SUNSET TO SUNRISE
天馬 聖
第1話
プロローグ
『秒読み、発射2分前』
今でも鮮明に覚えている。
2人で見た、あの景色を。
ただ美しいだけじゃなくて、あそこには未来を感じることができた。
まあ、それ以上に、あまりのバカな行動に笑いが止まらなかったけど。
あの時の思いは、今もずっと胸を焦がしている。
『1分前』
お前の言葉は救いだった。
でも、それと同時に呪いでもあった。
知らなければ、きっと、もっと楽に生きて行けただろうに。
誰かに痛みを押し付けて、自分は何も見ないようにする。
『30秒前。内部電源に切り替え』
それだけで、ゆっくりと死んでいける。
何もないかもしれないけれど、それでも何もない自由がそこにはあったはずだ。
そんな安らぎを、お前は奪った。
『12…11…10…9』
お前はあの月へと飛んで行った。
今思い出せば、言っておけば良かった文句が山ほどある。
本当に、いつ思い出しても腹が立つが、それがここまで来るモチベーションになったのも間違いない。
ムカつくけれども、少しだけ頬が緩む。
さあ、ようやくだ。
ようやく、あの時の約束を果たせる。
待っていろ…って、言われなくても、楽しそうに笑いながら、お前は待っているんだろうけど。
「今から、行くよ」
『点火シーケンス開始』
1
3月に入った。
この時期になると、こんなニュースばかりになる。
今年は10年目だから、なおさら多い。
『もうすぐ、未曾有の大災害となった、東北大火災から10年になろうとしております。今年は災害10周年追悼式典も開催される予定であります。第19代征夷大将軍であらせられる、徳川氏からの–—』
会社の昼休み。
BGMとしてTVニュースが流れる食堂で、志道はいつも通りの日替わり定食を食べる。
今日はトンカツ定食だった。コスパ的に悪くない。
いくら安全だからといって、バカ高いくせに大してうまくもない高級レーションを食べるより、何倍もマシだと志道は思う。
志道は作業用のフルフェイスを外して、それを足元に置いた。
中から金髪に染めているだけの、手入れもしていないボサボサの長い髪が現れた。
本人的にはカッコつけているつもりなのだが、側から見れば見苦しいだけなのは分かっている。
それでも、細かなプライドで髪を伸ばし続けている。
ようやく、志道は1日の楽しみと言って良い、昼食にありついた。
何せ、社員食堂のメニューはとにかく安くて量が多い。1日のカロリーの半分は、ここで補っていると思って間違いない。
周りには同じような人間でごった返している。
次の人のためにも、さっさと食事を済ませて、早く席を空けてあげなければならない。
これこそ、共存関係というやつだ。
ただ、そこには入らないヤツらもいるが。
「ほんと、よくこいつら外様産なんて食うよな」
「よっぽど早死にしたいんだろ」
そう言って笑いながら、食堂内にある空気浄化ルームに入っていくスーツ姿の男たち。
彼らは高級レーションを持って、有料サービスの別室へ入っていく。
いくら普段はマスクをして過ごしているとはいえ、これだけ放射能が蔓延している場所で、食事の時だけそんな場所に入って、果たしてどれだけ意味があるのだろう?
そう思わなくもないが、志道には別に関係のない人たちなので、どうでもいい。
このトンカツだって、生産されているのは譜代なのだ。
ただ、調理されているのが外様というだけで。
味としては問題ない、と言うか美味しい。
高級レーションは、完全に譜代の中で生産されているので、確かに放射能汚染はされていないのだが…はっきり言ってマズい。
何が悲しくて、貴重な楽しみの時間を粘土を食べながら過ごさないといけないのか。
志道は空気清浄ルームにいるスーツ達を哀れに思いながら、綺麗にトンカツ定食をたいらげて手をあわせた。
「ごちそうさまです」
さて、今日は市街地区の発電所まで、廃棄物の回収に行かなければいけない。
さらに明日は雨だという天気予報も出ている。
正直、当日になるまで休業になるかどうか分からないが、やるだけのことはやっておかないと後が怖い。
3月にもなると少しずつ日照時間も増えていくので、光資源の消費も穏やかになっていく。
雨の中、高価な光資源を使ってまで廃棄物回収をしに行くことになるとは思わないが、まあ一応。
それに、今日行く発電所の所長はだいぶ…
そう、『適当』な人だから、帳簿にも載らないイレギュラーな廃棄物を押し付けてくることがよくある。
まあ…はっきり言って、それこそ志道にとって労働する目的なのだが。
◇
志道は車を運転する時には、必ず音楽をかける。
当然、爆音で。
何が悲しくて、ロックンロールを聞くだけで反社扱いされなければいけないのか。
エレキギターは電気を使うから、反社会的だとか意味が分からん。
CDに録音する時点で、フォークだろうがクラッシックだろうが電気を使ってるだろうに。
ライブで電気を大量消費するロックは、環境破壊をしているに等しいだとか何とか。
クソが、マジで黙れ。
本当に大した意味もないが、志道は少しだけアクセルを踏み込んでトラックの速度を上げた。
別に時速100キロまで上げるわけじゃない、ちょろっとだけ制限速度をオーバーしたところで、目的地に早く着けるわけでもない。
何の意味もないが、そんな些細な衝動に身を任せたいのだ。
このまま、センスの悪い単車乗り15人だけで新しい国を作りたくなる。
もちろん、そんなに仲間はいないが…
ただの妄想だ。
昨日久しぶりにライブDVDを見直したので、ついそんな妄想が膨らんでしまう。
藩の北部にある原子力発電所までは、トラックで約1時間。
積み込みだの何だのやっていたら、往復で3時間くらいは掛かってしまう。
道中は楽しくやりたいものだろう?
この季節なら、何とか日没までには帰ってこれるはずだ。
と、言う考えが甘かったと、後で思い知ることになるのだけれど…
「思ったより時間が掛かったな」
その理由は、志道が予想した通り、リストにない追加の廃棄物がゴロゴロと出てきたせいだ。
どうせ、どこかに大金吹っかけて引き取った廃棄物を、行政のルートに乗せて処分しようって言うつもりだろう。
たくさん勉強して偉い立場に立ったんだ。
その権力を使って、私腹を肥やそうという気持ちは理解できる。
「こっちだって、それなりにもらってるしな」
志道は、尻ポケットに入れている財布が分厚くなっている感触を感じながら笑った。
「だが、金さえ渡しておけばどうにでもなると思ってるのは、流石に人を舐めすぎだよな」
こんな荷物どうしようもないんだから、普通ならどうにか正規ルートに乗せて、土の下へと処分する。
普通なら、だ。
志道は、会社に向かう方向とは別方向にハンドルを切る。
どうせこのままだと、日没までに会社には帰れない。
と、なれば…
「ちょっと、寄り道させてもらいますよ」
光はバカ高いんだ。使えるものなら、会社のを使わせてもらおう。
自分だって、しょうもない子悪党だ。
他人の悪事は腹の中で笑い、自分の悪事は自虐する。
そうやって、どちらも笑っていられる間は、まだ自分の中でバランスを保てていると信じている。
志道が会社へ帰る前に向かったのは、自分の家だった。
同じような建物が並ぶ住宅街に、一区画だけ、ポツンと空き地が現れた。
志道はそこにトラックで入って行った。
ここは駐車場ではない、ここが志道の家なのだ。
空き地の真ん中あたりの地面に、約50センチ四方の鉄の扉が埋まっていた。
そう、志道はこの空き地の地下に穴を掘って、トラックのコンテナを丸々地下に埋めてしまったのだ。
外界との完全な遮断。
それは全て、自分な好きなロックを常に爆音で浴びれる環境を作るためだった。
なぜかこの世の中は、嫌いな人に積極的に関わって行こうとする人がとても多い。
マジで意味が分からない。
『あいつら全員マゾなのかな?』
としか、特殊性癖のない志道には理解できない。
そんな特殊プレイに巻き込まれたくないので、志道は地下へ潜ることにしたのだ。
同じ言語を使っていても、これだけ考え方が違えば、もはや別の種族だ。
物理的に遮断してしまった方が、お互いのためになる。
そして、その考えは今現在の志道をとても助けることになっていた。
完全に近所との関わりを絶っているおかげで、志道が何をしようが誰も何も気にしなくなってきた。
例え、家の中に核物質を運び込もうと。
志道が地下への扉を開くと、地下から眩い光と爆音のロックが溢れ出してきた。
流れてくる音楽に耳を傾けながら、志道は素早くコンテナへと続く梯子を降りて、入り口の扉を閉めた。
その手には、今日無理やり押し付けられたジュラルミンケースを持って。
志道が梯子を降りると、そこには1人の女性がTVモニターに向かって、ノリノリで拳を突き上げていた。
コンテナの中はほぼライブハウス状態だった。
散乱しているCDとDVD。それらを見ると今日のセットリストが見えてきた。
「今日はヴィジュアル系か…」
それにしても、良いチョイスしている。
この曲なんて、V系を語る上で絶対に外せない名曲だ。
今、ちょうど間奏のところで、ベーシストの英語歌詞が入った。
そしてこのまま観客を煽りながら、マイクスタンドを後にのけ反りながら放り投げる。
これでテンションが上がらないわけがない。
やはり、映像を見ていた彼女も、一緒にマイクスタンドを投げるフリをする。
マネしたくなるんだよな、これ。
そうやって、マイクスタンドを投げる格好になった彼女は、帰ってきた志道と目が合った。
そうすると、後にのけ反ったまま、笑顔で志道に声を掛けた。
「あ、お帰りなさいです。志道」
その人––––本当は何て言ったら良いのか分からないから、とりあえずそう表現するが…
訳があって、外に出ることのできない彼女を、志道は家に匿うことになってしまったのだ。
本当に見目麗しく整った顔立ちで、実年齢は知らないが大人っぽい印象がある。
もちろん、黙っていればだが。
ノリノリで音楽を聴いている姿は、だいぶ子供っぽい。
着る物は、今は志道の着古したジャージを着ている。
こればっかりは、出会った時に何も着ていなかったのでしょうがない。
だがまあ…真っ黒な3本線のジャージでも、ダボっと来てもらえるとそれなりに––––いや、何でもない。
ライブDVDを見ながらはしゃいでいる姿だけだと、ただの少女と変わらないが、こんな「均整がとれた」美しい女性は、絶対に外様にはいない。
いや、彼女みたいな人間は譜代にすら、地球のどこにもいるはずがない。
それこそ、本当に一目瞭然なのだが…
––––髪が、光っているのだ。
この部屋は地下に埋められたコンテナだ。
当然、照明の電源を入れなければ真っ暗で何も見えない。
しかし、今は何のスイッチも入れていない。
彼女のサラサラと揺れるロングヘアーから、光が放たれているのだ。
「ただいま、サン」
志道は彼女に挨拶を返しながら、部屋の明かりを灯した。
彼女が放つ光よりも弱いが、それでも部屋全体を照明が照らした。
そうすると、サンと呼ばれたその彼女はゆっくりと目を閉じて、自分の髪から放たれる光を消していった。
発光がなくなったサンの髪は、志道と同じ黒色になった。
どうしようもなく光が不足しているこの世界で、彼女はおそらく唯一、自分で光を生み出せる存在。
完全に自称なので、どこまで信じて良いものなのか志道にも分からないが、それでもこんな風に光を放つとかマジで意味が分からないし、そもそも…ああ、考えれば考えるほど頭が痛い。
とりあえず、サンが言うことを全面的に信じるならだが、彼女はどうやら…
––––太陽から、やって来たらしい。
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