#3

 もし私があの時、言葉のナイフを振るうのを思い留まっていなかったら。果たして状況は変わっていたのだろうか。

 いじめが加速したかもしれないし、逆に終わったのかもしれない。何も変わらなかったかもしれない。そんなことを今更考えたところで仕方が無いし、この選択をしたからこそ優月くんと出会えた、そんな今があると考えればこれで良かったとも思える。結果論でしかないけど。

 この日から、二人のクラスメイトによる馬鹿馬鹿しいいじめが始まった。内容はといえば、大きなものは屋上での暴力暴言、たまにその辺にあったバケツで水をぶっかけられるというもの。小さいものは、私と友達を引き離して、その隙に軽い悪口を言われるというもの。コミュ強は簡単に他人と仲良くなりやがるんだからすごい。無駄なところに頭使うくらいなら自分を顧みてほしい。

 私は人の話を聞き流すのが得意で、クラスでぼっちでもなんとかなる人間だけど、傷つくには傷つく。数日もすれば、精神的にも体力的にも疲れが出ていた。いじめられてみたいなんて思ったりもした中二病患者だった私だけど、どうやら存外ダメージを食らったらしい。

 彼女らが心酔する、どうやら高スペックらしい男子に私が告白されたということに衝撃を受けるのはわかる。付き合っても刺されそうだけど、断ったということに怒るのもまだわかる。なんせ、大好きな彼を否定されたようにも捉えられるから。ただ、そこでどうして私をいじめるということに繋がるのかがわからない。

 好きな人はフリー。アプローチしないどころか自身らのイメージダウンにもなる選択をするのは見ていて滑稽だ。それを面白がれる立場ではなかったけど。

 やられるのは腹が立つし、ストレスで禿げそうだなんていうふざけたことも思ったりもしたけど、暴力自体は相手が女子であって特別強いわけでもなかったからマシだった。痛いのは痛いけど、私が一番嫌だったのは、冷えてきている中バケツで水をぶっかけられること。寒いのは言わずもがな、他の人に見られたら困るし風邪も引く。まあ、それが彼女らの狙いだったのかもしれないけど。


 優月くんと出会った後、風邪を拗らせた私は二日間学校を休んだ。無駄に熱耐性がある私は三十八度程度なら普通に歩き回れるけど、それで学校に行くのは論外だからおとなしくする他ない。

 暇を持て余した私はゲームをしたり、ふと思い立って文章を書いてみたりしていた。自分で小説を書いてみたくなるのは中二病あるあるだと勝手に思っている。もちろん「なんだこれ」と呟いてしまう程度に酷かった。

 突如として与えられた休日を満喫した私は、綺麗な死に様ってなんだろうとかいう、おおよそ普通の女子中学生が考えなさそうな内容を考察しながら登校した。

 いじめが続いていてもこうやって登校できるあたり私は図太いのかもしれない。中二病は中二病でも「達観系中二病」とでも言うべき感性を持つ人間なので、「まあこういうもんか」と自分を納得させている部分があるからだろうか。こうやって分析しているのも、それが滲み出ているように思う。

 教室に入って、よいしょとおばさんみたいなことを口走りながらリュックを机に置くと、優月くんが「風邪大丈夫だった?」と話しかけてきた。

「え?あぁ、まあ……」

 私は陰キャみたいな返しをした。いやそうなんだけど。

「ならよか……良くはないか」

「満喫しました」

「いやゆっくり休め?」

 私が言うのもなんだけれど、優月くんは変な人だと思う。上手く言えないけれど、ワードセンスだったりがおおよそ一般的男子中学生とは思えないような、そんな気がした。多分、私と似た感性を持っているんだと思った。要するに小説やらで無駄な語彙力を身につけた人だろうと言うこと。

 所謂難病ものだったりを読む人ならわかると思うけれど、その本の主人公やヒロインの考え方、死生観というやつに影響されることはあるあるだと思っている。そんな風に、色々な考えに触れて吸収していくと、まあ達観的な、斜に構えた(おそらく誤用の意味だけど)ものの見方になると思うのだけど、優月くんからはそれを感じるのだ。

 優月くんを構成する要素の出処はさておき、彼は雰囲気こそ暗いというか、掴めない人だけど、話したらちゃんと返してくれるし面白い、そんなタイプの人だと思った。第一印象で損をしそうだ。私も人のことを言えたもんじゃないと思うけどね。

「ねぇ、綺麗な死に様ってなんだと思う?」

「自殺でもすんの?」

「ふはっ!その返しは終わってるよ。っはー」

 登校中に考えていたことをなんとなくで聞いてみたら、予想外の言葉が返ってきて、人前なのに普通に笑ってしまった。人前だったらもう少しおとなしいキャラでいたいところなんだけど。

「笑いすぎじゃね……?まあ、なんだろ。潔く死ねば綺麗なのかな」

「にゃるほど?」なんとなく言いたいことはわかる気がする。

「なんて言うか、これが自分の運命なんだって言って死ねるのはすごい良いと思うんだよ。それが正しいのかはさておき、全く関係ない第三者から見たら綺麗」

「だからと言って全て諦めてしまうのかと言われたらなんかねって感じだからね」

「そうそうそう……って朝から何話してんだ」

「それはそう」

 私のふざけた質問に一応しっかり答えてくれるあたり、優月くんは優しくて変わった人だ。普通ならそんなパッと答えられるような問いではないと思うのだけど、きっと趣味が合うのだろう。

 何はともあれ、久々にしっかりと笑って話せた気がした。

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最後まで生きた君に、笑顔でさよならを 夜桜月乃 @tkn_yzkr

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