第53話 天命
カサンドラが立てたエルマーの救出作戦は、相手がやったのと同じ事をこちらがやり返すというものだった。
「少数の手勢でエルマーの包囲をしている敵に接近します。そして敵をこちらに引きつけたうえで、社長のギフトで敵を爆破してしまいましょう。ただし城塞に閉じ籠った敵を倒すのと違い、各地に散らばっている敵が次々と押し寄せてきますので、ギフトを使い切ってしまっても敵が残っているようであればこちらの負けとなります。初撃と二撃目でどれだけを倒せるかですね。最良なのはそこでオスカー帝を倒せる事ですが、敵に余力を残した状態でオスカー帝を倒した場合は、また誰かが後を継ぐことでしょうから、出来れば中央軍がこちらと戦う事が出来なくなる位戦力を削ぎたいです」
オスカー帝を倒したところで、他が帝位を継ぐ可能性が高いだろう。そうなると戦いは終わらない。なので、ここで俺のギフトを使って相手を可能な限り、二度と戦えなくなるくらいに叩かなければならないのだ。
「つまり、敵がエルマーに仕掛けたように、こちらに来ざるを得ないような餌をぶら下げてやり、集まってきたところをドカンという訳だな」
俺は右手のてのひらを上に向けて開く。爆発をイメージしたゼスチャーだ。
「はい。クリストファー帝の情報が正しければ、一度目の攻撃は分散して被害を最小限に抑えようとするでしょう。そして、社長が直ぐに爆発を使えないと思ってますので、爆発を見たら陣形を整えて一気に押し寄せるかと」
「そこに旦那様が二撃目を叩き込むわけだな」
「はい」
ユディットの言葉にカサンドラが頷いた。
「まずは社長がここから出発するにあたり、各部隊に敵への攻撃を指示しましょう。この攻撃で敵の監視を薄くして、発見されること無くエルマーが包囲されている町に近づきます。そして、今度は社長が自ら出撃してきたとわかるように、相手に旗を見せつけるのです」
「して、軍師殿。その少数は旦那様以外は誰が率いるのかな?」
ユディットは当然自分が行くというつもりだ。
「社長と私で率います」
「それでは私はどうなる?」
「ユディット様はこちらで指揮を執っていただきます。敵が上手くこちらの策にはまり、エルマーの包囲を解いた場合は、ウーレアー要塞から出撃して敵を攻撃してください。それに、万が一社長が討たれるようなことになれば、ユディット様に国を導いてもらわなければなりません」
「それは、私だけが安全に生き残るということか」
「はい。ユディット様が残ればキルンベルガー侯爵家由来の家臣たちも変わらず従ってくれることでしょう」
カサンドラは最悪の事態を考え、ユディットだけは生き残る事が出来るようにとした。しかし、ユディットはそれに納得がいかない。
「キルンベルガー侯爵家由来の家臣たちということであれば、王位継承権を姉上の子供に与えればよかろう。それに、自分だけが生き残ったとして、旦那様以外の男と子を作るつもりなどない。どの道直系は私の代で終わる事になるのだよ。旦那様もカサンドラも馬に満足に乗れもしないのに、二人だけでどうするつもりか」
「しかし…………」
カサンドラがユディットに反論しようとしたが、ユディットは悲しそうな顔でカサンドラの言葉を遮った。
「それに、旦那様とカサンドラが亡くなって、自分だけが生き残ったとして、そのような生に未練などあるわけもない。直ぐに後を追うだろう」
「ユディット様――――」
ユディットに言われてカサンドラの頬に泪が伝う。
「そういうことであれば」
カサンドラは指で泪をぬぐうと、ブリギッタの方を見た。
「ブリギッタ、貴女に軍の全権を渡します。私たちがエルマーの包囲を崩したならば、合図を送りますから全軍で敵を叩きなさい。その時は敵の数はこちらよりも少なくなっているはずです。それに、万が一私たちが討ち取られたならば、エルナ様のお子様を次の君主として、貴女がそれを補佐するように。貴女の望みをかなえるためですから、嫌とは言わせませんよ」
「わかった」
ブリギッタは頷く。
方針が決まり、直ぐに補給部隊を襲撃していた時の部隊を再集結させる。ブリギッタは各守備隊にこちらの出撃をカムフラージュするための攻撃を指示した。その指示によりジークフリート、カミル、ローゼマリーが部隊を攻勢に転じさせる。
俺は俯瞰しながらそれを確認して、ユディットとカサンドラに各部隊の動きを伝えた。
「ジークフリートが敵をヨーゼフのところまで押しかえしている。カミルとローゼマリーは牧羊犬のように、敵を上手く俺たちの進軍ルートから遠ざけてくれているな。今なら出撃しても相手にみつからないだろう」
「承知。直ぐに救援作戦実行部隊に出撃を伝える」
ユディットは500騎の兵士に出撃を命じた。
「我ら、これよりオスト卿を包囲している敵を攪乱するために出撃する。孤立している部隊を見捨てたとあっては他の兵士の士気にも関わるゆえ、なんとしてもこれを救出せなばならない」
彼らはずっとユディットに付き従っている兵士達であり、たった500騎で敵の包囲を攪乱させるという困難な命令にも動じない。古強者という言葉がぴったりだな。
準備が整い城門を開けて出撃するという時、ブリギッタが見送りで泪を流す。
「社長、どうかエルマーを助けてください」
「わかった。安心して待っていろ。必ず生きて連れて帰る。その代わり、心配しすぎて包囲解除後の作戦を失敗するなよ」
「承知いたしました。お任せください」
カサンドラはブリギッタを抱き寄せる。
「これが最後かもしれないから」
「ごめんなさい」
カサンドラに謝るブリギッタ。過去一番難しい作戦だが、カサンドラもエルマーは助けたいし、これが上手くいけば自軍の被害が一番少なくて済む。今の持久戦では結局こちらもじりじりと被害が出ていくので、ここで一気に決着をつけるというのもありだ。リスクをとっただけのリターンもあるので、カサンドラも絶対に反対ということはしなかったのだ。
カサンドラとブリギッタの別れがすむと、いよいよ出発となった。ユディットの後ろに俺が乗り、その横の騎士の後ろにカサンドラが乗る。
俺が敵の配置を確認しながらユディットに指示を出し、ユディットがそれを受けてルートを指揮する。
「妙だな」
俺はどこか違和感を感じる。
「何か?」
ユディットが訊いてきた。俺は感じている違和感のことをユディットに話した。
「敵の兵士が減っていないんだ」
「兵士が減っていない?」
「ジークフリート、カミル、ローゼマリーが攻撃をしている敵が減っていない。ヨーゼフのところは少し減っているのだけどね」
「つまり、敵と交戦出来ていないということですか」
「そうなるね。綺麗に後退していて、追われているというよりも誘い出されているという感じだな」
ここで思考にもやがかかって、結論まで辿り着けない。カサンドラであれば直ぐに原因がわかるのだろうが。こういう時ステータスが低いのが困る。
「それは我らウーレアー要塞にいる部隊の進軍ルートを作ってくれているのであろうな。さあ、出てこいということであろう。敵とて無能ではない。我らがこうして攻勢に出たということは、エルマーの救出に動いたと気づくであろう。となれば、ウーレアー要塞が手薄になる好機でもある。被害を抑えながら要塞攻略へと動くのであろうな。ただ、計算違いはエルマーの救出に動いたのがたったの500騎だけであり、ウーレアー要塞の守備体制は万全ということだが」
「ああ、そういう事か」
流石知力95の才女。直ぐに俺が辿り着け無かった結論に至ってくれる。
そうしてもう一度戦場を俯瞰してみると、大軍が通れるルートを作ってくれているが、そことは別のルートを中央軍がウーレアー要塞に向かって進んでいた。ただし、非常にゆっくりとだ。多分、救援部隊が大規模になれば、その分進軍に時間もかかるので、鉢合わせになる事を避けるためなのだろう。
運が良いことに、俺たちが進もうとしているルートとそれは外れており、ウーレアー要塞攻略を目指す敵部隊との交戦はしなくて済みそうだ。
「天命は我にあり、か」
「どういうことかな?」
「俺たちにとって非常に都合よく事が進んでいるのは、天が俺に支配者になれと言っているっていうことかなってね」
そう言うと、ユディットが笑ったような気がした。背中にしがみついているので彼女の表情はうかがい知れないが、そう思えたのである。
「そう言えば、ウーレアー要塞を最初に攻略した時、旦那様は『奇跡が起きたら神が俺が天下を取るのを認めてくれたってことになるかな』とおっしゃいましたが、予め使えるとわかっている爆発の能力よりも、今回のような敵の動きこそが神の思し召しかと」
「そんなことも言ってたなあ。ユディットは神の存在を信じるかい?」
「今は信じる。旦那様と出会ってからというもの、奇跡の連続であった。それまでは神などいないと思っていたが、それだけでは説明が出来ない事ばかり。まあ、こんなことを公に言ってしまえば教会の連中が騒ぐだろうがな」
帝国にも宗教があり、神の存在を信じている人達がいる。それは小説でもそういう設定だったし、マヤ教徒たちも宗教団体なわけだ。そして、俺がこの世界にやって来たのは間違いなく神の力によるもの。
などと考えていたらゲームマスターの声が脳内に聞こえてくる。
「この世界を作ったのは神じゃなくて仏様だけどね。だから死後の世界は天国ではなく浄土だよ」
「みんな、ヴァルハラに行くと思っているんだけど」
と俺は反論した。小説の世界観は北欧なので、死後の世界はヴァルハラなのだ。
「まあ、登場人物やモブはそうだろうねえ。でもお前さんが死んだ場合は浄土、それも極楽浄土だからね」
「地獄じゃななければいいよ。それにしても、ゲームマスターの上司は仏様、それも阿弥陀如来ですか」
俺の死後が極楽浄土であるならば、ここは阿弥陀如来の管轄か。こんなゲームの世界が三千大千世界のひとつだとはお釈迦さまでも気づくまい。
「じゃあ、ユディットやカサンドラも極楽に来るのかな?」
「いや、彼女らは電子データみたいなもんだから、そのまま消えてなくなるよ」
その言葉に心が痛む。死後の世界なんて信じていなかったが、在ると言われた途端に親しい人達とも死後暮らせるという希望がわいたのに、それを瞬時に否定されてしまった。
「夢も希望も無いな」
「そもそも小林さんとその子供、それと自分の命を賭けたゲームだろう。トランプだったら手札のハートのエースと一緒に墓に入りたいと思うのかい?」
そう言われるとそうだな。でも、ユディットもカサンドラもトランプではない。
「まあ、ゲームクリアーのご褒美として何か出来ないかは聞いておくよ」
ゲームマスターは俺の心中を察してくれて、ゲームをすこし改変出来るように動いてくれるとのこと。エルマーのことといい、感情移入し過ぎだとは思うが、このゲームの世界に来てもう長い年月が経過しており、これこそが俺の人生であると言っても過言ではない。なんだったら、ゲームをクリアーした後もこの世界で暮らしたいとさえ思う。
「ゲームは一日一時間だからね」
ゲームマスターは再び俺の心の中を覗き、どこかで聞いたセリフを言ってくる。
「親みたいなことを言わないでよ。それと今は二十四時間ゲームをしている状態だけどね」
そう言った時にふと昔を思い出す。親からゲームは一日一時間と言われた時に、ばあちゃんが好きなだけやりなよって言ってくれたことを思い出したのだ。
「それじゃあもう少しでクリアーだから、頑張りな」
そう言うと、ゲームマスターの声は聞こえなくなった。
「旦那様!」
と俺を呼ぶユディットの声でこちらの世界に引き戻される。
「あ、ごめんごめん」
「良かった。突然気を失ったのかと思ったぞ。落馬されると後続に踏まれますのでお気を付けを。休憩されるか?」
「そうだね」
ということで、俺たちは一度休憩をとることにした。
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