第13話 地下通路にて

 しばらくすると、エルデンの言った通りカリスティオの隠れ場所を見つけた。岩をえぐっただけだが、電池式の照明や生活雑貨などが置いてある。

 「よし、これでアルバスティアの文化程度が知れる…俺もまだ、ざっくりとしか知らない」

 「科学文明が発達している国、としか情報が入ってきてなかったもんね。…なんだこれ」

 サルヴァトリーチェは机の上にカードを見つけた。

 「あ、誰かの名前書いてある」

 ラピスロクスにアイレーネーがいるおかげで、サルヴァトリーチェにもオートクラシアの文字がわかる。

 「ん?」

 「どうした。…おや、オートクラシアやミスティカルナ系統の名前ではないな」

 「やっぱりそうだよね?」

 リナ・シグルドという名前だ。シグルドという耳慣れない苗字。

 「どこの国の人だろう…」

 「ちょっと、俺にもわからない。ただこれ、キャッシュカードかクレジットカードのたぐいみたいだな」

 「もしかしたら、キャッシュレス社会なのかもしれない、アルバスティアは」

 サルヴァトリーチェは、平成六年当時の北京を旅行した時を思い出していた。

 「キャッシュレスって…SuicaやICOCAみたいな電子マネーか?」

 「そういうこと、わかりやすく言うとね。ただしチャージ方式だけじゃなく、デビットカード方式も、後払い方式もある。私がいた頃は、現金が使えない所もあったよ」

 「そうなのか…しかし、なぜこんな所にそんなカードが置いてあるんだ?」

 そして、エルデンがハッと顔を上げた。

 何かの気配に、驚いたように。

 「そこにいるのは」

 「誰だ?」

 二人の男性の声が重なった。片方はエルデン、もう一方は…

 制服姿だ。軍人か、警官か…?

 「ミスティカルナ語だな」

 訛りのあるオートクラシア語で、謎の男は言った。どこの訛りなのかわからなかった。

 「あの出入口から入ったのか?」

 多分、あの鉄の持ち上げ扉のことだろう。

 エルデンは、まっすぐに背を伸ばした。

 「私の顔に見覚えがないということは、アルバスティアの軍人か警官ですね。私はエルデン・エルディナール」

 エルデンはオートクラシア語で言った。続けてサルヴァトリーチェも言った。

 「私はサルヴァトリーチェ・ラミアー。急ぎの用事で、アルバスティアへ向かう途中で…」

 「もしかして国王のエルデン陛下と、プリンセス・サルヴァトリーチェ…? しかしあのお二方がなぜここに…名前を騙っているのか?」

 相手の男はそう言ってから、首を捻った。

 「いや待て…この地下通路を知っているとすれば、エルデン陛下しかおられない…」

 そして、背筋を正すと素早く敬礼した。

 「大変失礼しました。私はレイヴン。…アスケル・レイヴンと申します、アルバスティアの中将です」

 サルヴァトリーチェは、ぽかんとしてアスケルを見上げた。

 「え、ということはアルバスティアの軍隊のひと?」

 「はい、例の殺人鬼の潜んでいたこの通路を調査しておりました。朝、陛下の寄越された使いのものに、奴の死亡を伝えたのは私です」

 「…この男ですね?」

 エルデンはラピスロクスからトリニタスを一瞬登場させた。

 「そうです。では、やはりエルデン陛下で間違いない。そもそも、侍従付きの宝石を持つミスティカルナ人は限られます。重ね重ね、失礼しました」

 「いや、それは構わないんですが…この先は通してもらえそうなんですか」

 エルデンは聞いた。

 「通して差し上げたいところですが、生憎あれの潜んでいた場所ということで、この一帯の軍や警察を上げて調査中です」

 「ここは、もしかすると国境の真下では?」

 エルデンが天井を見上げて、聞いた。

 「そうです。偶然にもアジトが真下でした」

 「なるほど…」

 「でも、ここが通れないとなると」

 サルヴァトリーチェは困った。

 「サルヴィ、レイヴン中将はちゃんとした方だ。これでアルバスティアがどんな国なのか大体わかったよ。…レイヴン中将、結局あいつの企てたことなんですね、猛毒ウイルスは」

 「はい、残党が研究していたようです。例の、ウイルスが漏れた件では、陛下の処方箋が大変役に立ちまして、アルバスティアの全国民が感謝しております。ありがとうございました」

 アスケル・レイヴンは笑顔を見せた。

 「ちなみにあいつは、検死の結果そのウイルス感染の後遺症と思われる状態で死んでいましたよ。この部屋で」

 「えっ、まじで!」

 サルヴァトリーチェは仰天した。

 「わかったわかった、サルヴィは部屋の外に」

 エルデンが苦笑して、外の方に出してくれた。

 「プリンセスには、あまりお聞かせしたくなかったのですが」

 「いや、この子は割と気丈だから大丈夫ですよ。それより、コードネーム『カリスティオ・ヴェルナー』は息災のようですね」

 「はい、陛下」

 「えっ、何それ聞いてない」

 サルヴァトリーチェはエルデンを見上げた。

 「どういうこと?」

 「つまり、アルバスティア側から俺宛ての連絡員だよ。処方箋もそちらに送ったんだ。あの夜、白い鳩にして送ったよな。あれは、俺からの発信だから怪しむな、という印だ。鳩は夜中に飛ばないだろう?」

 「ん? てことはもしかして、この『リナ・シグルド』さんは…」

 「あっ、そこにありましたか。コードネーム『カリスティオ・ヴェルナー』の使っている仮名です。通路でカードを落としたと。本人が拾っていたのですね」

 「あのー、コードネームがカリスティオ・ヴェルナーだと、ややこしくないんですか?」

 サルヴァトリーチェは素朴な疑問を口にした。

 「ミスティカルナ側からすれば、そうでしょうね。専ら、『インテルフェクトル』…つまり殺人鬼、とアルバスティアでは呼んでいて、マスコミですら本名では滅多に呼ばないんですよ」

 「なるほど」

 納得したような、しないような。

 「ほら、サルヴィ。怪盗ねずみ小僧って知ってるか?」

 いきなりエルデンがそんな話を振ってきた。

 「は? 何よいきなり。一応知ってるけど」

 「じゃあ吉蔵って誰?」

 「誰って、それこそ誰よ」

 「それと同じようなもの。名前じゃなくて、ねずみ小僧って呼ばないと有名な怪盗だっていうイメージわかないだろう。ちなみに吉蔵っていうのがねずみ小僧の本名」

 さすがエルデン、無駄なことまで知ってるな、とサルヴァトリーチェは感心した。

 「しかし、アルバスティアに行くつもりでいたのですが、出直すべきでしょうか」

 少し困った顔でエルデンは言った。

 「とおっしゃいますと、公式訪問ではないほうがよろしいのですか」

 レイヴン中将が問い返した。

 「まあ、そうですね…かつてのオートクラシアだった国の、今この時の、ありのままの世界を見たいんです」

 「それならお任せ下さい。明日、お忍び用の服やお二人名義のキャッシュレスカードなどもお持ちします。あいにく、現在のアルバスティアでは、現金はほとんど使われていなくて」

 やっぱりそうだ。エルデンとサルヴァトリーチェは顔を見合せた。

 「この国境線に飛行機を待機させます。ただ生憎、戦闘機になってしまいます。申し訳ありません」

 「構いませんが、旅客機はまだ発明されていないのですか?」

 「まだ国交のないミスティカルナ側には飛んでいないだけで、あります。ですが、ここは大型機の滑走路になりそうな場所ではありません」

 レイヴン中将は申し訳なさそうに言った。

 「ありがとう。では、お礼にこれを…今までの、奴との交流記録が入っています。調査の参考にしてください。ただし、出処が私だということは内密で」

 エルデンはレイヴン中将に、持ってきた鞄を渡した。

 「これは…調査に大いに役立ちます! 本当にありがとうございます。お礼にもなりませんが、私が出口までお送りしましょう」

 「ありがとう。ですが、サルヴィが少し疲れていて」

 「それなら、ちょうど良かったです。ではお手を…フリューガ」

 次の瞬間、入ってきた持ち上げ扉の外にいた。

 「…どういうこと?」

 サルヴァトリーチェはポカンとした。

 「転移魔法…なぜ、あの軍人が…?」

 エルデンもさっぱりわからないようだった。

 「アルバスティアで魔法が使えるのは…母上だけではないということ…なぜ…?」

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