優しい夜

みつば ざわ

読み切り 優しい夜

 夜の町を声を出さずに泣きながら歩く。夜には怖いおばけが出ると大人たちは言っていた。でも、お家に帰るとママやパパが怒るから帰れない。だから怖くてゆっくりになっても歩いた。

 もうお家からすごく遠くまで来たと思ったとき、頭の上がほんわりした。何だろうと思って両手で頭の上のものを取ってみると、そこには手の平くらいの大きさのほんわりとした雲のような白くて透けているおばけがいた。

「あなたおばけ?」

「ほんわ〜」

 手の平の上のおばけは頷いたように鳴き、空高く1回宙返りをしてわたしの隣にやって来た。それを見ていたら、他にも同じようなおばけが周りにたくさんいることに気づく。手の平サイズのおばけが一番多いけど、もう少し小さい子やパパより大きい子もいる。ネコやイヌみたいな耳がある子もいる。みんな可愛くて大人たちの言っていた怖いおばけはいなかったんだってホッとした。

 わたしの周りを浮いているおばけたちと一緒に散歩をしながらみんなにお名前を訊いてみる。おばけたちは首を横に振った。それならと思ってほんわりしたおばけだからほんわりおばけって呼んでも良いかと訊いてみた。おばけたちは「ほわほわ」と嬉しそうに鳴いた。

「みんなは何してるの?」

「ほんわ〜」

「わたしはお家を出てきちゃったんだ」

 ほんわりおばけたちに家出の理由を話す。パパやママは夜になると「早く寝ないと、もう年中さんなのに明日の幼稚園に遅刻するよ」って言う。でも、寝るとパパにもママにもおともだちにも会えなくなって、真っ暗で何も見えないところで一人ぼっちになるから怖い。今日も寝なさいって言われたけど、怖いのと暑いのとで家族のみんなが寝ても眠れなかった。でも寝ないとママやパパに怒られる。それが嫌で夜の町には怖いおばけがいるかもしれないけど、家族に内緒でここまで来た。

 わたしの話を聴いたほんわりおばけたちはわたしより少し先に進んで「ほわほわ」歌いながら踊り出した。一番大きなおばけがわたしにおいでおいでをする。隣を浮いているほんわりおばけが大きなおばけのところに行こうよと私の右手の人差し指を軽く引っ張る。

一番大きなほんわりおばけのもとへ行くとおばけはわたしの両手を取って一緒に回るように踊り出した。そのままほんわりおばけたちの歌に合わせて皆で道をスキップするように踊る。途中、公園に入るとおとぎ話の舞踏会のように皆が輪になってわたしと一番大きなほんわりおばけを囲って盛り上げる。

「わたし、こんなに楽しい夜は初めてだよ」

 その言葉にほんわりおばけたちは「それはよかった」とでも言うように笑顔で鳴いた。

 ふと、ほんわりおばけたちが消えるように透け始めたことに気づく。

「もしかして消えちゃうの?」

 わたしの質問におばけたちは空を指す。そこには太陽が昇り、真っ黒からオレンジ色に変わり出した空があった。

 みんなとお別れは嫌だとわたしが伝えると1体のほんわりおばけがわたしのもとへ寄って来て一緒に公園の外に出た。それからおばけは道の先を指す。そこには、わたしのお家があった。ママとパパ、それにおまわりさんが外に出て何かを探している。

 ほんわりおばけたちを見る。みんなはにっこり笑顔で頷く。

「また会えるよね?」

「ほわほわ!」

 太陽がどんどん昇る。おばけたちのことが見えなくなってくる。

 わたしはみんなにありがとうと伝えて、自分のお家へと駆け出した。


 それから10年経って私は中学3年生になった。

 勉強や恋愛、人間関係などが複雑で昼間は疲れる。もう一度ほんわりおばけ達に会って癒やされたかったが、あの日以来会えていない。おばけ達は日に当たると見えなくなってしまうので夜、ベランダに出てみたり、散歩をしてみたりして彼らを探すけどどこにも見当たらない。

 プラスチックの板で作ったほんわりおばけのストラップを眺めながら、私は今日の夜もおばけ達を探す。


 さらに時が経ち、私は社会人になった。

 昼間は仕事に追われ、職場の人間関係に頭を抱えるという日々に心が荒む。

 ほんわりおばけ達に会いたい。だから時間があるときは夜の町で探すけどどこにもいない。

 会えないのならと私はおばけ達に出会った夜のことを絵本にしてみることにした。だって絵にすればいつでもみんなに会えるから。それから隙間時間を見つけては描くという日々が続く。

 ある休日、私は朝から夢中で絵本を作っていた。夕方、暗くなり始めても電気をつけることに気づかない程集中していた。

 ふと、頭にほんわりとした感触がした。頭の上から何か感心しているような「ほわ〜」という声が聞こえた。まさかと思って頭の上のものを手に取るとそこには初めて出会ったときのようにほんわりおばけがいた。幻覚かと思い、思わず「嘘……」とつぶやくとおばけは嘘ではないとでも言っているかのように鳴いた。

 それ以来、1体のほんわりおばけは暗くなり始めると毎日やって来て、絵本が完成するまで見守ってくれた。

 そしてついに完成したとき1人と1体は夜のベランダで「ほわほわ」と歌い、踊った。

 すると、そこへたくさんのほんわりおばけ達が全速力で集まって来て、私と一緒に喜んでくれていたおばけにホッとしたように泣きながら抱きつく。もしかして、迷子だったんたろうか。

 それから、時々夜におばけ達と会うようになった。私は絵本をおばけ達に見せたり、初めて出会ったときのように歌い踊ったり、おしゃべりをしたりしてみんなと過ごした。こんな夜が楽しくて、昼間に荒んだ私の心は癒やされていく。

 私は幼い頃に怖かった夜に居場所を見つけた。

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