エピローグ 魔王

 法王のわが身を犠牲にしての魔王”封印”から半年が経った。

 リハビリを経て徐々に生活機能を取り戻して行った法王ライザの言によると、どうやら魔王の中に眠っていた四号が、自身の力を振り絞って魔王と魔女たち全てを深度零に封じ込めたらしい。結果、深度零と現実界の繋がりは断たれ、十数年前のような、争いといさかいの絶えない元の世界となったのだった。


 あの浮かされた夢のような十数年間を思い出すと、人類の進歩の無さにはなはだ嫌気がさす。あれだけの脅威を体験したにも関わらず、どこぞの民族は既に国際紛争に掛かりっきりになっているし、国の首脳も国民たちも、ただ自分の事しか考えない。

 …魔王こそが、唯一正しく世の中を見ていた人物だったのではないか。そんな思いが度々胸をよぎる。


 ブラック・ホースは、車椅子に腰掛けひざに毛布を羽織った身なりのまま、カフェ「ブラック・アルペジオ」のカウンターで今日も居眠りしている。


 深度零との繋がりが完全に断たれたため、異界のエネルギーを得て動作していた羅患は完全にただの木偶に成り下がった。しかし、ブラックは義足を勧められるもそれを断り続けていた。この見るも無惨にただれた両足を引きずって生きる事が、自分に出来る唯一の罪滅ぼしであり、前に進む事なのではないかと思えたのだ。


 カランカランとやる気のない音でベルが鳴る。


 あれから随分老け込んだかつての相棒が、帽子を取りながら微笑んでいる。


「やあ、ブラック。景気のほうはどうですか?」


「酷いもんだよ。深度零のエネルギーに頼り切ってた社会が喰らった打撃は思った以上に大きかったってやつだね。こんな場末のカフェには客一人来やしない」


「リオンさんや法お…ライザさんは?」


「あの二人、以前にも増して仲良くてさ。僕なんかもう入り込めない雰囲気!」


「なるほど」


 シルヴァは本当に楽しそうにクックっと笑った。この笑顔を見られただけでも、自分たちが戦いに身を投じて来た事は間違いじゃ無かったと思える。

 シルヴァはちょっと迷うような表情を見せてから、懐に手を入れ何かを取り出してこちらにかざした。


「これ…」


「ええ、飛行機のチケットです。ブラックも偶には一緒にバカンスでもどうかと思いまして」


「…ありがとう。楽しみだね」


「はしゃぎすぎないでくださいね」


「そりゃ今のシルヴァの事でしょ」


 シルヴァに車椅子を推してもらい店の外に出る。キラキラと煌めく沢山の星々を臨む。今日も、静かな夜が訪れようとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

深度零 山田 唄 @yamadauta

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る