第5話

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 早いもので、サンが地球に降りてきてから、明日で1週間になる。

 つまり、明日は満月。

 サンが、月へと飛び立つ日だ。

 サンが少しでも月の光を浴びれるよう、志道が車で県北にある道の駅まで彼女を連れていくことになっている。

 もちろん、社用車を拝借して。

「いや、ちょっと待て。そのバンドを入れると、コンセプトが大分変わってくるだろ」

「そう言うのは、どうでも良いのです。私はこれが聞きたいのです」

 と言うわけで、志道とサンの2人は、その道中で流すための『俺(私)が考えた、最強のセットリスト』の制作の真っ最中だった。

「いや、分かる。分かるんだよ?いい曲だしさ。でもさ、セトリってストーリーじゃん?感情の流れって言うかさ?そう言うのを考えないといけない訳で。だったらさ、もっと音楽史にとって重要なものとかさ?そうじゃなくても、この曲の次にこの曲が来るってことは…あ〜なるほどねこう言う意味があるのか。とかさ?そう言ったものを感じれるものにしないといけない訳じゃん?」

 などと、早口で意味の分からないことを捲し立てる志道。

「わ〜見事なオタク喋りですわ、志道。私、初めて本物を聞きました!」

 そして、それを煽り返すことで、絶対に自分の意思を曲げない事を示すサン。

 手をパチパチ叩いているところが、さらにムカつくので◎。

 ここは、まさに戦場。

 2人のバチバチは、かれこれ3時間以上続いていた。

 一触即発の空気もありながらも、何だかんだと本気でバカなことを言い合える時間と言うのは、本当に楽しいものだ。

 だが、そんな楽しい時間にも必ず終わりが来る。

 永遠に終わらない祭りはない。

「私、最後は絶対にこの曲が良いですわ」

 大体、目的地までの走行時間は1時間程度。

 10〜12曲が限度になる。

 その限られた曲数の中で、最後の曲にふさわしいのは、確かにサンが言う通りなのだが…どうしようもない不安要素もある。

 志道はそこに言及しない訳にはいかない。

「分かるんだけどさ…でもこの曲。絶対サビで飛ぶよな?」

「私、屋根をぶち破りますわ」

 サンの瞳に、迷いはなかった。

「感じて、叫ぶよな?」

「むしろ、全て脱ぎ捨てますわ」

 ここまで言えば、分かる人には分かるだろう。

「それってさ…版権的にかなりマズいんだよね!」

 これまで何となくボカして書いてきたんだが、この曲ばかりは一文字で完全に答えが出てしまう。

 志道の言いたいことも、もっともだとサンでも分かる。

 だったら、こう言うのはどうかと、サンは代替案を出した。

「では、伏字で行きましょう!✖️(バツ)で‼︎」

「考え方が完全にダメ人間‼︎」



 日が沈み、夜が更けて、やがて陽が上りまた繰り返す。

 サンが地球にいられる最後の日とはいえ、志道は普通に仕事に行かなければいけない。

 と言うか、車を調達しないといけないので、行かざるを得ない。

 いつも通りの外回りをしながら、その合間に色んな人と無駄話をし、寄り道をし、サボれるだけサボった。

 そうやって、就業時間の終わり間際になってから上司に電話する。

「今日遅くなったんで、このまま直帰しまーす」

 上司が電話の向こうで何やら喚いているが、そんなもの全て右耳から入って左耳へと抜けていく。

「あ、すいません。電波悪いみたいなんでー」

 こんなのに付き合ってても時間のムダなので、さっさと通話終了。

 そのまま電源を切って、志道はスマホをポケットの中に突っ込んだ。

 よし、これで車の確保は完了。

 車のコンテナに乗ってる廃棄物は、まあ…サンのおやつにでもするか。

 もうすぐ日没。

 志道が家に帰る頃には、完全に夜になっているだろう。

 最後の夜が始まる。

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