ただの宿屋の娘が腐りきった勇者たちへ天誅を下す。
杉林重工
拷問なんてやったことないから殺しちゃったよ。
第1話 手違いで死亡す。
「殺っちゃった~……」
悔恨。
動揺。
混乱。
憤懣。
悲嘆。
宿屋の娘ラベルタは、額に手を当て天井を仰ぐ。頬に掛かった薄紫の髪が、重力に引かれて背中側へ。手からするりと離れた、柄頭にも刃のついた奇妙な鋸が、床に、がつん、と刺さり立直する。その刃から零れた血液が、ぽたぽたと滴った。
彼女の目の前には、かの有名な女冒険者、ゼゴラ・タナトが座っている。快活な冒険者で、大酒飲み。態度はかなり粗雑だが、困っている人々のためならば、時にはドラゴンにだって挑むという、今時珍しい良識ある冒険者と評判だった。そして何より、ラベルタの姉のような存在だった。一人で両親から引き継いだ宿屋『帰り星』の運営に奮闘するラベルタの、もしかしたら唯一の理解者だったのかもしれない――たまに宿屋に来ては、酒臭い息を吐きながら頭を撫でてくれた。
『ラベルタも冒険者になりなよ。わたしは向いてると思うぞー。お姉さんがいつでも弟子にしてやるからな』
ラベルタは自身の髪を摘み、そんな日々をちょっとだけ思い出した。しかし、そのまま、うんうん唸り、がしがしと乱暴に頭を掻き乱す。
「あー、天井、どうしよ」
天井は真っ赤に染まっている。ラベルタは首を右に傾げ、ゼゴラとしばし見つめ合った。ゼゴラの首はほとんど切り落とされていて、左側の皮一枚で唯一繋がっている。今は、左肩に左耳が乗っかっている状態だ。故に、彼女と目を合わせるにはそうするしかなかったからだ。ラベルタの問いかけに、当然ゼゴラは答えられず、こうして漸く、ラベルタは自身の罪と向き合うことになった。
――ほんの一分前、一級冒険者のゼゴラ・タナトは、ウーバウの小さな宿屋『帰り星』の店主、ラベルタによる拷問中の手違いで死亡した。
「だって、こんな簡単に死んじゃうなんてずるだよ。レーレルになんて言えばいい?」
ラベルタは首を戻し、独り言つ。試しにゼゴラの頭を掴み、背骨の切り口同士をかちかちとぶつけて、正しい首の位置を再現してみる。手を離すと、血で滑って、また左肩のお世話になってしまった。駄目だこりゃ。あれだけ頼りになったお姉ちゃんも、死んでしまっては何の役にも立たない。感覚が戻ってきたのか、俄かに感じる部屋全体の血の生臭さに、ラベルタは顔をしかめた。
遠くで、犬のような道具、カゲクロウの鳴き声がする。夜はまだ長い。さっきまで噴水のように首から血を噴き出していたゼゴラ・タナトの死体を見つめながら、ラベルタは今日の出来事を反芻した。
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