた。


「ゲームマスターってばあちゃんだよね」


「そうだよ。気づいていたのかい」


 否定されなかった。なんとなくだが聞き覚えがあったのは祖母の声だったからである。


「まあね。でも、ばあちゃんにゲームマスターが務まったのはびっくりだよ」


「そうかねえ。私とじいちゃんはゲーム会社に勤めていたんだから、これくらい出来て当然さ。尤も、じいちゃんは歴史シミュレーションゲームのクレーム処理で精神的に疲れて、競馬ゲームの開発チームに移ったけどね」


「クレーム?」


 俺は歴史シミュレーションゲームのクレームとやらがどんなものか想像できずに、ばあちゃんにそれを訊ねた。


「そうさ。大陸を舞台にした歴史シミュレーションゲームならそんなものはないんだけど、日本を舞台にしたゲームだと、実際の武将の子孫が沢山いるからね。彼らが先祖のパラメータを見て、『うちの先祖はこんなに弱くない』って会社に電話をしてくるんだよ」


「そんなこと言われても困るよね」


「まあ、そうは言っても仕方がないから、次回作で少し強めのパラメータにするんだけど、そうすると他の武将が相対的に弱くなるから、今度は別の武将の子孫からクレームが入るんだよ」


「あー」


 それを聞いてなんとなくだけど、開発スタッフの苦労が理解できた。


「それにしても、よくあんな大手のゲーム会社に就職出来たね」


「じいちゃんは栃木県足利市の出身なんだよ。そこの地元の工業大学を卒業して、どこに就職しようかと云う時に、地元でゲーム会社を立ち上げた人がいるって聞いて、その会社に面接に行って採用されたんだ」


 知らなかったじいちゃんの昔話に興味がわく。


「ずっと横浜の人だと思っていたんだけど」


「会社が大きくなったから、横浜に移転したんだよ。じいちゃんと会社の夏休みに実家に帰省するときは、足利の花火とぶつかってね。じいちゃんの実家は今は無くなった足利のイトーヨーカ堂のすぐ裏だったから、交通規制対象区域でね。実家がそこにあるからって警備員に話しても、横浜ナンバーの車だから信用してもらえなくて、義父に毎回迎えに来てもらってたんだよ」


 両親と一緒に祖父母のところに行くのは常に横浜の家だったから、横浜の出身だと思っていたけど、実際は栃木県の出身だったのか。そして、あの大手ゲーム会社の企業した地元だったというわけだ。


「まあ、それでゲームバランスが内政するよりも戦争した方が統一に近いっていうのは納得できたよ」


「褒め言葉だと思っておくよ」


 ゲームバランスを考えると、時間を掛けて内政するよりも、他国を侵略して物資と人材を奪ったほうが効率が良いのは、開発者が同じだったがからなのか。


「そろそろエンディングの話をしておきたいんだけど」


 とばあちゃんに言われたので、俺はそれを承諾した。


「帝国を再統一したマクシミリアン・アーベラインはアーベライン朝初代皇帝となる。ユディットとカサンドラの間に沢山の子どもをもうけるが、それは後々火種となっていく。ユディットの子孫を筆頭にするキルンベルガー派と、カサンドラの子孫を筆頭にするバルツァー派。孤児たちの派閥は伝統あるバルツァー家を取り込み、その勢力拡大を狙った。そしてアーベライン暦304年から100年にわたる内乱の時代を迎えることになる。内乱によってわずかに残っていた皇帝の威光も地に落ちて、遂にはアーベライン朝も終わりを迎える。そしてまた次の英雄が生まれるのであった」


「えっと、妻たちとの楽しい暮らしの描写は?」


「恋愛シミュレーションゲームじゃないのでありません」


「そうだけどさあ」


 俺は不満から口吻を尖らせる。しかし、ばあちゃんに言われて諦めることになった。


「そういうシーンをゲームマスターの私に見せるつもりかい?」


「あっ、、、」


 恋愛シミュレーションゲームのプレイを身内にというか、他人に見られるなんていうのはごめんだ。折角助かった命だけど、捨てたくなるぞ。


「そういうわけだよ。まあ、乙女ゲームの開発経験もあるから、やりたければ相談に乗るよ。でも、折角のクリアーを放棄する事になるけどね」


「俺だけならやり直しもいいけど、これは峰岸さんとその子供の命もかかっているからやめておくよ。でも、NPCたちとの別れにちょっと泣いていい?」


「それくらいはいいよ。ゲームに感情移入してくれて泣いてもらえるなんて、開発者冥利につきるねえ」


 カサンドラたちとの思い出を振り返ると自然と涙が出た。お別れの挨拶が出来なかったのは残念だったな。


「あ、阿弥陀様から今言われたんだけど、お前を輪廻から解脱だせることで、ゲームの世界の人生を歩ませることも出来るそうだよ。彼女とその子供の命は助かるしね」


「あー、その事なんだけど、死にたくなるほどつらいことがあった人を、こちらの都合で助けてまた生きていけっていうのはどうなんだろうね」


「そうだねえ。奇跡的に助かった彼女は、お前との運命の出会いにより再婚。幸せな家庭を築いて寿命で亡くなるっていう人生の予定なんだけどね。これは海印三昧で未来を見た結果なんだよ」


「俺と再婚しない場合は?」


「それを知ってどうするつつもりだい?彼女が不幸になるからゲームの世界で生きるのを止めるというのかい?そういうつもりなら、ゲームの世界で生きようと思わないことだね。彼女を優先して一緒に人生を歩むべきだろう」


 ばあちゃんの態度が急に厳しくなった。その急変に戸惑っていると、ばあちゃんにもそれが伝わったようだ。


「輪廻からの解脱をするんだから、中途半端な気持ちじゃ許されないよ」


 そう言われて暫く悩んだけど、結局は現実世界で生きることを選んだ。

 峰岸さんの連れ子は成長と共に年々カサンドラに似ていく。まあ、母親に似ていくというのが正しいのだろうけど。そんな彼女の成長を見ながら俺は歳を重ねた。

 70歳を過ぎて自分の人生の終わりが見えてきたころから、あの時ゲームの世界で生きることを選んでいたらどうなっていただろうと強く考えるようになっていった。

 今までの人生も決して悪いものではなかった。峰岸さんとの間に自分の子供も生まれ、二人の子供はそれぞれ結婚して孫を見せてくれた。はたから見れば順風満帆な家庭なのだろう。だが、自分はあの別の世界で命をかけた仲間たちとの生活を続けたかったという思いが強くなっていった。

 そして寿命を迎えた。自分の動かなくなった体を上から見て、暫くしてから三途の川を渡り閻魔様の前にやってくる。閻魔様は何も言わずに俺の後ろを指差した。その仕草を見て俺は振り返る。するとそこには二つの道と道標があった。

 片方は極楽浄土と書いてあり、もう片方には英雄たちの野望の世界と書いてあった。どちらでも好きな方を選べという事か。

 そして俺は迷わず英雄たちの野望の世界を選んだ。


【後書き】

ゲームマスターのモデルになった人は実在するし、会社の関係者はモデルの人物が誰なのかわかるのでしょうけど、まさかこんなところでネタにされているとは思ってないでしょうね。FAXの勘違いっていうネタを思いついた時に、このオチは決まっていました。


追記

2023/8/5 久しぶりに足利の花火を見に行ってきました。祖父の実家?も健在でしたね。挨拶はしませんでしたが

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ステータスが最低のキャラでゲームの中に転生したけど、FAX10回使える特典だけでどうしろと 工程能力1.33 @takizawa6121

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