第4話 耳に説教、気持ち半分

 ゼゴラの質問に言葉を濁すラベルタへ、ゼゴラはぴしりと言う。


「お姉さん誤魔化そうったってそうはいかないよ。しばらく見ない間に大分伸びたじゃないか。ざっと、穢具適正百十度、体力も判断力も、筋力だって、本当はBからAだろ。うーん、やっぱ血筋か、才能だね。三級冒険者、否、ちょっと頑張れば二級ぐらいはなれるでしょ、ラベルタなら。あれくらい、股間から縦に裂いてやればいいのに」


 一目見ただけで、一級冒険者ゼゴラ・タナトは、ラベルタの『状態』をそう断じた。仮にも死線を幾度となく潜り抜けてきた歴戦の冒険者の慧眼がなせる業だった。


「そんなことは、ないです」


 ラベルタはまるで説教でもされているかのような声量で答える。


「ラベルタ。おじさんとおばさんの宿を大切にしたい気持ちはわかるけど、穢具適正なんてのは正直運だし、レーレルみたいな子もいる手前、そういうのは、ちょっと傲慢に思うな。わかるだろ、高い適正を要求する穢具を持っても死んだり病気にすらならない人間は、冒険者になった方が世のためだ」


 ゼゴラは自然と腕を組んだ。


「でも……」ラベルタは俯く。


「ま、それは、ラベルタの自由だからいいけどさ。でも、冒険者になりたくなったらいつでもいいな。質問だっていいぞ。なんでも、お姉さんに訊くがいい」


 ゼゴラは手を伸ばし、乱暴にラベルタの頭を撫でた。彼女は無言で、されるがままに髪を乱される。


「とにかくね、ああいうのにいいようにされるってのはいただけない。レーレルだけじゃない、わたしだって心配だ」


 ゼゴラは窓枠から外を見る。


「だって、大切なお客様ですから」


 絞り出すようにラベルタは言った。


「客だって選んでいいと思うけどな。ああいうこと、一度や二度じゃないだろう」


「……はい。でも、滅多にありませんし、どんな時もカゲクロウが守ってくれます」


 再び彼女は、外でうとうとしている黒い犬をもう一度指す。


「あの穢具め。吠えるだけじゃないはずだ。ちゃんと動くんだろう? あの穢具が動く条件は……」


「持ち主の悲鳴です」


 その言葉に、ゼゴラはえい、と手刀を、ラベルタの頭頂部に落とした。


「あ痛っ」


「まったく。じゃあ早く鳴け、馬鹿者め」ゼゴラは語気を強く言う。


「本当に大変な時はそうしています。でも、なるべくお客様は傷つけたくなくて。それに、本当に、こういうことは滅多にありませんでしたから」


 ラベルタは申し訳なさそうに言う。しかし、ゼゴラはじろじろとラベルタの全身を、嘗め回すように見つめる。


「そうかなあ。これからもっと増えると思うぞ」


「まさか。今までだって……」ラベルタはぽかんとしてゼゴラを見上げた。ゼゴラの意図することがさっぱりわからなかった。その様子が、無駄にゼゴラをイラつかせる。否、悪戯心、或いは嗜虐心を刺激する。


「あーもう、くそ、しばらく見ないうちに色気づきやがって!」


 そういうと、急にラベルタの胸に向かって手を伸ばす。ラベルタは慌てて、守るように身を固くした。


「ちょっと、ゼゴラ!」ついラベルタは声を上げる。


「よいではないか~。どれくらい大きくなったか、お姉さんに教えてごらん?」


 そのまま、身長差に任せて、ゼゴラはラベルタの全身を覆うように抱き着いた。


「うわあ、いい匂い。しかも、レーレルと全然違う。すっごく柔らかくって……ねえ、ちょっと齧っていい?」


 真っ赤になったラベルタの外耳からその奥へ、赤く長い舌をゼゴラは伸ばす。


「死ね、クソ師匠」


 ごつん、と、ゼゴラの頭頂部に棒が叩きつけられた。拍動杖シャムカディカは、持ち主の拍動に乗じて動き、その形態を自在に変える。今は、持ち主であるレーレル・ルルの意図通り、三叉に分かれて、二本の枝で木の板とガラスを抱えつつ、残った一本でゼゴラの頭を殴っていた。ゼゴラは動きを止め、咳ばらいを一つ。


「ふむ。まあまあ、自在に使えるようになったな」


 そして、ラベルタから離れつつ、なぜか自慢げ。


「おかげさまで」


 レーレルの手に握られたシャムカディカは、器用にその一部を刃に変えて木の板を裂き、砕けた壁を取り外し、新しい板を当てはめようとしている。器用なもので、一人で四人分の働きはしていそうだった。


「すごい。前会った時は二本に分けるので精いっぱいだったのに」シャムカディカの動きを、ラベルタはそう評価した。


「そうじゃなかったら、ゼゴラの弟子になんかならないもん」


 レーレルは胸を張った。


「こら。師匠を馬鹿にするなよ。一級の弟子なんか普通、なれないんだからな」


「わかってますよー」


 そういいながら、宿屋の補修はてきぱきと進む。その様子を見、ゼゴラは伸びをした。


「じゃあ、わたしは先に休憩していこうかな」


「お二階のいい部屋が空いていますよ!」


 目を輝かせてラベルタが言う。


「いんや、いい。久しぶりに故郷まで帰って来たんだ。知り合いに挨拶してくるよ」


「酒場じゃなくって?」


 四本の枝に変形したシャムカディカを操るレーレルが冷たく訊ねた。視線はシャムカディカと貰ってきた板切れに向いたまま逸らさない。


「だって、みんなあそこにいるじゃん。朝っぱらから」


「はいはい。でも、飲み過ぎないでね」


「心配してくれるの?」


「この前のドラゴン討伐、幼体だったから五等なんでしょ。大した額貰ってないじゃん。だから節約」


 むっとしてレーレルが言う。ゼゴラの顔から表情が剥がれ落ちた。


「……はい」


 明らかに落胆している。ラベルタはその様子に少し同情した。


「お部屋は完璧にしておきます。お料理もとびきりのを用意しますね。あと、ちょっとしたお酒も……今日、ゆっくり眠れるように」


「ああ。そうしてくれ。レーレルは修理が終わったら、わたしが帰るまで素振りか、もしくはカゲクロウと遊んでな。ああ見えても三級穢具だぞ」


 宿屋の玄関で丸くなり、欠伸をするそれを指す。


「はい。師匠」


 指示を出す時だけは実に師匠然としている。大股で酒場に向かうその背中を見送っていると、なんだか可笑しくなってきて、ラベルタの口角が上がる。


「たまに会うから笑えるんだよ」


「ごめん」


 レーレルの冷たい言葉に、ラベルタの背筋がピンと伸びる。


「でも、やっぱり一級冒険者だから、言うことは正しいし、かっこいいって思うよ」


 一瞬だけ、レーレルも大工仕事から視線を移し、ゼゴラの背を見てそう感想した。


「素直じゃん」


「うるさい。でも、ラベルタだってそう思うでしょ」


 その言葉に、ラベルタは静かに首肯した。


「だって、わたしたちを助けてくれた勇者様だもん」

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