第15話 国王陛下の苦悩
ミスティカルナとアルバスティアの国交が正式に結ばれるにあたり、様々な謎が解かれていった。
ミスティカルナ国内向けのオートクラシア語のラジオ番組は、最初はヴェルナーの独裁政権が始めたものだが、なぜ独裁政権崩壊後も続けられていたか…それは、アルバスティア共和国となり民主主義国家として完全に成熟するまでの隠れ蓑だったという。
言い換えれば、オートクラシア語のわかるミスティカルナ人向けの放送だった。気をつけていれば、ほぼ同じ番組の繰り返しだと気づいていただろうが、独裁者を褒め称える内容の放送なんて、まともに聞く人間がいなかったということだ。
そこまでしてなぜアルバスティアの存在を隠したかったのか…ちなみに、サルヴァトリーチェが土産にアルバスティアの号外を手に、ミスティカルナに戻った時は、放送を停止していた。
まるで、エルデンの極秘訪問を待ちわびていたかのように…いや、カリスティオ・ヴェルナーの死亡を待っていたかのように。
…両方かもしれない。
そしてエルデンの代の『オートクラシアからの難民』は、独裁政権時代の戦犯者を収容していた施設からの脱走者だった。だから数人ずつの小規模な人数で、彼らは沿岸の漁船を盗んでは、ミスティカルナに海路で入国していたのだった。
ミスティカルナ沿岸警備隊はその難民と称する脱獄者を調べ、必要に応じて刑務所に収容するなどの措置を取っていたようだ。警察権に関しては、さすがにエルデンの目の届くようなものではない。だから、限られた情報で『オートクラシアはもはや存在しない』と見抜いたエルデンは十分以上に慧眼だった。
ただ、エルデンはやはり象徴としての国王に過ぎなかった。持ち前の正義感と行動力で、かつ情報源が乏しい中で、やれることはやった。やり切った。
だからこそ、アルバスティアの号外新聞はエルデンを打ちのめしたかのようだった。
アルバスティア初代大統領エレーナ・エルディナールはミスティカルナを訪れ、ミスティカルナ議会代表と調印式を行った。
さすがにエレーナがかつてのミスティカルナ王妃だったことを忘れている者はいなかった。妃殿下から一国の大統領へ…華麗な変身を遂げたエレーナは、熱狂的に国民に受け入れられた。大人気の若く美しい、聡明な国王すらも霞んだ。
ミスティカルナからアルバスティアまで、海路で旅行する人も急増した。今は、急ピッチで空港の建設が進められている。
サルヴァトリーチェも時の人から引きずり落とされた。いやー、大変だったなぁとようやく一息ついたようなものだが…自分自身はともかく、エルデンが気になった。前のように仕事をこなしてはいるし、周囲の人間には普通に振舞っているが、サルヴァトリーチェにはどうもおかしいという感じが拭えない。
もはや、母と呼ぶには遠すぎる存在となったエレーナ。そもそもエルデンを『棄てた』エレーナ…
なまじ、あの時エレーナが亡くなっていたら、エルデンも諦めがついている頃だったが、実際はまだ存命していた。
もしかしたら、とサルヴァトリーチェは思う。
エルデンは、十二歳で両親を『失って』から、必死で生きてきた。ここまでの行動を考えると、エルデン自身でオートクラシアを救おうとしていたのかもしれない。オートクラシアでは、政治不干渉の国王ではなく、一般人だから…
だが、彼の手の届かないところで問題は全て解決していて、エルデンはただの道化師となった…本当の意味で『お飾りの国王陛下』になってしまった。
自分だったらそれに耐えられるのかと、サルヴァトリーチェは思った。いや、無理だ。
エルデンのような聡明な人なら尚更だ。実力が生かされることもなく、宝の持ち腐れ…
多分、エルデンのような人は、英雄に向いているのだろうなとサルヴァトリーチェは思った。だが実際は、お飾りの国王陛下に甘んずるしかない。
ワタリバト…あの、薬の処方箋を送るためにエルデンが使った魔法の鳩だが、その時言っていたように高い飛翔能力を持ち、タカやハヤブサに狙われても、その能力で逃げ切れるほどだ。だが動物園で飼うと、野生の個体よりずっと寿命が短いという。限られた檻の中では、運動が足りないからだと言われている。
エルデンは動物園のワタリバトなんだ、とサルヴァトリーチェは思った。限られたスペースで、思い切り羽ばたくことも出来ずに、ただ外から大勢の人間たちに眺められるだけ…
檻から出してあげたい。
まだ式はあげていないし、書類もまだだけど、エルデンとは真剣に結婚しようと言い交わした仲だ。もう、私は妻なんだ。
アルバスティアに行く前までは熱心に続けていたサルヴァトリーチェへの魔法の授業も、途絶えたままだ。このままでは、エルデンの心が病気になる…いや、もう病気かもしれない。いつも通りに振舞っているように周りには見えているだろうけど、サルヴァトリーチェの目は誤魔化せない。
そんな時、サルヴァトリーチェには、ある人の顔が浮かんだ。…エーテルが存在しないアルバスティアで、転移魔法という高度な魔法を使った、あのレイヴン中将だ。
オートクラシア語を話していたが、どこの国なのかわからない訛りがあった。あれは方言などではない。明らかにオートクラシア語が母語でない者が話す発音だった。
…その謎をまず解こう。
サルヴァトリーチェは、手紙を書いた。そして、エルデンに教わったやり方でその手紙をワタリバトに変身させると、窓から飛ばした。
…確か、魔法の鳩は必ずその人のところまで飛んでいくとエルデンから聞いた。だから、必ずレイヴン中将のところまで飛ぶだろう。
あの時、エルデンと二人で処方箋を鳩にして飛ばした時と同じように…ただし今回はサルヴァトリーチェ一人きりで、夜の暗さを苦にもせず飛んでいくワタリバトを見送った。
(2巻に続く)
サルヴァトリーチェと不思議な石(ミスティカルナ編) Vivi @Tentekehanako
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