フヨウちゃんからの手紙
その日もオレはクタクタになって仕事から帰ってきた。帰りがけにコンビニで買った缶ビールとコロッケ、枝豆が今日の晩飯。それくらいしか食欲がわかないんだから、これでも十分だ。
部屋は薄暗い六畳間のアパート。もちろん一人暮らし。ペットもなし。飯前にシャワーを浴びて、居間に戻ると円卓の上に一枚の手紙が届いているのに気が付いた。
……フヨウちゃんだ……
見なくても分かる。
オレに手紙を出してくれる相手なんてほかにいない。
あの手紙が届いたんだ!
胸の中が温かいもので満たされる。
でも同時にやっぱり会えないという事実が胸に刺さる。
「帰りたいな、あそこに……」
カーテンを開けると、青白い満月が見えた。
夜風を浴びながら缶ビールのプルタブを開けてそのまま飲む。
思い返せば、フヨウちゃんと一緒にやっていた代筆屋の仕事は楽しかった。
だが今はもう、手紙自体が廃れている。
郵界に迷い込む手紙もゆくゆくは失くなっていくだろう。
通信手段は大量に取り交わされるメールばかり。オレの仕事場だってそうだ。下手すると目の前にいるのにメールで要件を伝えてくる。話しかけて来いよ、と思うのだが今はそういう時代らしい。二言目には、ちゃんとメールで伝えてありますよ、いついつのメールで、CCに入ってます、なんて証拠ばかり突きつけてきて。メールはちゃんと目を通してくださいよ、なんて若い奴にイライラと告げられて。
まったく嫌な世の中になったもんだ。
フヨウちゃんが神様になったのもタイミングを考えればちょうどよかったのだ。
それからオレは円卓に戻り、手紙を開いて目を通す。
✉
からうりさま
からうりさんのごほん、とどきました
ありがとうございます
とってもきれいです!
でもかんじがおおくて、ちゃんとよめませんでした
ごめんなさい
だからいっしょによんでください
ふよう
✉
一生懸命書いてくれたんだろうな。
たどたどしい文字からそれが伝わってくる。
泣くなってのが無理だろう。
あそこは本当に楽しかった。
いろいろと大変だったけど。
でも今のこの世界よりずっとよかった。
そう考えるといつもの憂鬱がぶり返してくる。
「はぁぁ……」
と、盛大にため息を漏らした時だった……
ひらり、と手紙の文字の一部が剥がれた。
まるでシールがめくれたみたいに、文字の一部が黒くめくれていた。
ドキリと心臓が脈打った。
分かるだろう? これは普通じゃない。
なにかが起きようとしているきっかけだ。
「ふぅぅ」
そっともう一度息を吹きかける。
と、紙の上にあったすべての文字がフワフワと浮き上がった。
酔っているせいじゃない。
オレは缶ビール一本ごときでは酔わない。
まぎれもなくこれは現実だ。
オレだけが理解できる現実だ。
それからオレはもう一度深く息を吐き、それから文字を吸い込んだ。
するすると口の中に入ってくる文字。味はない。ただ体が実体をなくしていくのが分かった。手が、腕が、体が透けてゆく。
フヨウちゃん……今から行くからね
〇
〇
「カラウリしゃん、カラウリしゃん、たしけてくらさい!」
テテテ、とフヨウちゃんが白い端末をもって走ってくる。
「どうしたの、フヨウちゃん? また変なメール?」
「あい」
フヨウちゃんはあいかわらず、見た目は五歳くらいの女の子。赤い木綿の着物に白いエプロンという格好。サラサラおかっぱの前髪は定規で引いたみたいにまっすぐで、くりくりとした目は愛嬌たっぷりだ。
「なんか、こまってるみたいれす!」
フヨウちゃんは小さな指で、シュッシュッと画面をなぞっている。
どうもこっちの世界も一気に変わってきたようだ。
にしても、またメールに付き合わされるとはな……
円卓に腰掛けると、フヨウちゃんがすぐ隣に正座してくる。
そして二人でちょっと大きめの端末をのぞき込む。
迷惑メールではない。内容は愛の告白だけれど、迷惑メール設定されたらしく、郵界に迷い込んだようだ。ストーカーとかじゃないといいけど。
「なんかカンジがいっぱいれす」
「そうだな。どれ、まずは一緒に読んでみようか?」
「あい!」
かくして俺の代筆屋の仕事は続く。
そういえば……現実世界の退職届、まだ書いてなかったな。
メールで送ってもいいけど、アレくらいはちゃんと手紙で出さないとな。
~かしこ~
代筆屋カラウリの憂鬱 関川 二尋 @runner_garden
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