第8話 千夜分の千夜物語
その晩の食事は、ラベルタにとって、久しぶりに楽しいものだった。なにせ、半年ぶりに親友と再会したわけだし、いつも大声で笑っては豪快に飲み食いするゼゴラも一緒だ。二人の冒険譚は、この宿屋から出ないラベルタにとってどれも刺激的だった。
知らない人の冒険譚もそれはそれで楽しいが、知っている人たちなら尚更、レーレルの真面目さや成長。ゼゴラの相変わらずの適当さや、それでもいざとなれば頼りになるその強さ。
「信じられる? 寝てたんだよ、ゼゴラったら。魔物に足齧られながら」
「寝てねえよ! 酒飲んで、ちょっとぼーっとしてただけだ」
そんなやり取りが、なんとなく羨ましく思ったぐらい。
迷路のような洞窟を一か月も彷徨った話。
ゼゴラが魔物の幼体に肩入れして、つい殺せなくなった話。
レーレルがドラゴンの幼体相手に三日三晩戦っていた話。
その間ゼゴラは谷に落ちた酒瓶を探していた話。
道中偶然出会った老人に聞いた、東の果ての財宝の話。
ゼゴラが仲良くなった飲み友達の正体が指名手配犯だった話。
そのすべてにラベルタはきゃっきゃと声を上げ、レーレルを支持してゼゴラを非難したり、逆にゼゴラに同情してレーレルに疑義を呈したり。ラベルタの宿『帰り星』に珍しく、明るい声が弾けた晩だった。
そうしてその晩、ゼゴラは崩れ落ちるように宿屋のベッドに倒れた。そんな彼女の体重を、ベッドは黙って受け止めた。そのまま、ゆっくりと沈んでいく。なんと心地の良いベッドだろう。全身が包まれていくようだった。
机の上には香が焚いてあるらしく、小さく煙を上げている。ベッドの傍のサイドテーブルにはランタンと並んで花瓶があり、黄色の綺麗な花が挿してある。ラベルタらしい気遣いだった。
結局、ラベルタの犬を破壊する作戦は失敗した。森の中で修行しているはずのレーレルが先に宿に帰っていたし、何よりも団欒が楽しかった。そう思ってしまった。一級冒険者として、世界各地で持て囃され、旨い飯など、酒と一緒に吐き出しても何の悔いもないぐらい食べてきた。これからもそうだろう。だが、不思議とラベルタの料理はそう思えない。
レーレルも、やはり友人が一緒だと口数が多くなるのか、久しぶりにあんなに喋っているのを見た。なんだか、遠い昔に、そんな楽しい時間があったことを思い出した、気がした。
もう眠い。朝から酒を飲み過ぎたことが原因なのか、喋り過ぎたのか。酒場の男たちとの約束が頭を過るが、なに、急ぐことはない。明日やろう。欠伸すら出ず、ゼゴラはそのまま眠りについた。
――部屋の前。ドアの向こうに、一人の少女が息を殺して立っていることなど、気づきもしないで。
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