第19話 レッツメイクアツアツデニッシュ ③
こんにちは。私はエミリア・ベーカー。試行錯誤の十四歳。見習い調術師です。ジャスくんと行く探索に向け、攻撃アイテムとして紅玉魔石デニッシュ改を絶賛製作中なのですが、なかなか上手くいきません。
表面からマグマ燃えたぎるパンが出来ていました。
「魔物が思わず食いつく爆裂パン、難しいものですね……」
知恵を振り絞るとお腹が空きます。それは自然の摂理。
「火傷治しの薬、たしか在庫有りましたし」
消費された糖質を補うべく、失敗作に口をつけようとしたその時でした。ぐいと首根っこを引っ張られます。
「なんですかジーン先生、今良いところで……って!?」
「こんにちは、エマ。……何をしようとしてるの?」
振り返ると、呆れ笑顔とエン麦色、そこには密かに今最推しである人気パン工房のイチゴジャムパン──を持った推し、憧れの人アマリさんがいました。夢のようなコラボレーションです。
「こ、こんにちは、アマリさん!」
「こんにちは。感謝祭の時はありがとう。約束通りお礼に来たよ」
なんて素敵な焼き加減。なんて素敵な笑顔。頭の中の霧が晴れ、天国へ辿り着いてしまったかのような心地です。目がくらくらぐるぐるとしました。
「え、ええと!? どうしたら!?」
「うん、とりあえずそのパンを置こうね」
「お茶!? お茶菓子!? 今お出ししますね!?」
「その食べたら大火傷じゃ済まなそうなパンを口元から遠ざけて」
食卓に着かされ、紅玉魔石パンを回収され、イチゴジャムパンを手渡されます。
「美味しい……素敵……」
「気に入ってもらえてよかった」
ひと口ひと口味わいを噛み締めていると、慈しむような視線を向けられます。
育ちの良さが滲み出る品のある佇まい、それでいて少し抜けた柔らかな空気感。甘酸っぱく蕩けるような舌触り、それでいてその周りを覆うエン麦の香ばしいさくさく感。この合わせ技が堪らなく魅力的です。
「もしかして、さっき食べたドクマムシパンが原因で、全部私に都合の良い幻覚だったりします!?」
「……さては余罪があるね?」
最後のひと口まで美味しい。微笑が崩れたお姿まで麗しい。困惑と呆れをそのご尊顔に浮かべるのもまた良し。おかわりもいただきます。
「怒られたい、叱責されたい……!」
「エマ、ジャスくんみたいなことを言うね?」
二つ目のパンに手をつけたところで、目下の悩みの原因の一部である名前を出されて思わず冷静になります。
「……」
「……えっと、何か悩んでる?」
咀嚼が止まってしまうと、ぽんと優しく頭に手を置かれます。心配をされてしまいました。そんなに分かりやすいのでしょうか私は。
***
「かくかくしかじか、サクサクデニッシュです」
さっそくソファに腰掛け、お悩み相談タイムです。まずは紅玉魔石デニッシュの改善案について。
「なるほどね。単に紅玉魔石デニッシュに魔物罠の香水を振りかけるとかじゃダメなのかな?」
非常にシンプルなお答えが返ってきました。魔物罠の香水は、肉などに振りかけると魔物をおびき寄せる餌を作れる香水です。
秒で解決しました。
しかし──
「……それにしてもエマが……魔物の討伐か……」
その件に関して、あまり良いご反応ではありませんでした。美しい口元がきゅっと結ばれてしまいます。
「ダメ、ですかね?」
「ううん、ただ無茶をして怪我をしないかが心配で」
「お優しい……!」
「でも、君たちくらいの年頃の子の、未知への探究心はよく分かる。……それが自分ではどうしようもないくらいに抑え難いことも。でも、でもなあ……」
なにやら思うところがあるようで、数分ほどの逡巡ののち、そっと両手を掴まれ、じっと両目を見つめられます。
「ねえ、次の休みに激ヤバエリアとやらに行く、それってジャスくんとのデートだったりする?」
「はい?」
え、なに、突然。ヤキモチなら大歓迎ですけど。
「違うなら、私も同行させてもらって良いかな?」
「喜んで!!」
しかし想定外のご提案を、喜んで即座にお受けいたしました。
ええと、うん。ごめんなさい。まあ、ジャスくんも喜んでくれるでしょう。
炭水化物の調術師 〜パンが好きすぎる見習い錬金術師と愉快な仲間たちの暴走スローライフ〜 しろしまそら @sora_shiroshima
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