二回戦 純粋な悪意

「隣の席のパートのババアがね、偉そうでムカつくんですよ。無駄に年食ってるだけのくせにね」

「おい、ババアとか言うなよ!やめろ」

「いいや、言わせてもらう。まず六十代アピールが凄いんすよね。もっと若く見えるって言われたいんだと思うんですけど、どうしても百四十歳くらいにしか見えないんですよね」

「倍を超えましたね」

「多分もう人間じゃないんですよ」

「何言いだすんだ、あんた」

「初見で“うわっ!”ってなったんですけど、昭和のホラー漫画に出てきそうで。だからって人を見た目で判断しちゃいけないじゃないですか」

「晴くんが珍しく良いこと言ってますよ。そうですよ、泣いた赤鬼とかもいますからね」

「そう思って我慢してんですけど、年中ハァハァ言ってて気持ち悪いんですよ」

「強めのツーアウトですよ、大丈夫ですか?」

「構うか。いつも怒鳴ってて、耳遠いとかいうレベルじゃないんですよ。舞台にでも出るつもりかってくらい声うるせえし、常に目が充血してて工場みたいな匂いがするんですよババア。なんか急に爆発とかしそうで怖くないですか?」

「だからババアとか言うなって!生放送なら急にCMが入るやつだぞ」

「良い女ぶって溜息つくから気持ち悪くて息止めて、おいマスクしろよって常々思ってたんですけど水筒からガソリンの匂いがしたんですよね」

「ロボだろ」

「ロボだよな」


 なるほど、これは悪い道化師だ。

 晴は普段は誰よりも温厚で人の悪口なんて滅多に言わない。でも誰かに愚痴を聞かされた時には本人よりも激しく悪口を言う。それはもう聞いているのが爽快なほど、完膚なきまでに相手をけなし散らかす。そうして欲しくて晴に愚痴を聞いてもらう者は少なくなかったように記憶していた。

 晴は今、道化になりたいんだ。

 笑ってくれればそれだけでいい、嫌なことを一瞬でも忘れるくらい腹を抱えて笑わってほしい。そう話していた。

 だから二回戦ここで終わっても良いと思っている。印象が悪くて落選したとして、それもやむなしであるとも。きっと晴は誰かの為に悪口を代弁したのだから、その誰かの心の荷が軽くなったのならばそれで目標達成というところだ。

 


「初めてのパーマって失敗するでしょ?」

「そうですか?話飛んだな」

「大抵は偉大な音楽家みたいになって帰って来るじゃないですか。バッハとか」

「小顔効果狙ってんですかね?バッハって厚みこんなですよ。例えが最悪だよ。確実に失敗してんじゃねえか」

「昔うちの姉がやっぱり芸術的っていうか物凄い変な風になって帰って来て。あの緊迫感ありえないですよ、夕飯を囲む空気ではなかったですから」

「みんな触れないようにしてたんだね。優しいじゃないですか」

「いやもう笑うの堪えてて」

「家族って何だろうって考えさせられちゃいますね」

「僕まだ小さかったんですけど、姉ちゃん怖いから下向いて笑うの堪えて震えてたんですよ。そしたら兄が急にベートーヴェンの話を始めて、今まで兄の口からそんな単語聞いたことないのに」

「兄貴いきなりどうしたんだよ」

「姉ちゃんがベートーヴェンをリスペクトして寄せて行ったんでしょ?ええやん。みたいな流れで落とし所作ろうとしたらいしんですよ、自分の中で」

「ちょっと無理がありましたね。ベートーヴェンに寄せたいなら髪型なんかから入ってはいけない」

「姉ちゃん泣き始めるし母ちゃんは兄貴に怒鳴りながら顔は完全に笑ってるし」

「地獄絵図じゃないですか。どうせ姉ちゃんだってベートーヴェンに興味なんかないんでしょ?」

「これっぽっちも無かったでしょうね。言っちゃいけないって気を付けてると逆に言っちゃう時あるから」

「ああ、それは少しわかりますね。兄貴もそういうのでうっかり」

「多分ね。それに似てるんですけど、よく嫌いな奴の悪口を他の人にメールで送ろうとしたらそいつ本人に送っちゃったりするじゃないですか」

「しないよ?一回もしたこと無い。そんなのよくあったら絶対わざとでしょ」

「間違えたんですって。皆さんも悪口メールする時は名前入れない方が良いですよ、名前に引っ張られるから」

「そもそも普通はメールでまで悪口言いませんからね。しかも何、悪口メールって。勝手に変なジャンル作らないで。もしかしてロボにメール送っちゃったの?」

「なんであんなクソババアとメールしなきゃいけないんですか。ババアPCも宛がわれてない雑用係だから。前の課にいた嘱託のクソジジイですよ。頼んでもねえのに孫の写真とか見せてきて死亡フラグ立てる割に死亡しないんですよね。そんで困ってんの」

「あなたの話聞いてると役所ってイカレた高齢者しか働いてないんじゃないかって不安になるんですよ」

「だいたい合ってますよ。そのジジイめちゃくちゃウザがられてんのに自分をムードメーカだと思ってんですよ。おまえの話に混ざりたくないから皆黙ってんのに自分が盛り上げなきゃって頑張って喋るからデフレスパイラルを巻き起こすっていう。どっちかつうとエアクラッシャーだからな!自己評価なんでそんなに高けぇんだよ?っつって、間違えて」

「職場のPCで悪口のメール送んのやめろ!!リスキー過ぎるだろ!」

「現に間違えちゃいましたからね」

「あなたがね。メールっていうから嫌な予感はしてたけど」

「あと言い忘れたんですけど、ロボットババア鼻かんだティッシュ床に捨てるんですよ」

「それ今言いますか?結構重大な欠陥ですよ?ゴミを拾うならまだしも散らかすロボなんて廃棄できないの?」

「廃棄物対策室っていう部署が一応あるんですけどね、そういうのは人事課の人材育成に言ってって」

「廃棄物対策室の人親切だな」

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コンビ名は道化師 茅花 @chibana-s

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