第55話 再会

 エルマー以外の兵士は名前を確認したうえで、後から来るように指示を出した。名前を確認したのは特別報奨金を支払う為である。村人にも食事を出すようにも指示をしておいた。万が一後程確認して村人が食事を取っていなかった場合は、特別報奨金は無かった事になると注意をする。十分な食料を持ってきているので、村人に渡さないという選択肢はない。それでもするようであれば連帯責任だ。

 俺たちは特に急がずにきた道を戻る。急がない理由はジークフリートたちに出した伝令が情報を伝えなければ意味がないからだ。

 移動中の休憩時間にエルマーが俺に今後のことを訊いてくる。


「社長、俺どうなりますか?それとブリギッタは?」


「それは法廷で決める事だな。ここで俺が何を言おうと、法廷で違う方に判決が出ればそれまでだ。それを俺が覆しでもしたら、この国の法律が軽んじられて意味をなさなくなる」


 貴きは法にあらずというのも封建制ではあるのかもしれないが、俺の目指すのは近代国家だ。法律が明文化されて、君主であろうとも法律に従う。法律に照らし合わせて何事も判決を下す。

 ただ、そうなるとエルマーは死刑となってしまうのだが。そして、それが家族にも連座するかどうかが心配なのだろう。


「心配するくらいなら最初から命令を破るな」


 俺がため息をつくと、エルマーは申し訳なさそうに小さくなった。


「オスカー帝を倒せば社長が皇帝になると思ったんです」


「それはそうだが、どう見てもあれはそうした気持ちを読んだ罠だろう。もう少し考えて行動すべきだったな。気持ちは嬉しいが」


 最後に気休めのフォローを入れておいたが、意外とそれが効果があった様で、エルマーの表情が明るくなった。純粋に俺の事を思ってだったと改めてわかる。そしてエルマーはおめいた。


「社長!社長!俺は!!」


「落ち着け、エルマー。すべては戦いが終わってからだ」


 どうにもエルマーの感情が安定せず、今までも泣いたと思えば叫んだりした。緊張状態にあったためだろうか、それとも俺に見捨てられるという恐怖だろうか。

 これはステータスに見合わぬ役を与えた俺にも責任があるな。もし、ローゼマリーあたりを最前線に置いて、エルマーを後方に配置していたならば違ったかもしれない。いや、そうであればオスカー帝はまた違ったこちらの穴を探したことだろう。

 相手の弱いところを探して攻撃するのは勝者の常。それでもまあ、エルマーにはちと荷が重かったな。

 休憩が終わり、俺たちはまた進むこととなった。

 俯瞰して状況を確認すると、カミルとローゼマリーがいち早く街道の封鎖に動いていた。距離的にジークフリートよりも早く伝令が到達したのだろう。そして、合流した二つの部隊がまた二つに分かれ、カミルがこちらへと向かってくる。

 合流早々カミルはエルマーのところに行った。


「エルマー」


 と叫び、カミルがエルマーを殴る。武力差を考えると死んでしまうのではないかとハラハラする。


「すまない」


 殴られたエルマーは下を向いてカミルに謝った。目を見て謝ることが出来なかったのは、後ろめたさがあるからだろう。

 殴った方のカミルを見ると、泪を流していた。


「心配かけるし、社長を危険に晒すし。どこから怒っていいのかわかんねーよ!」


「すまなかった」


 エルマーがカミルに二度目の謝罪をした。カミルもエルマーのことを心配していたが、救援に向かう事は命令違反となるので、グッと堪えていたのだろう。エルマーもそのことをわかっているので、反論もせずに謝罪をしているわけだ。


「エルマーに傷をつけたらブリギッタに怒られるわよ」


 カサンドラが注意をしてカミルは怒りを納める。元々ずっと怒るつもりもなかっただろうけど。


「それで、ブリギッタの様子はどうなんですか?」


 カミルが俺に訊いてくるが、俺も詳しい状況はわからない。ただ、まだオスカー帝がウーレアー要塞に到達しておらず、戦おうにも刃の届く範囲ではないという事だけはわかる。おそらくだが、相手はスレイド中佐の裏切りに期待しているだろう。そして、その裏切りが無ければウーレアー要塞の城門は開かないので、陥落されることは無い。

 既に部外者となったエルマーに聞かせるわけにはいかないので、エルマーを別の場所に移してから会話を続けた。


「おそらく、敵がウーレアー要塞に到達するのは明日くらいだな。今から追いかければ十分挟み撃ちにできる。ブリギッタなら簡単に墜とされるようなことはないだろう」


「頼みの綱のスレイド中佐が我々に捕らえられているとは知らず、自らウーレアー要塞攻略に出たわけですね」


「ああ。しかし、スレイド中佐がうまく城門を開いたならば、要塞を突破して守備兵が居ない東方公国の領土を蹂躙し放題だからな。やるだけの価値はあったのだろうな。それに勝算も十分だし」


 要塞の城門が開いてしまえば、防御側の有利さなどあっという間にふきとんでしまう。そのためのスレイド中佐の埋伏の毒だったのだろうが、こちらがそれを看破して逆手に取ったことを相手は知らないので、見誤ったというわけだ。

 スレイド中佐は今でも偽情報をオスカー帝に送り続けている。


「これで、これで本当に戦いは終わるのでしょうか?」


 カミルに訊かれる。


「どうだろうな。俺の時代では終わるかもしれないが、人間の本質なんて動物の群れのボス争いとなんら変わりがない。常に誰かの上に立とうとして、どこかで血が流れるものだ。過去の歴史を遡ってみても、統一王朝が出来たからといって戦いがなくなったわけではない。王位継承問題での争いや、部下による叛乱。異民族の侵入などあげればきりがない」


 そう答えると、カミルは悲しそうにつぶやく。


「それでは俺たちのような孤児は無くならないではないですか」


「そうだな。俺の統治時代には戦を無くそうと思うが、死後にその志がどれだけ受け継がれるかは未知数だ。だからこそ、孤児でも生きていけるような社会の仕組みを残したい。時代が変わっても金銀の価値が無くならないように、人間の価値も無くなるわけではない。孤児たちにもそうした価値があると示せば、後の世の為政者たちも孤児を登用しようとするであろう」


「社長が不老不死になればいいんじゃないですかね」


 とカサンドラが言葉を挟んだ。


「それだとずっと働かなきゃならないじゃないか。俺は余生はゆっくりと過ごしたいんだ」


 と言ってみたが、この世界に俺の余生は無いだろう。山崎武則として日本に戻って生きることになる。それを知っているカサンドラの笑顔は寂しそうであったが、カミルはそれには気づかなかった。


「ま、エルマーはどのみち公職からは外れてもらうので、民間の事業者として孤児たちの育成をしてもらおうと思う。それが上手くいけば、王朝が変わったとしても事業自体は残っていくだろうからな。これが公職だと政策によって事業そのものが無くなってしまう事もあるからな」


 厳密にいえば民間の事業であっても法律などで規制されて無くなってしまうこともあるだろう。ただ、優秀な人材をつくるというのを国家が規制するのであれば、おそからずそんな国家は潰れると思う。


「社長がエルマーを処刑するつもりが無いのだけはわかりました。しかし、どうやってそうするおつもりですか?」


「そこは裁判官が我が軍の軍師だからな」


 とカサンドラを指さした。


「我が胸中に秘策在り」


 カサンドラが胸を叩く。カミルはそれを見て納得した。


「カサンドラがそう言うなら大丈夫だろう。戦場で死ぬならまだしも、こんなことで路上生活時代からの仲間を失いたくは無かったからな」


「相手が悪かったっていうのはあるな。誰だって敵の総大将が少数の手勢で目の前に現れたら、絶好の機会だとおもうだろう」


「俺でも追いかけたかもしれません」


「そういうことだよ。命令違反で処刑されるというリスクをおかしてでも、得られる手柄の大きさに我慢が出来ずに出てしまう。流石はクリストファー帝の認めた後継者だ。多分エルマーがカミルに嫉妬していたのも調べていただろう」


 嫉妬という単語にカミルが不思議そうな顔をした。


「エルマーが俺に嫉妬ですか?」


「そうだよ。手柄としてはずっとカミルの方が上だったろう。エルナを帝都に迎えに行ったあとからずっと。俺もエルマーよりもカミルの方が才能があるから、難しい作戦にはカミルを使ってきた。エルマーとしてはそれが羨ましかったんだろうな。そこは俺のミスでもある」


「カミルはエルマーの嫉妬に気づくような繊細な子じゃないものね」


 カサンドラがそう言って、カミルの肩に手を置いた。カミルはムッとして、カサンドラの手をはらった。


「そんな子供扱いするなって」


「あら、じゃあどうして気づかなかったの?バルツァー卿だって気づいていたわよ」


「ローゼマリーもか」


 カミルは愕然となったが、ローゼマリーは知力が高い。そうした各武将の機微にもよく気が付く。カミルを比べるのは可哀想だな。


「社長、結局何が正解だったんですかね」


「それがわかれば俺も苦労しないよ」


 カミルの質問には答えようもない。これが感情を持たない電子データのNPCたちだったらどんなに楽だったことか。

 そこにユディットがやってくる。


「そろそろ出発しようかと思うが」


「そうだね」


 こうして俺たちはオスカー帝との最終決戦の場に向かう。

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