第15話 友人とは

 夏休みも八月に入り、暑さを増していく頃。

 俺達『アニラノ研』はかなり忙しくしていた。


 コミックマーケットに出展する明智先輩と平麦先輩はもとより、俺も『バイト』で忙しくしていたし、なにより文化祭に向けた『同人誌』の作成も進めなくてはいけない。

 印刷所は抑えたし、いくつかの伝手を以て準備も整えた。

 つまり、後は俺達の頑張り次第ってわけだ。


「……っつー感じで、『仮面ドライバーF1』と『メタル警視99』には演出上の共通点がある訳よ」

「なるほど、この視点はなかなかいい考察だと思う。まとめていこう」


 峰崎の特撮語りを聞きながら、記事をタイピングしていく。

 それにしたって、自分が生まれる前――それこそ昭和の特撮黎明期にあたる作品まで網羅してるとは驚いた。

 しかも、研究に筋が通っている。


「なあ、峰崎。これ俺の知り合いに見せてもいいか? 特撮好きな人がいてさ」

「え、マジで? 恥かかねぇかな」

「俺が思うに、それはない」


 きっと、大喜びするはずだ。あの人なら。

 むしろ、今すぐ呼び出せ……なんて言われるかもしれない。


「しっかし、あれだな」

「あれ?」

「ニワっちって、何者なワケ?」


 峰崎の言葉に軽く動揺しつつもポーカーフェイスを保つ。

 別に隠す必要などないけど、隠しておきたい気持ちもある。

 高校でようやくできた友人に対して、少しばかり不義理とは思うが。


「何者って、そりゃあ文芸部をつまみ出された鼻つまみ者のwebラノベ読みだよ」

「そういうんじゃねぇんだよなぁ。なんつーか、大人? みたいな」

「高校生にもなれば、それなりに落ち着きもするさ」

「それそれ、そういうとこ」


 どういうところだろう?

 何か変な事でも言ったか?


「落ち着いてるっつーか、言葉まわしが大人っつーか……男子高校生っぽくないっつーか」

「そうか? 陰キャコミュ障歴が長いから、落ち着いて見えるだけだよ。たぶん」

「陰キャコミュ障って割には、話しやすいんだよな。もちっとクラスに馴染めばいいのに」


 そう言われても、俺のトラウマがそれを許さない。

 中学時代の俺に向けられた視線の多くは、忌避か嘲笑を含んだものだったから。

 あんな空気の中、高校生活を送るのは御免だ。


「あ、やべ。オレっち、なんかヘンなとこつついた?」

「まあ、ちょっとね。俺ってオタクだろ?」


 峰崎の特撮考察を添付したメールを送りながら、軽くため息をつく。


「中学時代にさ、かなりイジられたことがあって、ちょっとトラウマになってるんだよ」

「え、マジで? 今どき?」

「web投稿してた作品がクラスで晒し上げにされてね。気持ち悪いオタクが気持ち悪いラノベを書いてるって、学校中で話題になってね」

「んだよ……それ!」


 眉を吊り上げた峰崎が小さく腰を浮かせる。

 ここで怒ったってどうしようもないのに、いい奴だ。


「おかげで暗い中学生活になったよ。幸い、噂自体は半年もしたら薄れたし、三年に上がったら受験でそれどころじゃなくなったから、誰も話題にしなかったけど……やっぱり、俺にとってはショックでね」

「ニワッちは、すごい奴じゃん?」

「ん?」

「周りの事をよく見てるし、文芸部の奴とだってやり合うし、マユっちの面倒も見てる。こうしてオレッチのサポートまでしてくれてって、そんないいヤツが何だってそんな目に合わなきゃなんだよ……!」


 納得いかない様子で顔をしかめる峰崎。

 チャラい見た目に反して、こいつったら情に厚い奴なんだよな。

 おかげで、『アニラノ研』に入ってからの俺はかなり救われてる気がする。

 友人って存在を、こうして身近に感じたのはずいぶんと久しぶりなことだから。


「と、まあそういう訳でクラスに馴染まないのはちょっと目をつぶってくれ。みんなを信用してないってわけじゃないけど、まだちょっとおっかない」

「んなら、しゃーねーべ。わりーな、事情もしらないでよ」

「話したのも初めてだからな」


 軽く笑いながら、心の中で峰崎に感謝する。

 少なくとも、こんな話を晒す程度には心を許すことができる相手が高校でできたというのは、俺にとって僥倖と言えることだ。

 『バイト』にかこつけて人間関係から逃げていた俺にとっては、かなりの前進と言って違いない。


「お疲れさまーって……今日は珍しい二人だね?」


 やや妙な感じとなってしまった空気を眞百合さんが元気よく破壊する。

 勢いよく入ってきた彼女の手には、お土産物らしき紙袋。


「オレっちのページを作ってもらってたんだよ」

「お、ミネの特撮語り? あたしも聞きたかったかも! ……って、そんな空気でもなくない?」


 小首をかしげる眞百合さんに、峰崎と二人で苦笑する。


「まあ、せっかくニワっちとサシだったんで、男同士の話? みたいな?」

「えー? もしかしてえっちな話?」

「そうそう。ニワっちのフェチを存分にだな……」


 誤解を招く嘘はやめてもらおうか、峰崎。

 まあ、おかげで空気が軽くはなったけどさ。


「え、聞きたい!」


 そして、眞百合さんは食いつくのやめよう。


「だ、そうだぜ? ニワっち」

「ここで俺に振るのか……!」

「ちなみにオレっちはうなじフェチ。ポニテとかぐっとくる系」


 おい、発表されたら俺も言わなきゃダメな空気になるだろ?

 ほら、眞百合さんが期待した目で俺を見てる。


「……絶対領域、かな」

「あ、わかるー! いいよねぇ、チラリズムって言うか、ね!」

「オレっちもわかるぜ。いいよな……!」


 理解してもらってありがとう。

 できれば発表なんてしたくなかったけどね。


「んで、マユっちは?」

「え、あたしも言うの?」

「当然! ニワっちも聞きたいよな?」


 そう話を振られて、一瞬迷う。

 聞きたいような、聞いてはいけないような。

 そういうのを女の子に尋ねたことがないので、判断がつかない。


「うーん。フェチっていうか、あたし……人の指をチラ見しちゃうんだよね。いいなって思ったら、ちょっと触りたくなっちゃうし」

「指フェチ?」

「そうかも? 指って人それぞれ違ってて、いいじゃない?」


 照れたように笑う眞百合さん。

 その言葉に、先日手を握られたことを思い出して、俺まで気恥ずかしくなる。


「明智先輩たちにも聞いてみる?」

「やめとこうぜ、どうせのろけしか言わねーよ……あの二人」


 峰崎の大きなため息に、眞百合さんと二人で噴き出すように笑ってしまった。

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アニラノ研の救世主! 右薙 光介@ラノベ作家 @Yazma

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