第5話  ミアズマの居所 1


負傷し、艦内で瀉血しゃけつと傷の縫合を施された俺は、まだ屍食鬼が居ないか地上隊を上陸させ、調査と負傷したスノウマンの救助と治療を命じ、自室のベッドを座椅子にエルムゥの看病を受けつつ、詳細の報告を待ってもうすぐ一日が経とうとしていた。


腕を交差する縫合針の痛みに耐える俺を最初こそ心配そうに見つめていたエルムゥも後から「カカカ!見舞い酒だガサラ伍長!」と蒸留酒の瓶を片手に現れたゴルドー艦長に一杯だけと用意されたコップ一杯の蒸留酒に、同じく艦長から寄越されたライムと砂糖を入れ、クイッと飲み干してしまうと、気分を良くしたのか直ぐにいつものような歴史や探検への情熱を一方的にしゃべり始めた。


「それでねそれでね、サルベージした船に積まれてた金貨から視て、じつは六百年前には南大陸の国と交流があったんじゃないかって―――」


こんな話をベッドに拘束されながらも三十分。エルムゥの大陸航海の歴史講演会はこれからといったふうに声量と熱を高めていく。


「……艦長、次からは持ってくるにしても醸造酒にしてくれないか。ただでさえ血を抜かれてるというのに、これじゃいつ貧血で気絶するか分かったモノじゃない」


「カカカ、まあそう冷たいことを言うな。あのガサラ伍長を助けるなんて、お嬢ちゃんはきっと本国に戻ったら柏葉かしわば勲章授与だろうよ」


それで俺は十四のガキに助けてもらった不甲斐ない工兵科伍長か。まったく、一丁の不良短銃のおかげでえらい不名誉を被ったものだ。


「カカカ、溜息をつくのはまだ早いんじゃないか、伍長。アンタの仕事はこれから本格的に忙しくなるみたいだしな」


やっとまともな会話が出来そうだ。俺は座椅子に座るような姿勢から90度回転し壁を背もたれにしてベッドの上に腰掛けた。


「地上隊がまだ戻っとらんから詳細はまだわからんが―――本当なんだな?あの屍食鬼がスリラー号の乗員だってのは」


「スリラー号の乗員かはまだ分からん。スリラー号以前にもこの辺りで死んだか行方不明のヴィクセルン王国軍の人間はいる。遺体に軍服が残っていればデザインで分かりやすかったんだが」


衣装掛けに掛けられている自分の軍服を眺めつつ、腕の傷を撫でる。

屍食鬼がどこから来たのか、それによって俺の今後が分かるだろうが、いずれにしても相当面倒な事になるのは間違いない。

懸念ばかりが頭に浮かび、頭を悩ませていると「コンコン」と軽くドアが叩かれる音がした。俺は未だに講演会から帰らないエルムゥを小突き、黙らせようとしている間に「応、入れ!」自分の部屋でもないのに艦長が勢いよく答えた。


「し、失礼いたします!。ゲルトナー上等水兵であります。ガサラ・アーネルト伍長に報告があって参りました」


扉をくぐるようにして現れたのは、二メートル近くはあろうかという巨漢の男だった。肌も他の水兵に漏れず色黒で、軍服からは隠しきれない肩幅からもなかなかの迫力があったが、その目は軍人とは思えない程穏やかな垂れ目で、緊張で上ずったような声には威圧感をまるで感じさせなかった。


「おおゲルトナーか、ガサラ伍長。コイツはウチのふねの中で一番の狙撃主でな、先の伍長の大立ち回りの時に横槍を入れたのもコイツだぞ」


「じゃあ、あの時屍食鬼の顎を撃ったのは貴官だったのか」


「いやあ、あれは運が良かっただけで……」ゲルトナーは、照れ臭そうに腰を低くし敬礼で上げた腕で頭を掻いた。だがこちらを見るや「も、申し訳ありません!」と慌てて敬礼を元に戻した。姿勢を正した後もその姿は、ドアから姿を見せたあの大男よりも一回り小さく見える。


「カカカ!ゲルトナー。相変わらずデカい図体しておきながら小心だな」


「い、言わないでくださいよ艦長。小官も気にしているんですから……」


どうやら艦長にとっては彼の性格はおなじみらしい。「カカカ、お前もこっちに来い!」と艦長が酒瓶を掲げる。に、任務中ですよ、と困ったような顔つきで頭を掻くゲルトナーをからかいつつ、グラスに酒瓶を傾ける。


「ゲルトナー上等水兵。本官に報告と言っていたな。地上の調査で何か分かったのか」


このままではゲルトナーは艦長にそのまま流され、ただの酒盛りが開始されてしまう。そう感じた俺は、二人の間に割り込み、少し強めの口調でゲルトナーに聞いた。



「あ……そ、そうでした!えーと」

「えー十分ほど前に原住民の救助が完了いたしまして、怪我人の収容も目下順調です。それで、その集落の族長が是非とも伍長に助けてもらった礼を言いたいと言っておりまして……どういたします?」


ゲルトナーからはややためらうような態度が感じられた。その視線は俺の右腕に向けられているようで、どうやら俺の傷が気になる様だ。


「ああ、こっちのことは気にしなくてもいい。傷は思ったよりも浅いし、瀉血もそれほど多くない、元々族長からは開拓隊の行方と今回の襲撃の詳細を聞かねばならなかったんだからな。むしろ取り次がせてもらう手間が省けるじゃないか」


「で、ですが伍長殿。何もこちらから出向くことは……」


「ダメだ。仮にも一つの集落の長を呼びつけてこちらに礼を言わせるなんて、いくら何でも不敬だろう。今回の捜索活動にはスノウマンの協力は絶対に必要になってくるだろうし、今後の事を考えても出来るだけ関係を悪くするかもしれない要素は排除せんと……ゲルトナー、貴官は先に行って俺がそちらに出向くと伝えておいてくれ」


は、りょ、了解いたしました!とまだ一口もつけていない蒸留酒の入ったグラスを置き、ゲルトナーは足早に立ち去ろうとしてドアの天井に頭をぶつけた。だが、さほど痛がることも無く、ぶんぶんと頭を振り、「し、失礼しました」と頭を頭を下げ、逃げるように部屋を後にした。


「本当にあれが凄腕の狙撃手だなんて、二重の意味で信じられんな」


狙撃手という人種のやつはこれまで何人か見てきたことがあるが、いずれも表情に変化が乏しく、落ち着いた雰囲気のある心臓が鉄製の奴ばかりだったと記憶しているが。


「カカカ!他の水兵どもから「クマウサギ」と呼ばれるだけはあるな」


ゲルトナーの残した蒸留酒を一口で飲み干し、艦長が笑い飛ばす。


「艦長。酒を抜いてきてくれ、向こうの族長と話すのにこっちが最高責任者出さないわけにもいかんでしょう」


おっとそうだったな、と艦長はいつの間にか空にした瓶を摘まみながら部屋を後にした。


「さて、こっちもそろそろ着替えんとな……おい、エルムゥ。いい加減自分の部屋に戻って……」


「伍長さん伍長さん!」


こちらを見つめるキラキラとしたエルムゥの目は今まで何度もみてきた。何を言いたいのかは大方予想が付く。


「ダメだ!お前を連れて行ってその何でも嗅ぎまわるアホ犬みたいな性分で族長に何か失礼をしてみろ、それこそスノウマンとの関係にヒビが入るわ!」


「でもでも、族長さんは屍食鬼から助けてくれたお礼がしたいって言ってたんだよね?なら、ボクもそのお手伝いしたんだから、いいでしょ?」


「な……!」

痛いところを突かれた。助けたんだからお願いを聞いてくれ、という事か。流石は侯爵の娘、存外賢さかしいものだ。気に入らないが、曲がりなりにも助けられた側としては何も反撃する口実が無かった。


「あーー、もう……分かった。連れて行ってやるから、せめて大人しくしてくれ」


それを聞いたエルムゥは「やった!伍長さんありがとーー!!」と叫ぶと、ベッドから立ち上がろうとする俺に突進するように抱き着いてきた。その力と速さはすさまじく、避ける間も無く腕ごと締め上げられた俺は、今日一番の激痛を経験した。









 

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タソガレ世界探検記 こでぃ @kody05

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