第56話 最終決戦

 俺たちが進むのと合わせて敵も動く。敵に動きがあったので、移動するのを一旦やめて打ち合わせを開始した。

 アンダーソン中将がまず他の部隊と合流して、再度本来エルマーが守備していた町に向かう。ジークフリートやカミルの追撃がやんだことで、今度は方向転換してこちらに向かってきた。ジークフリートとローゼマリーがそれを迎え撃つ準備をしているが、エルマーが守っていた町はこちらの人材が足りないので放棄する。あそこはいつでも取り返せるだろうし、敵がそこの占拠に時間をさかれれば、その分相手をする敵兵が減ることになる。一応守備隊が残っているからあっという間に陥落するような事はないだろうが、まずいのは町をスルーして進まれることだ。残っている守備隊では、追撃出来るような指揮官はいない。


「カサンドラ、アンダーソン中将が他の部隊と合流して、元々エルマーが守っていた町に向かっている」


 カサンドラはそれを聞くとその意図を理解した。


「町をスルーされると痛いですね。今からではイェーガー卿もバルツァー卿も間に合わないでしょう。となると、オスカー帝を挟撃しようとしていた我々が挟撃される側になりますね。アンダーソン中将の部隊はどの程度の規模でしょうか」


「およそ1万人だな。殆どが歩兵で構成されている」


「足が速くないのが幸いですが、どのみちオスカー帝を簡単には倒せませんので、やるならばオスカー帝を爆破してしまいましょう。それで戦闘を終結させれば挟撃の危険性はなくなります。それでもアンダーソン中将が攻撃を止めなければ、ウーレアー要塞の防衛隊と合流して迎え撃ちましょう」


 ゲームであれば総大将、総司令官を倒せばそこで戦闘が終了する。基本的にはゲームのシステムで動いているが、完全にそうでもないのでこれはどうなるかはわからんな。ならば、戦闘が継続すると警戒しておかなければならない。

 そしてついに、オスカー帝がウーレアー要塞に到着。そこでも戦闘が開始される。だが、オスカー帝の部隊の損耗は軽微だった。

 おそらくだが、スレイド中佐が城門を開けないので、本気で攻めていないのだろう。スレイド中佐の埋伏の毒がこちらにばれたと気づいたらどんな行動に出るだろうか。

 そう考えていたら数時間後にオスカー帝の部隊が撤退をはじめた。そして、その撤退ルートの上に俺たちがいる。


「あー、オスカー帝の部隊がこちらに向かってくるな。ウーレアー要塞の攻略を諦めたっぽいがタイミングが悪い。挟撃の思惑が外れて正面衝突だ」


 カサンドラが難しい顔をする。


「どうしたカサンドラ?」


 俺が訊ねると彼女はこちらを見た。


「多分ですが、オスカー帝には社長が連続で爆破したという報告がいってます。それなのに、こちらに向かってくるという事は、なんらかの勝算があっての事だと思いまして」


「勝算か」


 確かに、無能な武将であれば気にすることは無いが、相手はクリストファーをも上回るようなステータスの持ち主だ。それが無策で攻撃を仕掛けるつもりはないだろう。


「私が敵であれば――――」


 とユディットが切り出した。


「私が敵であれば、この状況なら包囲する動きをとるな。数で上回っていての野戦であれば、包囲しても問題がないだろう。それで、爆破の能力を何度も使わせる。ただ、旦那様はどこにオスカー帝が居るかを把握できるし、敵はそのことを知らない。やるなら一撃で決められるが」


「そうです。こちらは社長の能力により圧倒的に有利な状況にあります。爆破のギフトを使わなくとも、敵が包囲しようとして部隊を長く展開したのであれば、オスカー帝を目指して真っ直ぐに進めば討ち取る事も容易いでしょう」


 事実、数で勝るオスカー帝の部隊はいくつかに分かれてこちらを包囲しようとしているように見えた。その結果、オスカー帝の本体はこちらの部隊よりも数が少なくなっている。こちらが5千人に対して、オスカー帝が直接指揮を執っている部隊が4千人だ。数が多い方が勝つのであれば、俺たちが勝利するということで間違いない。


「確かに、敵の部隊が別れて大回りしているところもある。こちらを包囲するつもりだろうな」


「とはいえ、まだ包囲が完璧ではありませんので、一部を突破して味方と合流することも出来れば、オスカー帝を狙うことも出来ます。社長、如何いたしますか?」


 カサンドラの質問に答えは決まっていると言わんばかりに、オスカー帝のいる方向を指さした。


「そんなの決まっている。全軍でオスカー帝の本体を叩く。紡錘陣形をとって進むぞ」


 攻撃を前面に集中させるため、紡錘陣形をとってオスカー帝の本体に向かうことを命じた。


「一撃必殺。どのみち囲まれては不利ですから、一度の攻撃で決めてしまいましょう」


「ちょっと待って」


 とカミルが手を前に突き出した。


「こちらの一撃を躱されたらどうするの?反転して攻撃しようにも、紡錘陣形だと大きく旋回することになるし、そうなったら側面からの攻撃には弱いよ」


「カミルにしては考えているじゃない」


 カサンドラが笑うとカミルはムッとなった。


「俺だって少しは兵法を学んでいるんだ。カサンドラや瑠璃将軍には及ばないにしても、無様な敗戦をしたくはないからな」


 カミルの精神的な成長にほろりとくる。ステータスでは計り知れない部分で成長しているなあ。


「オスカー帝を討ち漏らした場合は反転せずに、そのままウーレアー要塞まで進みます。殿をどうするかというのはありますが、進む速度でいえば逃げ切りも可能でしょう。エルマーの拘束は一時解いて、武器を持たせることになりますけどね」


「それでは死を厭わずに突撃したりしないか?」


 ユディットがエルマーを心配したが、カサンドラとカミルには心配している様子はない。


「エルマーは生きてブリギッタに会いたいでしょうから、ここで汚名を返上するために無理な攻撃はしないでしょう」


「俺もそう思います」


「二人がそう言うなら大丈夫なのだろう」


 ユディットは納得して、それ以上は何も言わなかった。


「カサンドラ、それでオスカー帝がこちらの攻撃を躱す可能性はどれくらいあるのかな?」


 カミルの質問にカサンドラが少し考え込む。


「数的優位を保ったままであれば、という前提ですが30%でしょう。こちらは一点突破の紡錘陣形ですが、相手も同様な陣形を組めばよいのです。また指揮官の能力差でも、ユディット様とオスカー帝には大差がありません」


「それじゃあ勝てないじゃないか」


「しかし、そこにカミルの攻撃力が加わればどうでしょうか?」


 カサンドラがカミルを指さす。カミルは右手の人差し指で自分の顔を指さした。


「俺?」


「そう」


「ああ、俺がいるから数の不利は補えるってことか。任せておけ」


 カミルが胸を叩いた。

 実際、カミルの武力は中央軍所属だとしても上位クラスである。それほどの逸材がいれば、相手との数の差は問題にならない。しかし、あのオスカー帝がそんなこともわからないのだろうか?

 そうした疑問は残ったものの、紡錘陣形をとって進むことにした。

 そしてエルマーの拘束も解いてある。

 いよいよオスカー帝の部隊と接触かという時に、オスカー帝が少数の護衛とともに部隊から大きく外れていく。これはまるで部隊を囮にした逃亡ではないか。

 直ぐに俺はそれをカサンドラとユディットに伝えた。


「ここにきてまさかのオスカー帝が逃亡だ」


「社長、逃げた方向はどちらになりますか?」


「北を目指している。おそらくだけど、ここの街道の北側を並走している街道に逃げ込むのだろう。そちらには俺達の軍が配置されていないからな」


「そういう事ですか」


 カサンドラは今の説明でなにか納得したようだった。そしてユディットは俺に二つの作戦を献策した。


「ひとつめはユディット様、騎兵を率いてオスカー帝を追ってください。残った兵士で相手の主力と戦います」


「それはよいが、どうした理由からか?」


 ユディットがカサンドラにその真意を問う。カサンドラはその問いにこたえた。


「これはオスカー帝による罠。我々には追う、追わないという選択肢があります。追う場合は部隊の指揮をどうするかというのがありまして、オスカー帝を追うのであれば能力的にユディット様を編成するのは確実です。そうなると、こちらの残存部隊は数的不利のまま、優秀な指揮官を失って戦うことになります。ましてや、追うにしても相手よりも多い人数を用意するのが普通ですからね。ただでさえ人数の少ないこちらが、更に人数を割いて減らすわけです」


 戦場において、敵兵を分断し自軍に有利な状況を作る事が考えられるのだから、やはりオスカー帝は優秀だな。出来れば配下に加えたいところ。説得には応じないだろうけど。


「普通に考えればこちらが不利であるな」


「はい。しかし、こちらにはカミルが残りますし、私もこちらに残って指揮を執ります。オスカー帝の作戦も二年前であれば成功していたでしょうが、そこから我らも成長しております。オスカー帝の失敗は我らの能力を見誤った事」


 ユディットを追撃にまわしても十分に勝算はあるということか。ならば二つ目の作戦はどんなものだろうか。


「二つ目は、社長にオスカー帝を爆破してもらうことです。そうすれば戦闘による被害は発生しません。オスカー帝を倒せれば、帝国は社長のものとなるのは明白。ここまでついて来てくれた将兵を、ここで失う可能性に晒すくらいであれば、オスカー帝を社長に倒してもらう方がよろしいかと」


 カサンドラの視線には、ここにきて出し惜しみをしないようにというメッセージが込められていた。一つ目の作戦でいけば、勝利を掴むことは出来てもこちらにも被害が出る。今回の戦いは帝国の内部での雌雄を決する戦いなので、勝てばそこで皇帝が決まるのだから、ギフトを出し惜しみするなという事か。

 これはもう、二つ目の作戦で決まりだな。俺はそれをカサンドラに伝える。


「わかった、二つ目の作戦でいこうか」


 その言葉を聞いたユディットがフッと笑った。


「やれやれ、最後まで歯ごたえの無い戦いで終わってしまうな。カミル、帰ったら訓練に付き合え」


 暴れ足りないユディットはカミルを訓練に誘った。


「承知いたしました」


 ユディットの誘いにカミルは嬉々として頷いたが、周囲の騎士たちはどんよりとした空気を醸し出していた。敵と戦うよりも、ユディットとの訓練の方が嫌なのか。それを見てクスリと笑ってしまう。

 方針が決定し、俺はシステムにギフトを使用する事を伝える。


―― ギフトを使用します。範囲を設定してください ――


 範囲はもちろんオスカー帝の周辺だ。


―― ギフトを使用します ――

―― オスカー帝が死亡しました ――

―― 戦闘に勝利しました ――


 この後はシステムが強制力を発揮し、残っていた部隊の戦闘が停止する。俺たちの方向に向かっていた部隊も止まるし、ジークフリートと戦っていた部隊も停戦となった。

 そして、大量の捕虜を抱えてウーレアー要塞に帰還する。

 捕虜の処置もあるが、まずはエルマーの裁判だ。

 軍事法廷は俺も出席して開催される。ただ、俺は裁判官ではない。裁判官はカサンドラが務めており、俺とユディットは助言こそすれ、最終的な判決を出す立場にはない。なお、隣にはブリギッタもいる。


「被告人エルマー・オストは命令を無視して守備すべき町から出て、敵の総大将オスカー帝を追うも、敵の策略に嵌り包囲されてしまいました。法律に照らせばこの命令違反は処刑となります」


 エルマーの罪状が読み上げられた。

 カサンドラはそれを受けてエルマーに問う。


「被告人、何か釈明すべきことはありますか?」


「いえ、何もありません」


 エルマーは釈明をせず、罪状を認めた。


「本来であれば――――」


 とカサンドラがエルマーに話しかける。


「命令違反はどのような立場であっても処刑となっておりますが、今回被告人に対して第二軍師から公王陛下に助けて欲しいとの願い出がありました。これは単なる願い出ではなく、過去に公王陛下が第二軍師と約束したことに基づきます。助けてというのは包囲された村からの救助だけではなく、命令違反での処刑に対しても効果を発揮しますので、処刑については公王陛下の約束を優先し、実施はいたしません。しかしながら、命令違反の罪が消えた訳ではありませんので、軍籍と爵位のはく奪、それから今後公務には一切かかわらせないという処分といたします」


 判決を聞いたエルマーは泣きそうな顔で俺を見てきた。カサンドラはその様子を見て俺に


「陛下、何かご意見はありますか?」


 と訊いてくる。


「今回は命が助かったのはブリギッタのお陰なのだから、彼女に感謝するように。また、国への関わり方は民間であっても何かしらはある。軍や貴族だけが国を作っている訳ではないから、そのへんをよく考えて今後も国の為に尽くしてほしい」


 エルマーとしては軍に籍を置いて、俺の為に仕事をしたかったのだろうが、流石に命令違反をした者を軍に留めておくことは出来なかった。この判決は事前にカサンドラから聞いており、俺としてはエルマーが腐らずに、今後も国家の発展に寄与してくれるような言葉を選んだつもりだ。

 泣いて馬謖を斬るような事態にはならなかったので良しとしている。ブリギッタとの約束がこんなところで活きてくるとは思ってもいなかったが、結果的にエルマーの命を救う事が出来て良かった。

 裁判が終わり傍聴者が退廷したところで、俺とカサンドラ、カミル、ブリギッタ、エルマーがこの場所に残った。今回はユディットすらいない。


「社長、すいませんでした」


 エルマーが深々と頭を下げる。


「頭を下げるのは俺じゃなくてブリギッタにだろ」


 俺に促されてエルマーはブリギッタに頭を下げた。


「ブリギッタ、すまなかった」


「それは何に対してかしら?」


 今日のブリギッタは怒っているのが良くわかる。エルマーは典型的な尻に敷かれた夫だ。彼女の前で小さくなっていた。


「折角の爵位も失ってしまったし、これから公務にも関わる事が出来なくなった。それに、ブリギッタが子供のために取っておいたお願いも使わせてしまったし」


 その言葉で俺は初めて彼女が子供の為に願い事を取っておいたことを知った。願い事を言う権利を相続させるつもりはなかったので、早いうちに使ってもらって助かったな。

 エルマーの言葉にブリギッタは大きなため息をついた。


「爵位は私が持っているから、子供に継がせることは出来る。孤児たちの教育機関は民間でも出来るから、そこの教師でも理事長にでもなって国家のために尽くせばいい。そもそもエルマーに死なれたら子供を作れないんだから、これで良かったのよ。ただ、いい所見せようとして命令違反をしたのは駄目だったわね。昔から社長に良いところを見せようとして、しかもカミルと勝手に張り合っていたのを何度も注意したのに、どうしてそれが我慢出来ないのよ」


「ごめん」


 エルマーが更に小さくなる。


「謝るならカサンドラにも謝りなさいよ。今回の判決でも、後々悪用されないように考えてもらったんだからね。命令違反をしても重い処罰が無いなんてことになったら、軍紀が大いに乱れるでしょ。そういった前例にならないようにするのに、どれだけ大変だったことか。過去の歴史書を読み直して、似たような事例がないか探すのに時間が掛かったのよ」


 出陣前だけでは終わらず、陣中に歴史書を持ち込んで夜中まで確認していたのだ。エルマーはその事実を知らされてカサンドラにも頭を下げた。


「戦死ならともかく、処刑なんてしたくなかったから」


 とカサンドラはこたえた。

 あまりにもエルマーが小さくなっているので、俺は彼をフォローする。


「まあ、怪我の功名というか、お陰でこちらも動くことになって結果的に戦闘が早く終結することになった。その点については良かったと思う。エルマーもこうして生きているわけだしな。転禍為福、災い転じて福となすってわけだ。このお陰で死ななかった兵士がいて、その子供が孤児となる事がなかったんだよ」


「じゃあ、俺のやったことは無駄じゃなかったんですね」


 エルマーが明るくなるも、直ぐにブリギッタが釘を刺す。


「調子に乗らない。一歩間違っていれば社長もどうなっていたかわからないんだから。本当に反省しているの?」


「はい…………」


 ブリギッタにそう言われると、エルマーは再び小さくなった。

 でもまあ、本当にエルマーが死ななくて良かった。

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