第52話 命令違反
帝国暦517年2月、遂にオスカー帝の本体がこちらの支配地域に入ってきた。エルマーとヨーゼフが守る都市がそれぞれ包囲され、さらにはそこの間を抜けてこちらへと進軍してくる。ウーレアー要塞への道はジークフリート、ローゼマリー、カミルが守備する都市を通過しなければならず、敵はウーレアー要塞まではまだ到達していない。
この状況でジークフリートたちは都市での防衛戦を戦いながら、敵の攻撃が薄くなったところがエルマーやヨーゼフの守る都市を包囲している部隊を攻撃するといったやり方で、相手の兵力を少しずつ削っている。
そして、俺とユディットとカサンドラは500騎という少数の手勢を率いて敵の補給部隊を攻撃していた。現在は周囲に敵がいない、街道からすこし外れた森の中で休息をとっている。
「ここから西に10キロくらいのところにまた補給部隊がいる。規模は300人くらいだな」
俺が地図を指さしながらユディットとカサンドラに俯瞰した状況を説明した。
「それであれば護衛は僅かか」
ユディットの言葉に俺は頷いた。
「敵の本体にはまだこちらの輸送部隊の攻撃の情報は伝わっていないだろうから、護衛を増やすところまでは行ってないんだろうな。今のうちに叩けるだけ叩いておこう」
作戦はいたってシンプルで、輸送部隊を攻撃して全滅させて、物資は燃やしてしまう。多少の食糧と馬の餌はいただいて、こちらで食べることくらいはしているが、運ぶだけの余裕がないので基本的には燃やすのだ。
敵の進軍ルートを大きく迂回してその背後に回り込み、昨日からやっと輸送部隊を攻撃し始めたところだ。攻撃については俺が俯瞰して敵輸送部隊の位置を正確に把握できるので、効率よく輸送部隊を潰せている。
「社長、あと1週間くらいで敵も輸送部隊の護衛を強化することでしょう」
カサンドラがそういうので、
「まあ、そうなってもこの部隊なら輸送部隊を殲滅できるだろうな。直接攻撃しなくても、カサンドラが火計を使えば焼く事だって出来るし」
と笑って答えた。
「それだと煙で攻撃している位置を知られてしまいます」
俺の考えた火計を使う作戦はカサンドラにダメ出しをくらった。確かに、500騎しかいない部隊の場所を知られたら危ないな。物資を焼く程度なら大丈夫なのだろうが、部隊を焼くくらいの大規模な煙となると、遠くからでもよく見える事だろう。
「陛下、他の部隊はどうなっているか?」
ユディットに訊かれたので、他の部隊の状況を確認するが、数値的には異常値は出ていない。防衛という優位さを活かして、敵よりも負傷兵の数を少なく抑えていた。
「順調だな。敵に押されているようなところはない。このままいけば敵に空腹が加わるから、益々有利になることだろう」
「それは良かった。我らがここに居る事で防衛ラインに穴があいたとあっては困るからな」
「そうだね。まあ、カサンドラの作戦通り、守りに徹していれば敵の方が先に疲弊してくれるから、挑発にのったりしなければ大丈夫だと思うよ」
「命令違反は軍法に於いて死刑となっておるから、そうそう勝手な行動をとることもないだろうな」
そう言ったユディットの言葉がフラグとなったのか、後に大問題が発生することになるのをこの時俺は知る由もなかった。
戦闘開始から二週間が経過すると、敵の輸送部隊の護衛も数が増えたが、ユディットに率いられた500騎の戦闘能力では、倍程度の兵士であれば数の差は無いに等しく、その物資のことごとくを俺たちは燃やした。
その結果、敵の前線では兵士と馬の飢えや、武器の欠乏が問題になる。その結果、攻撃の回数が減っていき、敵の脱走兵も出始めて来た。
流石にオスカー帝もその状況を看過するわけもなく、各地に斥候を飛ばして俺たちの行方を探り始める。だが、その斥候の動きすらも俺が把握してしまうので、情報を持ち帰られるようなことは無かった。
「しかし、これでは斥候が帰還しなかったところに我々が居るとばれてしまいますね」
カサンドラがそう危惧した。
そしてそれが現実となる。敵の後方に控えていた部隊が、こちらに向かって進軍してきたのだ。しかも、真っ直ぐではなくて横に広がって、俺たちがどこにいても接触できるような形での進軍だった。
流石にステータスが高いユディットが指揮しているとはいえ、相手も優秀な武将が揃っているので、ここでは人数の差が大きく出る事だろう。
「潮時かな」
「ですね」
ここから戦場の反対側に行くには、敵の陣地を突っ切る必要があり、発見される可能性が高くなる。なので、一旦ウーレアー要塞に戻るということにした。
ウーレアー要塞に俺たちが戻るころ、中央軍の作戦に動きがあった。エルマーの守る都市の包囲が解かれ、そこに少数の手勢を引き連れたオスカー帝本人がやって来たのだ。戦場を俯瞰して見ていた俺は、エルマーからの使者がもたらすよりも早くその事に気づく。
直ぐにユディットとカサンドラとブリギッタを呼んだ。
「エルマーの守っている都市にオスカー帝が少数でやって来た。これは露骨な餌だな」
「まずいですね」
カサンドラの顔が曇る。
「こうも手柄を立ててみよと言われると、ついつい打って出たくなるな」
ユディットも顔が曇る。
しかし、ブリギッタだけは違った。
「エルマーは必ず守備に徹して街を出ることはありません」
そう主張したが、エルマーは俺に対して手柄を立てたいという思いが人一倍強い。特に、ステータスのせいでカミルとの差がついてしまったので、カミルよりも手柄を立てたいという気持ちが強いのだ。
まずいな。俺もそう危惧した。
エルマーも直ぐに出撃するような事は無かったが、時間が経つと街の外へ兵士を連れて出たのがわかった。
「まずい、エルマーが街から出てオスカー帝を追いかけ始めた」
「そんな…………」
ブリギッタは愕然とした。本心からエルマーのことを信じていたのだろう。
エルマーはオスカー帝を追いかけていくが、当然その先には伏兵が配置されており、形成が逆転する。そして、エルマーは小さな村に兵士と共に逃げ込んで、そこで防衛戦の準備をした。
俺はそれを三人に伝える。
「エルマーが敵に包囲された。今は村に逃げ込んで、そこで防衛戦のかまえを取っているが、完全に包囲されているから補給も出来ないぞ」
幸いな事に俺が戦場を俯瞰できるため、完全包囲された情報は直ぐに把握できた。そして、敵が包囲したまま攻撃しないのもわかる。
カサンドラはその状況を分析した。
「これは我々を誘っていますね。エルマーを餌にこちらを誘い出すつもりでしょう。エルマーを見捨てたとしても、こちらの防衛には問題がありませんが、子爵時代からの忠臣を見捨てたとあっては他の家臣にも動揺があり、それがあれば調略をしやすくなるというところまでを計算しているはずです」
「エルマーを助けに出た場合どうなる?」
俺の質問にカサンドラはちらりとブリギッタの方を見てから、一呼吸置いて俺に説明をする。
「今の防衛体制に穴が空きます。そうなると、数と能力で上回る中央軍が有利となるでしょう。特に、社長がウーレアー要塞から出た場合、敵に取りつかれたら退却の際に要塞に敵がなだれ込んでくることになるでしょうね。逆にエルマーの部隊を見捨てた場合は今までの作戦が継続できます。ただし、社長がエルマーを見捨てたと敵は宣伝することでしょうね」
「うーん」
簡単には判断できず、どうしようか悩んでいるとユディットが
「エルマーを見捨てたという誹りは私が受けよう。我が命令として軍師にエルマーの救助をせぬようにと指示をすれば、旦那様への非難はありませぬ」
と申し出てくれた。
「いや、そんな事はしたくはない。決断は自分で下すし、そのことを誰かのせいにはしたくない」
「では、旦那様がエルマーの救助をしないと命じられるのですな」
「そうだなあ――――」
俺が少し言い淀んでいると、ブリギッタが青い顔をして、額に脂汗を浮かべながら発言をする。
「エルマーを助けてください。社長なら」
そこでカサンドラが発言を遮る。
「ブリギッタ、あなた言っていることが判っているの?」
「わかってる。国の状況を考えたらエルマーを助けるのは悪手だってわかってる。でも、私は国の命運と同じくらいエルマーのことが大切なの!」
ブリギッタがこれだけ声を荒げてカサンドラにくってかかったのは初めてかもしれない。それぐらい稀有な事だし、ブリギッタとして譲れないことなのだろう。彼女とエルマーの関係はずっと見てきたのでわかっている。それに、俺としてもエルマーを見捨てるのは心苦しい。だが、君主として個人の感情を優先してしまうのはどうかというのがある。自分のこころを殺してでも国家の利益を優先すべきだろう。国民はエルマーとブリギッタだけではない。エルマー救出のために死んだ兵士の家族にどう説明するのかというのもある。
「社長、ここは情に流されること無く、冷静なご判断を」
カサンドラが俺にそう忠告しると、ブリギッタはカサンドラを睨んでから、俺に過去の約束のことを言ってきた。
「社長たちがエルミッシュの町に行くときに、私だけアーベラインブルグに残ることになったのを覚えていますか?その時社長は、願い事を一つ聞いてくれるって言いましたよね。あの約束を今ここで使います。エルマーを助けてください」
「あ、そういえばそんなこと言ったなあ」
俺が代官としてエルミッシュの町に赴任するときに、ブリギッタだけをアーベラインブルグに残すことになった。そのお詫びとして願い事をひとつだけ聞くと言ったのだった。
「カサンドラ」
「はい」
俺に名前を呼ばれてカサンドラはかしこまった。
「エルマーを助ける作戦は考えられるか?」
「無い訳ではありませんが、社長のギフトを使い切る事になると思いますよ」
「だからエルマーを助けることに反対していたのか」
「私だってエルマーを助けたいです。でも、国の将来と天秤にかけた時それは出来ないかなと思っていました」
「だが、実際には救出作戦を考えていたわけだ」
ちらっとブリギッタの方を見ると、彼女はとても驚いた様子でカサンドラを見ていた。
「カサンドラ、ごめん」
「いいのよ。ブリギッタの気持ちもわかるから」
雨降って地固まる。ブリギッタがカサンドラに謝罪し、カサンドラもそれを受け入れる。ユディットもこうなってはエルマーを助けるという方針で行く事に反対はしない。
「ところで社長のギフトってなんですか?」
ブリギッタがカサンドラに質問した。彼女には俺のギフトを説明していないからそうなるな。
「今までの爆発は偶然じゃなくて、俺が起こしていたっていうことだ。ただし、使用回数に制限があるから、何度も使えるようなものなじゃい。それに、これは敵も情報を探っているから、知られてしまうとまずいんだ。だから、ここで一気に決着をつけるつもりだ」
「ああ、薄々感づいていましたが、やはり社長でしたか。カサンドラかどちらかだと思っていましたよ。教えてもらえなかったのはちょっと嫉妬しちゃいます」
ブリギッタも賢い子なので、流石に気づいていたか。
「すまないな。最高機密なので知っていたのは妻二人だけだ」
「そういうことなら仕方がないですね。私とエルマーにも、夫婦以外に教えられないような秘密がありますし」
「そうだな。その秘密を知っている人間を減らさないためにも、救助作戦をしようじゃないか」
俺はエルマーを助けることになってほっとしている。それをカサンドラに見透かされた。
「社長、エルマーを助けたとしても問題が残ります」
「問題?」
「命令違反は軍法により死刑と決まっております。今回第二軍師のブリギッタから街で守備に徹しろという命令が出ていたにもかかわらず、敵の大将を追って街から出てしまった事は取り消せません。これで手柄でも立てていればまだよかったのですが、敵に包囲されて君主を危険にさらしてまでの救助作戦となりますと、流石にエルマーを庇うのは難しいです」
ここでエルマーを許してしまえば軍紀が乱れる。泣いて馬謖を斬るという状況なわけだ。
「それではエルマーを助ける意味がないではないか」
「いえ、エルマーを助ける事に意味はあります。ブリギッタのお願いは『エルマーを助けて』というものですから、敵から救出して尚且つ死刑も免除とすればよいでしょう。しかし、なんの罰もないという訳にはいきません。軍籍と爵位を剝奪して、今後は公務には関わらせないことになるでしょう。ブリギッタもそれでいいかしら?」
カサンドラはブリギッタを見た。ブリギッタは頷く。
「生きていてくれるなら。それに、孤児を教育する機関は民間もあるので、そこでの仕事もあるでしょう。私の稼ぎをあてにして仕事をしないようであれば別れますけどね」
「よし、決まりだな。では、カサンドラ。エルマーを助けるための作戦を教えてくれ」
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