第12話 何かがおかしい
「朝になったら、議会に顔を出す」とエルデンは言ったはずだった。
確かにエルデンは朝一番で急いで議会へ向かったが…帰ってくるなりサルヴァトリーチェに「出発するぞ」と言い出した。
「は? 許可が出たの」
「返答が先延ばしにされた」
「え、なのに出発?」
「今朝早く、カリスティオが死んだという知らせが入った。早く行かなければ…」
ということは、アルバスティアからの情報収集手段が途切れる…なら、直々に確かめようということなのだろうか。
「地下通路は?」
「とりあえず仮に塞いだ。出入口の上に大岩を置いただけなんだが」
「大岩…そう…」
サルヴァトリーチェは、改めてエルデンの魔力の強さを思い知ったような気がした。サルヴァトリーチェに魔法を教える時は、手加減していたのだろう。
「実は…解せないんだ、どうしても。カリスティオのことなんだが、とっくの昔に始末されていないとおかしい。現体制への反逆を訴えていたけれど…彼が独裁者としての旨みを簡単に捨てられるのか。共和制を目指すとは言っていたが」
「そもそも、エルデンはなぜミスティカルナでカリスティオ氏を保護しなかったの?」
サルヴァトリーチェは疑問を口にした。
「エルデンなら、オートクラシアの亡命者として扱って、機会を伺わせるんじゃないかって思ったんだけど」
「鋭いな、サルヴィ。俺は、カリスティオを信用してなかった」
「ということは…?」
「カリスティオは泳がされてるだけじゃないかって…難民船はまだたまに来るが、父の時代の悲惨なすし詰めの船ではない。俺の治世になってからの難民たちは数人ずつで、確かに口々に現体制への不満を述べている。だが、何か不自然さを感じる…それに、『エルデン・エルディナールは悪魔』…そんな話を、科学文明が発達した国の国民が信じるか? あと、宗教問題もそうだ。科学とガイアーナ女神、どちらが強いだろうか?」
「…確かに、少なくとも現代日本では考えつかない話ではあるわね。一部の宗教者で熱狂的な人達はいたけど、全国民を扇動して戦争を起こすようなレベルではなかった」
「そういうことなんだよな…果たして宗教戦争を起こすほど、ガイアーナが信仰されているかどうか怪しい。ミスティカルナでも、司祭階級に限ってはガイアーナ教をはっきりと異端視してはいるが、一般ではどうだ?」
「わたし、絵に描いたような庶民だったけど、そこまでみんな熱狂的なわけじゃない。単に習慣として、日曜に教会は行くけどね。一応『国教』でしょ? 他の宗教自体ないし」
「やっぱりか」
覚悟を決めたように、エルデンは顔を上げた。
「何かおかしい。俺の両親が独裁政権を握ったというカリスティオの言葉も、難民たちの言葉も、何もかも。…やはり行こう、サルヴァトリーチェ…一緒に行ってくれないか」
「言わずもがなだわ、置いていったら許さない」
サルヴァトリーチェとエルデンは、王族としての衣装を脱ぎ、シンプルな庶民の服に着替えた。そしてエルデンは、今までのカリスティオとの交流記録などの詰まった鞄を肩から下げた。
「なんか重そう」
サルヴァトリーチェは鞄を見て言った。
「重いよ。全く…サルヴィがいた頃の日本はペーパーレスだったっていうのに、こっちは二十世紀の初めくらいの文明だもんな」
肩にかけた肩紐を調節しながら、エルデンはため息をついた。
「その代わり、大抵のリーマンはノーパソ持ってたけどね」
「俺のいた頃はデスクトップがまだ主流だったから、ピンと来ないけど…さすがに、あの分厚くて重いノートパソコンではなくなっているんだろう?」
「それ、いつの化石か知らないけど、みんな軽量で薄型のやつ持ってるし、場合によってはタブレットね」
「ジェネレーションギャップを感じるなぁ」
エルデンは苦笑いした。
「さて…どうやって王宮を抜け出そうか」
そこにピョコンとクリスタリアンが飛び出てきた。
「俺に任せてよ。何度もサルヴィのお忍びを助けてきたんだ」
へへへ、といたずらっぽく笑っている。
「道理で、何度警備を厳しくしても、サルヴィが楽々と抜け出せたはずだ」
エルデンが横目でサルヴァトリーチェを眺める。
「あはは、まあまあエルデン、叱るのは後にしてもらっていいかな…」
サルヴァトリーチェは笑って誤魔化した。
ペガサスに二人乗りして、しばらくすると隠し通路のある国境線に着いた。
「言わなくても分かるわ…あのでかい岩」
「そうだよ」
「なんであんなでかいものを」
「まあ、とにかく動かなさそうだろう」
「エルデンの魔法って…」
大きさは直径十メートルはありそうだ。
「コルンバ・アルバ」
エルデンは呪文を唱えると、ひょいと岩を持ち上げて、ずらした。
「ずらすくらいなら問題ない。工事現場見たことないのか、サルヴィ」
「私が住んでたところ、田舎だったからなぁ」
「そうか…いや、普通の人でも五人くらいでこれくらいの石を魔法でどけてるじゃないか」
「あ、なるほど…」
しかし、五人がかりでずらす岩を、軽々と横移動させるというのは、さすがにエルデンにしかできないだろう。
「行こう、サルヴィ」
地面の鉄の扉を持ち上げると、先にサルヴァトリーチェを入れた。
暗いので、サルヴァトリーチェは手のひらに光の玉を出した。荒削りな穴が果てしなく続いている。
「何キロくらい歩くの?」
サルヴァトリーチェは聞いた。
「うーん、五キロくらいかな? ゾルガルージュ山脈は、この辺りは薄いみたいなんだよ」
「でも五キロか…疲れそう」
「問題ないだろ、疲れたらピエシスの作ってくれるオロC飲めば」
「あ、そうか」
「それに多分、途中にカリスティオの隠れ場所があるだろうし」
先に立ってエルデンは歩き出した。
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