第54話 風林火山
敵に発見されることなくエルマーが包囲されている村の近くまで到達した。ここで最終的な打ち合わせを行う。
「状況は変わらずか。町に立て籠るのは千の兵士。包囲しているのは2万の兵士。エルマーが自棄になって相手の包囲を無理矢理突破しようとしなくてよかったよ」
「しかし、食糧はほぼ尽きているでしょうから、もう少し遅れたら危なかったですね」
カサンドラが指折り包囲されていた日数を数える。幸いにして水は十分に確保出来ていたのだが、食糧に関してはもうそこを尽きていただろう。村で徴発しているので、住民共々飢えて最後の勝負に出るかどうかという寸前だったと思う。
「このまま進んでまずは東部の入り口をふさいでいる敵を社長に爆破してもらいます。その時に他の包囲している兵たちにこちらの旗を見せつけてから撤退します。ところで、オスカー帝はこの包囲に参加していますか?」
「いや、これを率いているのはアンダーソン中将だ。オスカー帝はウーレアー要塞に向かっているよ」
そう、オスカー帝はウーレアー要塞攻撃の指揮を執るようで、エルマーを誘い出しはしたが、今の包囲網には参加していない。今の状況はジークフリートが追っている敵が1万。カミルが追っている敵が5千。ローゼマリーが追っている敵が1万。それにヨーゼフを包囲している敵が2万。これにエルマーを包囲しているのが2万の合計6万5千。それにエルマーが元いた町を包囲している敵が2万だ。そしてオスカー帝が2万の兵を率いてウーレアー要塞に向かっている。元々12万人いた敵はこちらが捕らえたスレイド中佐の部隊と、その後の戦闘により10万5千人まで減少していた。
「ここでオスカー帝を倒す計画は無くなりましたが、エルマーを助けた後はウーレアー要塞にとって返しましょう。イェーガー卿たちには戻って敵の退路を断つように指示を出します」
「それは俺のギフトの回数が残っていればだな。500騎では挟撃するには足りないぞ」
「そうですね。そこで再編して挟撃するための兵士をつくりましょう。でも、まずは眼前の敵ですね。東部の敵を爆破すれば、他の入り口をふさいでいる兵士達がこちらに向かってくる事でしょう。ただし、北部と南部がそれぞれの方向から来るでしょうし、西部の部隊は村を迂回するか、そのまま用は無くなったと村を攻撃するかですね。なので、東部の敵を倒して直ぐに、南部と北部の敵を叩き、エルマーの部隊はこちらに脱出してもらうことになります。今はエルマーに伝える手段がありませんが、タイミングが非常に重要になりますね」
「啐啄同時が求められるわけだな。しかし、ここで4回もギフトを使う事になるのか」
「敵が社長が少数の手勢でここに居ると知ったら殺到してきますから、残り2回では心もとないですね」
「そうだなあ。その時はカミルの部隊にでも合流するか」
「空腹状態のエルマーの部隊は移動が遅くなるでしょうから、置いていくことになりますけどね」
カサンドラがそういうのは本気でそう思っている訳ではない。
「つまりは、ここで敵を迎えうつしかないって事か」
「そうなりますね。ただ、2回しか使えないとなると作戦の幅も狭まります」
そこにユディットが
「何も今回で4回の爆破を使わなくてもよいのではないか。まず、東部の敵を爆破するまでは変わらないが、その後南部と北部の敵を合流させてしまえばよいだろう。敵は一度しか爆破を使えないと思っているのであれば爆破を一度見せれば、集団の陣形を作るであろう」
と口を挟んだ。カサンドラはそれを聞いて満足そうに頷く。
「流石はユディット様です。実は今の会話は社長の思考能力を鍛えるために、敢えて私が4回というのを強調しておりました。社長は知識は凄いのですが、それを応用しようとすると思考が霞がかかったようになるとのことで、こうして少し考えてもらうようにしていたのですが、ユディット様に最善の答えを言われてしまいましたね」
そう言われると、敵は俺が爆破を一回使ったら、次に使用するのに時間が掛かると思い込んでいるという会話をしたんだったなと思いだす。
「この状況で試すなよ」
俺はカサンドラに不満をぶつけた。が、彼女は平然としている。
「この状況だからですよ。今後、私たちがいないときに似た状況になった場合、どう対処されるおつもりですか。特に、使用可能回数が減っていくのですから」
「二人が居ない状況なんてあり得るのか?」
「酷いですよ、社長。帝国を統一出来たら子供を作る約束じゃないですか。二人が妊娠している間に戦になったらどうするつもりですか。身重な私たちを戦場に連れていくのですか?」
「それはカサンドラの言う通りであるな。流石に陣中で陣痛などとなればまともな指揮はとれぬ」
妻二人にそう言われると、今のステータスを何とかしなければという気持ちになる。まあ、気持ちだけではどうにもならないのだけれども。
「ただ――――」
とカサンドラは続けた。
「敵にこちらの爆破の能力が無制限だと思わせるためには、ここで南北にそれぞれ爆破のギフトを使ったほうが良いでしょう。危険をおかして相手の南北の部隊を一箇所にまとめるようにこちらが動けば、その理由を推測する事でしょう。その時、回数制限に辿り着く可能性もあります。無制限に使えるのであれば、そのような策を講じなくてもよい訳ですから。あとはエルマーの救出が早くなります。どちらを選択されますか?」
そう訊かれたので、答えに困りユディットの方をチラリと見た。すると、彼女は自分で考えるようにと言わんばかりに、ぷいっとそっぽを向いて視線を躱す。仕方ない、自分で決断を下すか。
そうして出した俺の答えは
「南北の部隊もそれぞれ爆破する。そして、エルマーにはこちらに向かって脱出するように呼び掛ける。西の部隊が村に突入したとしても、それならば問題がないだろう。ただし、村人を巻き込む可能性があるから、村に対しては爆破のギフトは使わない。これでいこう」
俺の答えにカサンドラは満足そうに頷いた。
「なあ、カサンドラ。模範解答を聞いておきたいのだが」
俺がそう言うとカサンドラは自分の考えていた回答を教えてくれた。
「社長の出した結論と一緒です。たとえここで使い切ってしまったとしても、敵はずっと社長のギフトの陰に怯えて、在りもしない爆発に備えた無駄な作戦行動をとることになります。それこそが相手の手足を縛り、勝利の流れを我らに呼び込むこととなるでしょう」
まるで麻雀のブラフだなと思う。こちらの手をありもしない役満だと思わせて、手を崩し手でも安牌を切らせることであがれなくする。カサンドラの場合は相手がブラフだと思ったところに、本当に役満で殺しにいくこともあるので、ブラフだという思い込みも危険なのだが。麻雀漫画の主人公みたいだな。
「風林火山だな」
と俺は感想を述べた。
「風林火山?」
その言葉を知らぬユディットが訊いてくる。それにカサンドラがこたえた。
「其の疾きこと、風の如く。其の
「昔の私であればむきになって否定したであろうな。正々堂々と戦い敵を破ると。しかし、今ではカサンドラの言う事が良くわかる。相手に手の内を全て晒すことは悪手だ。もっとも、それに自分では気づけなかったがな」
「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶと申します。書物は過去の人物の経験が記されており、自分で体験しなくともそれを学べると。全ての事に自分で気づくことはできませんので、なんら恥ずべきところはありません」
カサンドラがそういうとユディットも納得した。カサンドラの知識も俺が持ち込んで来た孫氏の兵法やマキャベリの君主論だったりする。これらのことを全て自分で考え出すなどとうてい不可能だ。そもそも人生の時間が足りない。
風林火山を旗にしていた武田信玄にしてから、それはオリジナルのものではないのだ。かの名将がそうなのだから、いわんや凡下おやだ。
「それじゃあ始めようか」
打ち合わせが終わったことで俺は、救出作戦を開始することにした。まずは東部の出入口をおさえている部隊を爆破して壊滅させた。
爆破が起きてから2ターンたち、影響が収まったことで俺たちは姿を現す。
すぐさま村を包囲している南北の部隊に発見された。
「掲げている旗が俺の物だとわかるよな」
「普通は敵の総大将の旗は把握しているもの。心配には及ばんだろうな」
背中越しにユディットから回答が来る。まあ、爆破なんて俺くらいしか使える者はいないし、敵がそれを探っているのであればそれを知っているだろう。指揮官はアンダーソン中将という高い階級であれば、オスカー帝がそれを秘密にしているとも思えない。
そして、そのアンダーソン中将は西部の封鎖を担当している。どうせ俺たちが来るのは東側からだから、一番爆破される可能性が低いところに自分を配置したのだろう。そしてそれは正解だ。西部の部隊は動き次第では攻撃するつもりはないからな。
東部の部隊が爆破されると、南北の部隊は隊列を整えてこちらに向かってくる。
密集してくれるなら好都合とばかりに、それぞれの部隊を爆破した。生存者はゼロ。
「ユディット、西部の部隊以外は全滅だ」
「承知。止まるまでは口を開かないでいただきたい」
ユディットは全力で村の方向に馬を走らせる。そして村の前に辿り着いたところで叫んだ。
「オスト卿、直ぐにこちらに脱出するように!助けに来たぞ!」
それを聞いて村の中から兵士達が一斉にこちらに脱出してきた。それは正しく最後の力を振り絞ってという様相で、やつれた兵士達が一斉にこちらに走ってきたのだった。
「旦那様、アンダーソン中将の動きは?」
ユディットの声には緊張があった。アンダーソン中将がこちらに向かってくるのであれば、兵士達を守りつつ撤退しなければならない。
「撤退していく。流石だな、こちらの爆破がクールタイム無しに使用できるとわかったとたん、無理せずに兵士を引き上げた。無能ならばここで向かってきただろう。まあ、こちらとしても使用回数を一回節約できたので、どちらが良かったかはわからんけどな」
「承知した。では、一度食事としようか。兵士達も腹が減っていることだろう」
「そうだな。その前にやることがある」
俺はユディットの背中越しに村から出てきたエルマーを見た。兵士達を先に逃がして、自分は最後まで村にとどまっていたようだ。そんな彼が俺のところまでやって来た。
「社長、ありがとうございます」
「言いたいことは後で聞く。この者を捕えよ」
俺がそう指示をすると、一緒に救援に来た兵士たちがエルマーを取り押さえる。
「社長、これはいったい?」
「命令違反の罪でオスト卿を逮捕する。言い訳は裁判で聞くので、それまでは大人しくしていろ。まあ、ゆっくり休んでおけ」
俺に言われてうなだれるエルマー。そんな彼をカサンドラが慰める。
「みんな心配していたのよ。特にブリギッタがね。帰ったら謝っておきなさい。貴方が生きていられるのはブリギッタのお陰なんだからね。社長も命までは取るつもりはないから」
「部下たちはどうなるのでしょうか。俺の命令に従っただけなんです」
エルマーの言葉を聞いて周囲を見回すと、助かって喜んでいた兵士たちが、エルマーが捕縛されたのを見て緊張した表情となっていた。
「安心しろ、特別報奨金を出すつもりだ。こんな少数で2万の敵兵をここに釘付けにしてくれたんだからな。罪を問うのはエルマーだけだ」
「承知しました」
俺の説明にホッとした雰囲気が流れる。
「社長は最後まで国益をとるか、エルマーを取るか悩んでいたんだからね。少しは反省しなさい」
カサンドラに言われてエルマーはハッとなって俺を見た。俺の苦悩をばらされると気恥ずかしいものがあるな。
その後エルマーは泣き続けて会話にならなかった。敵が引き上げたことで俺たちはゆっくりと休息をとる。ただ、ジークフリートたちに伝令を送って、オスカー帝の退路を断つような配置を指示した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます