第14話 ちょっとしたアドバイス

「面白いかどうか? それって、主観じゃない? どうやったらわかるの?」

「お、いいね。次はそこから、少しだけアドバイスをしたいと思うけど、どうかな?」

「お願いします、師匠!」


 少しおどけた様子ながらも、背筋を伸ばす眞百合さんに小さく頷く。

 この素直な弟子は、きっとアドバイスしたらアドバイスしただけ伸びる。

 逆に、少しばかり物わかりが良すぎるのは少し課題だけど。


「まず、俺はこれを最後まで読み切ることができた。それだけ条件を一つは満たしている」

「それは、あたしの作品を評価するためじゃないの?」

「確かにそれはあるけど、それだけじゃない。この作品のいいところは、オーソドックスかつ安定感のあるストーリー展開だ。これは長所にも短所にもなる。ありきたりと言えば、ありきたりだからね」

「むう」

「いや、これでいいんだ。奇をてらってストーリーラインを崩すしたり、読者にストレスを与えるよりもずっと」


 落ち込んだ様子の眞百合さんの頭に手を伸ばそうとして、はっとなる。

 頭ぽんぽんはリアルでやってはいけない要注意行動の一つだ。

 やっていいのは、ラノベの主人公と親密な関係ステディな人だけ。

 危ない、危ない。


「これはラノベに限らずなんだけど、『誰に』『何を』『どう伝えるか』が大事なんだ。その点、眞百合さんの作品は事前にピックアップした要素をきちんと物語に落とし込めているし、うまくまとまっている。最初にも言ったけど、正直驚いたよ」

「そう? そうかな」

「嘘は言わないさ。この作品は、本当によくできていると思う」


 初めての創作にしては、クオリティが高すぎるとすら思える。

 俺なら、こんな風に書けるまでどのくらい時間が必要だったろうか?

 きっと、一年や二年はかかっているはずだ。


「面白いってのは、そういったことができているかどうかが基準なんだ。物語を読み始めて、最後まで、あるいはエピソードの最後まで読めるかどうか」

「確かに。クライマックスだけ面白くても、そこにたどり着けなきゃ意味ないもんね」

「そういうこと。その点、眞百合さんのはちゃんと最後まで読ませるだけのパワーがある」


 俺の言葉に、少し照れたように「えへへ」と笑う眞百合さん。

 その仕草がちょっと可愛すぎて、言葉に詰まる。


「なんか、いっぱい褒められちゃった。仁和寺くんは褒め上手だね」

「そうかな? 俺、あんまりこういう風に人と接したことがないから、失礼がないといいんだけど……」

「ううん。仁和寺くんは、とっても真面目に話を聞いてくれるから好きだよ!」


 元気いっぱいの言葉に含まれたワンフレーズが、胸をドスリと刺す。

 ああ、待て待て。違うんだ、そういうんじゃない。

 眞百合さんにしてもそういうつもりじゃないんだから、勘違いはまずい。

 ああ、くそ。陰キャ童貞というのは、こういう時にどうすればいいんだ。

 教えてくれ、ラノベの神。


「ん? あれ、どうしたの? 仁和寺くん?」

「いや? 何でも?」

「ええっと、他にもあるのかな、面白さの基準」


 小首をかしげる眞百合さんに向き直って、俺は小さく咳払いをする。

 まずは、俺が落ち着かないとな。


「あとは、期待された内容かどうかと、読者に刺さるかどうかも大事だね」

「期待された内容?」

「俺は眞百合さんからジャンルとキーワードとアウトラインを聞いてたから、そういうものが出てくると期待してた。そして期待通りのものが出てきた。これは、面白さに変換される安心感や信用みたいなものなんだ」


 そう説明する俺に小さく唸った眞百合さんが、口を開く。


「えっと、それは読んだのが仁和寺くんだから面白かった、ってこと?」

「そうとも言えるし、もっと広い意味かもしれない」

「つまり?」

「読者の存在を意識すること」


 A4の紙束を手に取って、めくる。

 言葉選び、文章の運び、改行……どれも良くコントロールされている。

 ここまでできれば釈迦に説法かもしれないと思いつつも、俺は続けた。


「俺だから面白い、というのは確かにあるかもしれない。だって、これ……俺に読ませる前提で書いたでしょ?」

「う、まぁ……そうだね。最初の読者は、仁和寺くんだって決めてたし」


 ありがたい言葉だ。

 処女作の初めての読者が俺だなんて、光栄でちょっとくすぐったい。

 それが、才能ある彼女の作品ならなおの事だ。


「少なくとも、眞百合さんは俺って読者を意識して書いた。それは、本当はすごく難しくて……すごく大切な事なんだ」

「そうなの?」

「そうとも。さっきも言ったけど『誰に』は大切にしなきゃダメなのさ」


 多くのアマチュア作家が、これに気付けないまま創作から遠ざかる。

『誰に』『何を』『どう伝えるか』を疎かにしたばっかりに、その才能と物語を埋もれさせ消えていくのだ。

 いや、俺だってそうなっていた可能性がある。

 だからこそ、眞百合さんはすごい。


「偉そうなことを言うかもしれないけど、漫然と『好きな物語』を書くのと、誰かに向けて『その人が好きな物語』に書くのは全く違うんだ。特に今回の同人誌みたいに誰かに読んでもらおうって時は特にね」

「んーっと、それじゃあ、誰かに読んでほしかったら自分の好きじゃない物語を書かなきゃってこと?」


 これはなかなか難しい問題だ。

 プロになれば、そんな機会もあるかもしれない。

 だけど、今はそうじゃない。彼女に伝えるべきはもっと根本的な話だ。


「そこは『どう伝えるか』だよ。同じキーワードを使って明智先輩や平麦先輩に読んでもらうために書くとしたら、どうする?」

「あ、そういうことね! そっか、あたしの『好き』をどう物語で楽しんでもらうかが大事なんだね?」


 納得したように微笑む眞百合さんに、小さく頷いて返す。

 この素直さは、強力な武器だ。

 ちょっと本気で彼女を鍛えたくなってきた。

 俺の持ちうるすべてを部活動を通して伝えられれば、高校生デビューだって視野に入ってくるぞ、これは。


 ……眞百合さんが、もし望めばだけど。


「いろいろわかった! ありがとうね、仁和寺くん」


 屈託なく笑う眞百合さんが、ぎゅっと俺の手を包み込むように握る。

 おかげで、また俺の心臓が跳ねあがってしまった。


「ど、どういたしまして」

「なんだか、書くのが楽しくなってきちゃった! 次はどんなのにしようかな」


 俺の手を握ったまま、眞百合さんが空を見上げる。

 少しひんやりした柔らかな手の感触を意識しないように、俺は提案を絞り出す。


「同じジャンル、同じ世界観、同じ舞台で別のエピソードを書いてみるのは?」

「同じなの?」

「別の視点で書くことで、眞百合さん自身が気が付けなかったこの物語のピースが見つかるかもしれないよ」


 これは、俺が実際に経験したことだ。

 新たな視点で同じ世界を描くのは、足りなかった部分を見つけるのに役に立つ。

 きっと、書いているうちに今回の作品も修正したい部分が出てくるはずだ。


「わかりました、師匠!」


 元気よく返事した眞百合さんは、まだ俺の手を離してくれなかった。


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