二年後の流れ星

ヤン

二年後の流れ星

「今夜、流れ星一緒に見ようよ」

「え?」


 三学期の終業式を終えて帰り支度をしていた僕に、同級生の川上かわかみあきらくんが声を掛けてきた。驚いて、声が裏返ってしまった。一年間同じクラスだったとはいえ、ほとんど話なんかしたことはなかった。彼の方は、いつも友達と楽しそうにしていた。僕は、自分の席で本を読んでいる地味な存在。仲良くなってしまえばそれなりに話したり出来るけど、基本的に不得意だ。


「えっと……何で、僕?」


 恐る恐る訊いてみると、彼は一瞬も迷わず、


森田もりたくんと一緒に見たいからに決まってるじゃん」


 言い切られて、ますます戸惑う。


「夏の終わり頃だっけ? 森田くん、塾の帰りに空を見上げてて、それで星が好きなのかなと思って。だから、一緒に見たいです」

「川上くんも星が好きなんだ?」

「まあ、そうかな」


 そこは何だか曖昧だった。断る理由がなかったので、一緒に見ることにした。ただ、その流星群が見られるのは夜中近くだ。親を上手く説得しなければならない。


「母さん。今夜、流れ星が見られるんだって。同級生に誘われて……」


 母さんの顔を見ると、ものすごく嬉しそう。そして、「行ってらっしゃい」と言って、僕の肩を叩いた。


「え? いいの? 夜中近いんだよ?」

「いいじゃない」

「いいんだ?」


 母さんが許可してくれたので、約束の時間に待ち合わせ場所のコンビニへ向かった。川上くんはもう来ていて、僕を見ると両手を大きく振ってきた。コンビニに入って飲み物を買った後、二人で海に向かった。周りに建物がないから良く見えるんじゃないかということで、そうなった。


 砂浜に座ってペットボトルの蓋を開けると、一気に半分くらいまで飲んでしまった。何だか喉が渇いていたのだ。川上くんが、そんな僕を見て笑う。恥ずかしい。


「森田くんって可愛いよね」

「え?」


 同性だけど、この一年間ちょっと気になる存在だった人にそんなことを言われるとは。


「えっと……冗談?」

「何で? 本気。オレ、君のこと好きだし。ずっと気になってた」


 直球。僕は驚き過ぎて、固まった。クラスでは全然接点がなくて、今までほとんど話したこともなくて。それで、好きと言われても信じられないのが普通のはず。


「僕たち、同性だよ」

「知ってるよ」

「それに、高校生だし」


 自分でも意味のわからないことを言っているとわかっているが、何だかそんなことを言ってしまった。川上くんが、にやっと笑う。


「そうか。高校生じゃなければいいのか。わかった」

「わかった?」

「ああ、わかった。二年後にもう一度告白する。何か、二年後の今くらいの時期に、また流星群が来るらしいから。その日にまたここで、告白する」

「はい?」


 何を言われているのか、さっぱりわからない。


「あ。流れ星。本当に降るみたいに流れてくるんだな。すげー」


 嬉しそうな川上くん。動揺する僕。流れ星に願い事をすると叶うって聞いた気がするけど、今はそれどころじゃない。ただ、呆然と空を眺めていた。



 二年後、僕たちは卒業した。僕は、川上くんとした約束を今も覚えている。考える度に胸がドキドキするくらいだ。でも、川上くんはどうなんだろう。あれから、それらしいことを言われたことも、それと匂わせるような行動も見られていない。考えたくないけれど、気持ちが変わってしまったのだろうか。


 流れ星が見られるというその日、電話が鳴った。彼からだった。


「忘れてないよな」

「川上くん、覚えてたんだ?」


 僕の言葉に、彼は大きな溜息を吐き、


「忘れるわけないじゃん」

「そうなんだ」

「二年前と同じくらいの時間らしいから。またあのコンビニで待ってる」

「わかったよ」


 それで電話を切った。胸がドキドキして、どうしようもない。忘れられていなかったその事実は、僕を喜ばさずにはいられなかった。母さんに流れ星を見に行くと言うと、やはり気持ちよく了承してくれた。ちょっと怖いくらいの笑顔だった。


 時間が近くなって、僕は走ってコンビニへ行った。飲み物を買って海へ。砂浜に直座り。全く同じだ。川上くんは飲み物を口にすると、


「森田くん。二年前、何かお願い事したのか?」

「しないよ。出来なかった。川上くんが……」


 告白してきて動揺してたから、とは言えなかった。


「オレが、何? ま、いいか。オレはさ、『二年後も一緒に流れ星を見られますように』って願ったんだ。叶ったな」


 嬉しそうに笑ったが、急に表情を改めて、


「さ、じゃあ本番です。オレは森田くんが好きです。付き合ってください」

「えっと……」


 恥ずかしい。でも、言わないと。僕は呼吸を整えて、


「ずっと、気になってたんだ。同じクラスだった時からずっと。かっこいいなって思ってた……」


 川上くんが、みるみる笑顔になる。そして、僕をぎゅっと抱き締めると、


「何だ、両想い? うわ。やった」


 はしゃぐ川上くん。照れて何も言えない僕。


 その時、星がたくさん流れ始めた。抱き合ったまま、僕たちは願う。


『ずーっと仲良しでいられますように』


(完)

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