エピローグ 白のさざんか





 断られると分かっていながら誘う、そんな月々が経つ。まだ忘れられていないというただその一点で繋がれている、とした。

 ある日、画像フォルダにある写真をふと見返す。

 持留と白のさざんかを映したそれは、ラブホテルに行く道すがら撮ったものだった。

「なにこれ、椿? きれいじゃん」

「これは……さざんかですね」

 街路樹にるように咲く花の顔を、持留が指先でそっと持ち上げた。

 になっていて、俺はどうしてもそれをレンズにおさめたかった。

 持留に花を寄せる俺の手。恥ずかしそうにして花を押し返すみたいに手を添えながら、持留はカメラに向かって笑っている。暗かったから画質があまり良くない。

 それでも、やっぱり、かわいいなあ。どうしようもなく。

 手に入らないものなんざ、忘れるのが吉だ。

 しかし、消そう、消そうとしても消せなかった。





 それから随分経って、俺は二九歳になった。

 たまに、写真を見返している。冬の時期はさざんかを見かけるとはっとした。俺には見分けがつかないから、椿だったのかもしれないが。それっぽい花には全て、その呪いがかかっていた。

 時薬、あまり効いていないのはきちんと服用できていないからだ。相変わらず、彼を誘って断られるということを繰り返していたし、彼に送るはずのプレゼントは後生大事に玄関に置いていた。

 そりゃ時が経とうが頭に残るはずなのだ。

 なんで、そんなに自分を痛めつけることをするのかと聞かれれば、今更気づくのだけど、結局、俺は初めて味わった執着という感情を忘れたくなかった。

 不健康な自虐趣味。

 いい加減、諸々どうにかしなくちゃなあと、やっと気分に区切りがついた頃、広島への転勤辞令が出た。マネージャーの役職に就くためとのことで、栄転だった。

 受け取った辞令を持って家に帰り、玄関に置いてあるプレゼントを手に取る。

 ゴミ箱に持っていって、箱ごと捨てようとしたが、その手が止まった。

 せめて、渡したい。遠くに行く前に会いたい。

 ゴミ箱を覗きながら、考えた。

 奴の働く居酒屋に特攻してしまえばいい。

 もうどうしたって最後なんだから、ちょっとくらいわがまま通してもいいはずだ。

 数原に電話をする。

 会えると考えたら、ただただ嬉しかった。

 最後の最後に、砂かけていくか。

 と考えて、俺は笑った。

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甘くもないし親切でもない 安座ぺん @menimega

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