第3話 冒険者子弟

「大丈夫、ラベルタ?」


 腕が鋏に変形した四級冒険者を窓の外に放り投げ、レーレル・ルルはラベルタの前に駆け寄った。レーレルの穢具シャムカディカはその形を、もとの黒い棒切れに戻す。彼女の穢具は変幻自在。彼女の意思に応じて形態を変え、時に不埒な四級冒険者の頭に巻き付き、首を締めあげるなど朝飯前なのである。


「大丈夫。平気」


 目をこすってラベルタは答えた。その瞬間、レーレルはラベルタを強く抱きしめた。そのまま頬擦りするように動くものだから、彼女の短い黒髪がラベルタの鼻をくすぐる。


「だから、大丈夫だって」


 ラベルタはもう一度言う。しかし、自分で大丈夫だと口にしたからだろうか。急に安心感が込み上げてきて、別の涙が目に浮かぶ。


「本当に? なんともない?」


「平気だから。あんなの、別にゼゴラとか、レーレルが来なくたって、カゲクロウが守ってくれるし」


 ラベルタは外に視線を向ける。さっきまで吠えていた黒い犬が、すっかりおとなしくなって宿屋の中を見つめている。


「もう。やっぱり、ラベルタも……」


「しけてんなー。四級のクソザコめ。大した穢具も持ってない。ゴミだゴミ」


 レーレルの言葉をゼゴラが遮る。いつの間にか外に出て、そしてあっさり戻ってきたゼゴラ・タナトは、指輪二つと一振りの短刀を持っていた。


「レーレル、いる?」


「いらない。あんな奴の穢具」レーレルは仇と言わんばかりに、己の師匠が握る穢具を睨んだ。


「そう」


 その言葉を聞くと、ゼゴラはそれをあっさりと握り潰して風に流し、短刀もその場でぱきんと圧し折った。不気味な黒い粒子を血のように流しながら、やがて穢具たちは塵となって消えていく。


「ラベルタも災難だったね。あいつは証書と身包み剥いで捨てといたよ」


 ゼゴラはやれやれと首を振る。


「そこまでしなくても……」


「寧ろ殺すべきだったと思うよ、あんなやつ。冒険者だなんて信じられない」


 レーレルはラベルタから身を離し、しっかりと彼女の目を見ていった。その真剣なまなざしに、ラベルタはなんと返していいのか言葉に詰まった。しかし、浅く呼吸を挟み、


「殺すなんて、駄目だよ。冗談でも」と返した。レーレルは目を丸くする。


「……そうだったね。ごめん」


 しばし間をおいて、レーレルは謝った。そんな二人の様子に、ゼゴラは満足そうに微笑む。


「よし。じゃあ、一応同じ冒険者として、壁と窓は直していこう。レーレル、なんかそれっぽいもん買ってきて。もしくは山からとってこい」


 腕を組み鼻を鳴らし、ゼゴラはぴしりとそういった。


「はい。師匠」


 すっくとレーレルは立ち上がる。慌ててラベルタもそれに続き、


「大丈夫です。修理は自分でしますから……」と声を上げる。しかし、それをゼゴラは手で制す。


「いいのいいの。これも修行の一環なんだから。そうでしょ?」


「はい。ま、ドラゴン倒した後だからちょっと乱暴だと思うけどね」レーレルは体を捻り、筋を伸ばす。


「ドラゴンを?」


 ラベルタは素直に驚きを口にする。


「幼体だけどね。でも、あれで幼体だったら、エルダードラゴン、成体はどんな見た目してるかわかんないよ」


 レーレルは遠い目をしてぼそりと語った。視線の高さが、その大きさを物語る。ほとんど真上を見ているレーレルの姿に、ラベルタは息を呑んだ。


「それはもっと成長してからのお楽しみだな。レーレルがせめて、三級になれたらなー」


 にやにやしながらゼゴラは言う。


「だって、全然試験受かんないし……もっと勉強とかもしなきゃダメなのかな」


 急に声を落とした弟子に、ゼゴラは慌てて手を叩いて話題を戻した。


「ほらほら! とりあえず四級昇格の為に、お使い開始!」


 そして外に出るよう促す。レーレルは、明るく、はい、と返事をして駆け出して行った。このウーバウ集落は、この辺一帯のダンジョンへ行く人たちへの中継地点。そこそこの物資は揃っているはず。ゼゴラとラベルタはしばしレーレルの背中を見送った。


「さて」


 ゼゴラはラベルタを振り見る。つい、ラベルタの背筋が伸びた。


「お前、なんで手を抜いた」


 そして、ゼゴラは詰問した。


「手、って……」ラベルタは思わずそっぽを向いた。


 その様子に、ゼゴラは肩を竦めた。突き付けてやらなくては、とゼゴラは思い、言葉を続けようと口を開いた。


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