第6話

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 世界の終わりなんて、パンを焼きながら待ち焦がれるもんだと、デビューシングルでブチかましたバンドがいる。

 意味がわかるようで、いまだによく分からない。

 でも、これで良いんだと、思わされるパワーがある。

 1曲目からテンション爆アゲで、志道はアクセルを踏み込んだ。

 真っ暗な闇の中、サンを助手席に乗せてトラックを走らせる。

 どうせすぐに市街地を離れるんだし、近所迷惑お構いなしで、音楽は爆音で鳴らして行こう。

 何時間もケンカしながら作ったセットリストは、結局、お互いの好きな曲をぶち込んだ闇鍋みたいなものになってしまった。

 意味がわからない並びなのに、「あれ、意外とこの曲の並び良くね?」みたいな発見があって新鮮だった。

 さすが、1週間引きニートをして、ひたすら音楽を聴きまくってた女。ツラ構えが違う。

「しかし、サンは地球が綺麗に見えたから降りてきたんだろ?なのに、家で音楽ばっか聴いてて良かったのか?」

 今さらだが、地球のことを何も見せてあげられなかったことに、志道は罪悪感を…覚えないな。

 だって、いっつも家に帰ったら、楽しそうに歌い踊ってるんだもん。

 少し疑問に思った程度だ、これ。

「太陽には音楽ってありませんでしたので、すっごく楽しかったですわ‼︎」

「そうなのか?」

 地球では、世界中のどんな地域にも独自の音楽があるって聞いたことがあるけど、太陽では当てはまらないのか。

「太陽には宇宙中の愛が集まってきますが、それはとても強い光を放つエネルギーとして集まってくるのです。その光はとても温かくて優しくて。私たちは、それを受け止めるだけで、本当に満足していました」

「満たされているから、主張したいことが出てこないって感じなのか?」

「そうですね、きっとそう言うことなんだと思います。だって私、こんなにも歌によって愛の伝え方が変わるなんて、思ってもみなかったですもの‼︎」

 ––––世界は愛で満ち溢れている。

 サンがいつも口にしている言葉だ。

「お前ら全員死んじまえ、みたいな曲も結構あるけどな?」

「それもまた、愛から生まれるものなのです」

 志道は少し茶化してやろうくらいの軽口だったのに、思いっきり真顔でそう返されてしまった。

「それに、私知ってるんですよ?それって『中二病』って言う不治の病で、常に思ってることと逆のことを言ってしまうんですよね?」

 と、さらにドヤ顔までされてしまった。

 さすが引きニート。

 よく勉強していらっしゃる。

 絶妙に否定しきれないので、志道は苦笑いをするしかなかった。

 でもまあ、サンが楽しそうにしているので、これはこれで良い。

 セットリストも後半戦。

 目的地は道の駅に隣接されている広場だ。

 その公園まであと少し。



 月の光どころか、太陽の光さえ届かない森の中で、ポツンと開けた場所がある。

 物資の流通のため、人々が必死になって切り開いた道だ。

 巨大な木々を切り倒して、ようやく森の中で空を見上げられる場所を作れた。

 周り360度全てが闇に包まれている中、サンにだけ月の光が降りそそいでいた。

 満月の光を浴びたサンの髪が、少しずつ光を放ち始める。

 まるで、ここだけ夜明けが来たようだった。

「なあ、月に着くのにどれくらい掛かるんだ?」

「え〜っと、正確には分かりませんけど、多分12時間くらいじゃないでしょうか?」

 そうか、じゃあ明日の昼前くらいには、サンは月へ着いているのか。

 だったらきっと、その頃には全部終わっているはずだった。

 できれば、月からは何も見えなければ良いなと、志道は願った。

 次第に、降り注ぐ月の光よりも、サンが放つ光が強くなっていく。

 そろそろ時間だろうか…

 ずっと空を見上げて光を浴びていたサンが、ゆっくりと志道の方へと顔を向けた。

「最後に、一つだけ聞いても良いですか?」

「……いいよ」

 何となく、志道はサンが何を聞きたいのか分かった。

 きっと、サンには全部お見通しなんだろうな。

「志道。あなたは死ぬつもりですか?」

「そのつもりはないよ、でも…」

 きっと、そうなるだろう。

 警察に捕まれば死刑だろう。

 もしかしたら、テロの犠牲者の遺族なんかが殺しにくるかもしれない。

 それよりも前に、ロケット発射が失敗して事故死かもしれない。

 もっと違う死に方をするかもしれないし、それでも全然構わない。

 人を殺すと決めた以上、自分も殺されるのは当然のことだ。

 それ以上、2人が言葉を交わす事はなかった。

 ただ、互いを見つめ合う時間だけが過ぎていく。

 何かもっと話した方が良い気もするし、これ以上は無意味な気もする。

 だから、志道は両手を頭の上にあげ、それをクロスさせた。

 それを見たサンは、少しだけ笑って、自分も同じように頭の上で手をクロスさせた。

 もうこうなったら、飛ぶ以外に選択肢がない。

 とりあえず、あまりのくだらなさにちょっとだけ笑いが吹き出した。

 こんな別れが、きっと2人には相応しい。

 だから、この後すぐにサンは月へ向かって飛び立っていった。

 もちろん、手はクロスさせたまま。

 志道はそれを見て、ニヤニヤしながらサンを見送った。


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