第13話 悪くない。
高校生になって初めての夏休みは、充実したものとなった。
中学時代、孤立した環境にあった俺にとっては、面食らう事ばかりでもあったが。
とはいえ、夏季休暇課題も早々に片づけた俺達は部活に精を出す。
八月前半でやることをやってしまわなければいけないし……俺は俺で、『バイト』があるので結構忙しかった。
「大丈夫? 仁和寺くん」
「夏休みを休めないとのはなかなか得難い経験だな」
半笑いになりながら、涼しい部室で一息つく。
今日は、先輩方も峰崎もいない。眞百合さんと二人きりだ。
「さて、それじゃあ見せてもらおうかな」
「うん……緊張するなぁ」
差し出されたのは、十数枚のA4用紙。
眞百合さんの初めての創作物だ。俺も少しばかり緊張する。
「一応、仁和寺くんや明智先輩のアドバイスに注意しながら書いてみたよ」
「うん、いいね。よく研究してると思う」
うっかり上から目線な言葉になってしまったが、眞百合さんの作品はライトノベルの基礎を押さえた風情があり、読みやすい。
人によって諸説持ちうると思うが、ライトノベルは『入り口にして深淵』だ。
一口に『ライトノベル』と言っても、そのジャンルは多岐にわたり、今や日本のサブカルチャーを支える源泉の一つと言っても過言ではない。
そして、それを読み漁ってきた眞百合さんの作品はまさに『ライトノベル』だった。
ジャンルはファンタジー。オーソドックスな剣と魔法の世界を舞台にした、ボーイミーツガールな冒険もの。
……『悪くない』。
それが、俺から見たこの作品の全体的な所感だ。
ここに至るまでに、いくつかアドバイスもしたけども、このバランス感覚は一朝一夕で身につくものではない。
眞百合真弓というこの同級生は――作家向きだ。
「ど、どうかな?」
「いいと思う。テンポがすごく読みやすいし、情報も過不足ない。初めてでこれだけ書けるなんて、正直驚きだよ」
俺の言葉に、緊張した様子だった眞百合さんが小さく息を吐きだす。
「あー……よかったぁ。酷評されたらどうしようって思ってたの」
「して見せようか?」
「え、待って。心の準備ができてない」
再度深呼吸する眞百合さんに、軽く笑って返す。
どうやら、彼女ったら随分と素直が過ぎるらしい。
「冗談だよ。するわけないだろ」
「でも、何かいけないところがあるからできるんだよね」
心配げに俺を見る彼女に、俺は首を振って応える。
「そんなことないよ。せっかくだから、少しだけ先輩風を吹かせてみようかな」
「同級生なのに?」
「作家としてね」
「なるほど。師匠、だもんね!」
にこりと屈託なく笑う眞百合さんに、苦笑してしまう。
そのネタ、まだ続いていたのかと。
「まず、これだけど……すごくよくできていると思う」
「そう?」
「うん。正直、驚いた。初めてでこれだけのものが書ける人は、あんまりいないよ」
そう断言できる。
俺と明智先輩がいくつかのアドバイスをしたとして、それをそのまま素直に吸収して反映できるなんて、才能と努力がなければ無理なことだ。
眞百合さんは、インプットの量が一般人とは違う。
ライトノベルにどっぷりと漬かっていたからこそ俺達のアドバイスを理解もしたし、自作品の創作についてもこなれた感じでできたのだ。
創作に対する基準ラインが、かなりはっきりしている。
そんな技術の応用も、まずは基本的なところが……「どこがフラットなのか」がわからなければ意味をなさない。
その点、眞百合さんは自分の拙いと思えるところを自分で気づけるだけの基準を、自分の中に持っていた。
これは、創作者としてかなり強い。
アンバランスなところが少ないから、失敗しにくいのだ。
「褒めてもらって嬉しいけど、それならどうして酷評ができちゃうの?」
「酷評なんてのは、誰でもできるからだよ」
「え」
意外そうな顔を見せる眞百合さん。
こういう素直なところは、作家をするうえでちょっとした課題かもしれない。
無垢のままいてほしいとは思うけど。
「酷評って何かわかる?」
「厳しい批評をすること?」
「国語辞典で引いた意味だね。じゃあ、批評は?」
小さく首を傾げた後、スマートフォンをスワイプした眞百合さんが、こちらに向き直る。
「よい点や悪い点などを指摘して、価値を決めること!」
「ぐぐったね?」
「言葉の意味は正確に把握しないといけないって、明智先輩が言ってたから」
力強くサムズアップする眞百合さんに、思わず吹き出してしまう。
どこか彼女らしい可愛らしさに、少し胸が高鳴りもしたけど。
「それはそう。で、話を戻すけど『価値を決める』ことなんだ。批評ってさ」
「なんか、批評って聞くと悪い意味に聞こえちゃうよねー」
「まさにそれが酷評って言葉を軽く扱った影響さ。さて……」
眞百合さんの作品が印刷された用紙を前に出して、俺は顔を厳しくする。
「まず、この印刷が良くない。どうしてA4なのか」
「え?」
「しかも、横書き。和文なら縦書きでは?」
「え、え?」
「そもそも、このファンタジーには重厚さがまるでない! 歴史が感じられないし、背景設定が曖昧で提示もない!」
「ええええ!?」
「――みたいな、難癖をつけることもできる。それを酷評なんて小難しい言葉で正当化する人がいるんだ。今のは冗談で、眞百合さんの作品はちゃんと面白いよ」
少し悲しい顔をさせてしまったことに後悔しつつ、机の上に用紙を置く。
「えーっと、最後のだけはちょっと当たってない?」
「ライトノベルにそれが必要かどうかは意見が分かれると思うけど、一番大事なのってそこじゃないだろ?」
「じゃあ、どこなの?」
「そりゃあ、決まってる」
小首をかしげる眞百合さんに、俺は得意げに笑う。
「面白いかどうかさ」
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