第14話 アルバスティアへ

 翌朝、再びエルデンとサルヴァトリーチェは秘密通路のある場所に向かったが、ひと目でわかる小型戦闘機があった。レイヴン中将が言っていた通りだ。

 「わー、かっこいい…自衛隊の展示で戦闘機見た事あるけど、あれそっくりだわ」

 「空力を突き詰めていくと、おそらく似た形になってくるんだろうな」

 ペガサスに乗っている自分たちミスティカルナ人が、何か奇妙に感じた。こちらは魔法王国なのだ。

 ペガサスは少し怯えた様子で、戦闘機に近づきたがらない。仕方ないので手前で降りて、帰らせた。

 「ペガサスの便利なところは、自分の意思で厩舎に戻れるところだな」

 「でもねぇ…今はAIが動かす無人自動車が走ってるから、案外そうでもないかもしれない」

 「えーあい?」

 そうだ、エルデンのいた時代にはまだ一般的じゃない。

 「人工知能よ。業種によっては、既にAIを使って仕事をしてるの」

 「よくわからないが、アルバスティアはどうなんだろうな」

 「そこはわからない。長いこと鎖国状態だったんでしょ? だいぶ独特の文化になってはいるんだとは思うけど…」

 サルヴァトリーチェはエルデンとは違い、うまく説明できないので、もやもやした。


 戦闘機に乗るのはさすがに初めてだ。まず、加速がすごい。横目でエルデンを見ると、目を輝かせている。

 「エルデン、嬉しそうね!」

 旅客機と違いノイズがすごいから、耳元で叫ばないと聞こえないのだ。

 「夢だったんだ!」

 エルデンも耳元で叫び返した。一度、戦闘機に乗ってみたかったと言いたかったのだろう。

 サルヴァトリーチェも気持ちはよくわかる。怖いというより、ワクワクしている。もしかすると、地球に帰った時のような気分になれるかもしれない…

 そして、さすが戦闘機。一時間もしないうちにアルバスティアの軍事基地に到着した。滑走路では、あのレイヴン中将が笑顔で待っていた。

 「ようこそ、アルバスティアへ」

 エルデンは苦笑いした。

 「ありがとう。ただ、さすがに空気は悪いな…」

 化石燃料をエネルギーにしている関係で、どうしても空気は悪くなる。

 「これでも、かなりマシにはなったらしいのですが」

 レイヴン中将も苦笑いした。

 「この基地は市街地が近いんですよ。郊外でしたら、もっと空気はいいですよ」

 「では次回は、ぜひ郊外にも」

 エルデンに構わず、サルヴァトリーチェはキョロキョロしていた。間違いない…子供の頃に連れていってもらった自衛隊基地みたい…

 「プリンセスは、基地に興味がおありのようですね。ご案内しましょうか?」

 レイヴン中将に言われて、ハッとした。

 「きょ、興味はありますけど、それより市街地の視察の方が…」

 そうなのだ。視察だ視察。民衆の暮らしぶりや文化を見る方が先だ。政治家でもないのに、軍事施設まで見せてもらってどうする。

 というわけで、今の若い人たちに馴染めるように、一般的なスタイルの服を用意してもらったので、着替えたのだが…

 「うわ、可愛いー! 姫袖だ!」

 サルヴァトリーチェは膝丈の明るい色合いの、レースたっぷりのガーリーなワンピースだった。こんな可愛い服が流行っているということは、政治が相当安定しているのだろう。

 エルデンに見せようと更衣室を出ると、エルデンはエルデンで、シンプルな裾の長めのジャケットに地味なストレートパンツ姿。ジャケットはウエストが細めになっているタイプで、裾がフレアになっていて少しクラシカルだ。

 背も高いし、イケメン過ぎるので逆にこれくらいがちょうどいいかもしれない。

 「ははは…サルヴィ、ずいぶん可愛くなったな」

 エルデンも笑顔だ。

 「本来なら私が案内役を務めさせていただくのですが、最近は外国人観光客が多いですし、アルバスティアの国民は自国の人間に虐げられてきた反動で、外国人に親切です。それとなくボディガードはつけさせていただきますが、邪魔はしないように致しますので」

 レイヴン中将がそう言ってくれた。


 市街地へ出た。

 この服が流行りだと言っていたのは本当だった。スカート丈は様々だが、同じ系統の服の女の子がほとんどだ。ミニ丈に細身のパンツを合わせているオシャレな子もいる。歳のいった女性はゴシック系のレースやフリルのドレスっぽいスタイルだ。それに、なぜかくるぶしまでのロングスカートのメイド服が多い。

 男性は、ストレートのパンツに刺繍が入ったちょっとゴシックなジャケットを着ている。エルデンより少し派手な色が多い。

 「このあたりは、渋谷とか新宿あたりに相当するみたいね、エルデン」

 「そうだな。建物の感じは違うが…やはり何となく、日本に帰ってきたような気さえするよ」

 「もしかして…メイド服は会社員の女の人かな。荷物が仕事ものっぽいし、割と年齢層の幅が広い」

 「さすがだな、サルヴィ。多分そうなのかもしれない…ほら、あのカフェ。メイド服さんが席で書類仕事してる」

 「ホントだ。もしかしてメイドスタイルが、日本でいうリクルートスーツ系に近いのかな?」

 カフェ、と聞いてサルヴァトリーチェはさっそく入ってみたくなった。

 そういえば…

『女性が強い国なので、お支払いやリードはプリンセスがされた方が自然ですよ』

 と、レイヴン中将は言っていた。

『これはオートクラシアだった時からの伝統なんです。何しろ、月経という不調に毎月耐える、命がけで子供を産むという大変なことをしてくれるのが女性なので、男は頭が上がらないんですよ。リナ・シグルドも、実は私の上司でして…給料も女性の方が高いですし』

 と、いうことはだ。

 「エルデン、あのカフェ入ろう」

 テラス席があるオシャレなカフェを指さした。

 「えっ、もう少し歩いた方が」

 「私は、とりあえずパフェの様子でこの国を調べたい」

 「まあ、いいけど…ってこら、腕を引っ張るな。いくら女性上位とはいえこれは恥ずかしい」

 「周りのカップルよく見なさいよ。地球では男が腕を貸して女の子がすがりついてるけど、この国では女の子が腕を『持ってる』じゃない」

 「…本当だ、何だこれ」

 奇妙とまではいかないが、女性上位なんだなという雰囲気が、そこからも漂ってきた。

 「何だか楽しくなってきた」

 エルデンを引っ張って歩きながらサルヴァトリーチェは上機嫌だ。エルデンは苦笑いしながら歩幅を合わせてくれる。

 カフェに着いて、テラス席を頼んだ。早速サルヴァトリーチェはフルーツパフェを注文した。先払い方式なので、さっそくサルヴァトリーチェがカードを出して支払った。よく見ていると、男女割り勘派もかなりいる。慣れないエルデンは、神妙な顔をしていた。

 やってきたパフェは、見たことのないフルーツがいっぱいだった。もちろんサルヴァトリーチェの記憶にも、地球の記憶にもないものばかりだ。

 スイカの味がするベリーっぽいもの、バナナの味がするチェリーっぽいもの、淡い水色のプルーンらしきもの、一口一口が楽しい。

 そもそもアルバスティアは南の国だから、果物が豊富なのだろう。

 「これ、写真で見た時はレアチーズケーキみたいだから注文したけど、味がアボカドで塩味だ。軽食だったのか…びっくりした」

 エルデンも自分の注文したものに驚いている。

 「あはは、なんか味覚がバグりそう」

 サルヴァトリーチェは笑った。

 「これだけ豊富な食材があるということは、経済的に安定してるわね」

 「そうだな。それに外交にも相当力を入れてる…あのおしゃれな人、この大陸の人間じゃないな、観光客だろうか」

 エルデンは、ぴったり身体に沿うデザインのロングドレスを着た美女を目で追った。

 「見たことない…綺麗な金髪に褐色の肌だ…」

 「地球にはいたよね、みんな黒髪で…染めてる人はいたけど」

 「こっちでの記憶ではないな、サルヴィ」

 「だよねぇ」

 ミスティカルナよりはるかに自由かもしれない。ミスティカルナにも観光客はいるが、決して多くない。保守的な国柄だから、観光客のための施設などほとんどないのだ。

 それにキャッシュレス文化、メイド服姿のビジネスウーマンも相当いる。男性と女性が完全に半々だ。これが、十一年前は独裁政権で民衆が苦しんでいた国とは思えない。カフェの店内では、独裁者を褒め称える歌ではなく、爽やかで軽やかな音楽が流れている。

 「さすが、エルデンのご両親ね」

 サルヴァトリーチェが言うと、道行く人たちを眺めていたエルデンがぴくりとした。

 「お母様は、きっとエルデンに自分と同じ条件を与えたくて、魔法使いになる方法を教えたかったんじゃないの? 命がけでミスティカルナにたどり着いて、やっぱり命がけでオートクラシアに帰って…」

 「…そして理想の国家づくりに成功した。だが…」

 エルデンは視線をコーヒーカップに落とした。

 「なぜ、自分たちが『死んだ』ことにしなければならなかったのか…」

 「…エルデン、怒らないで聞いて」

 「何だ、別に怒りはしないよ。何?」

 少し寂しそうに、エルデンは微笑んだ。

 「お母様は、捨て身だったんじゃないかな…捕虜になる振りをして…そしてオートクラシアに着いてから、魔法を使って、大活躍した」

 「…うん、わかる。それはわかるんだ」

 「ただ、タイミングが悪すぎた。まだ両親の愛情が必要な時期に、ヴェルナーがミスティカルナに侵攻した…わたしは庶民出身だから、王族のことはエルデンが教えてくれたことしか知らない。だからよくわかってないことを言っているかもしれないんだけど、王族としての覚悟は常に必要だったのかもしれない。年齢に関係なく」

 エルデンは黙っている。

 「言い方、よくわからないけど…エルデンを『棄てた』んじゃなくて『棄てなきゃならなかった』ということじゃないかって。…王族として」

 また、エルデンは少し寂しそうに笑った。

 「でも、俺なら…」

 そう言いかけて、考え込んだ。

 エルデンが飲み込んだ言葉の意味を思って、サルヴァトリーチェも黙った。…一個人としてのエルデンと、王族のエルデンが、心の中で戦っているのだろう。


 ここは一番人通りの多い場所にあるカフェで、駅の出入口にも近い。自動車も多い。…サルヴァトリーチェも眺めていると、重そうな紙の束を抱えた人たちが何人か、ふと現れた。

 あれは…もしかすると。

 「号外でーす!」

 「どうぞお持ちください、号外でーす!」

 新聞の号外だ。サルヴァトリーチェは走っていくと、人だかりができている中、何とか一枚もらった。

 内容は…

 議会決定、ついにミスティカルナと和解、国交再開の見込み…ミスティカルナ民衆議会から正式返答が到着…エルディナール大統領より今夜公式発表あり…

 大きく、エルデンによく似た女性が写っている。

 「帰らなきゃ…ミスティカルナへ…」

 サルヴァトリーチェは呟いた。

 「エルデン、これ読んで!」

 テラス席へ走って戻った。既にエルデンは号外を受け取った人の広げた紙面を目にしたのか、少し震える手でサルヴァトリーチェから号外を受け取り、広げた。

 無理はない。ミスティカルナでは国王は政治不干渉の決まりがある。エルデンの知らないところで進んでいる政治的案件も多い。

 エルデンは号外の大きい文字を追い、唇を噛み締めた。…今、エルデンの心の中は、いろいろな思いが混じりあっているのだろう。

 「…エルデン、確か名前の意味は『炎』だったよね?」

 サルヴァトリーチェにそう言われ、エルデンは頷いた。

 「わかったよ、サルヴィ。無駄な感情は燃やし尽くすよ」

 「無駄って…何。どんな感情?」

 それにはエルデンは答えてくれなかった。

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