第3話

3


「ごちそうさまでしたわ‼︎」

 志道が持ち帰ってきた核廃棄物をきれいに平らげ、サンはきちんと両手を合わせた。

 本当にこの女は何でも食う。

 卵かけご飯から、プルトニウムまで、本当に何でも食う。

 でも、譜代産のレーションを食った後、何とも言えないショボンとした顔を見せた時、志道はちょっとだけ、この女を信用してもいいかもと思ってしまった。

 完全に気の迷いだった。

「相変わらず、意味の分かんねえもの食いやがんな」

 志道がサンと暮らし始めて、3日が経った。

 

 出会った日は忘れもしない

 見たこともないほど、空が白く光り、さらにそこから一筋の光の柱が地上へ向かって伸びてきた。

 それがまさに、志道が山奥に隠れて作った、核ロケット研究所がある方角だった。

 早く何が起きたのか確認しなければ、生きている心地がしなかった。

 すぐに向かったその研究所で、2人は出会った。

 それは元々トンネルを作るために掘られた穴で、どういった理由かは知らないが、開通されずに途中で放置されたものだった。

 こんな場所に誰も来るはずがないと、勝手に占拠させてもらっていたのに、まさかそんな場所で、こんな出会いをすることになるとは…

 核ロケットを開発するために溜め込んだプルトニウムが、光る髪の少女によって、散々食い散らかされていたのだ。

 完全にこの時の志道は頭が真っ白になっていて、後から自分で思い返してみても、どうやっても説明がつかないのだが…

「この星の愛は、とても美味しいのですね‼︎」

 その一言と笑顔が本当に屈託がなくて、どうしようもなく見惚れてしまったのだ。

 だってしょうがないだろう?

 志道は生まれて初めて、こんなに美しい女性を目の当たりにしたのだから。女性に甘いのは、外様の男性には生まれ持った業だ。

 自分でも何をしてるんだと本気で思うが、連れて来てしまったものはどうしようもない。

 太陽から月へ向かう予定だったサンは、その途中で、地球に寄り道をしてしまったらしい。

 その理由は『地球が愛に溢れていて、とても美しかったから』だと言う。

 こんなにも、放射能に汚染された醜い星が、彼女にはそう見えるそうだ。

 そのせいで、本当は月へ向かう予定だったが、フラフラと地球へ降りて来てしまったと言うことだった。

 太陽からやって来た女––––それは言い換えれば、『太陽人』と言うことになる。

 エジソンの電球の発明されるまでは、太陽は神の星と言われていた。

 自然界にはない『光』を生み出せる、唯一無二の存在だったからだ。

 だが、光が科学の力で生み出せると分かった以上、話が変わってくる。

『もしかして、太陽の光も科学で生み出されていて、地球と同じような生命体が住んでいるのではないか?』

 科学者はそう考えたが、それは人類史が始まって以来の宗教観を揺るがす、大問題だった。

 太陽人を証明するためには、太陽まで行くことが手っ取り早いが、地球人にはそんな技術はない。

 サンの存在は、人間にとって神になるのか、それとも悪魔になるのか。正直、志道にとっては手に余る問題だった。


 サンいわく、『愛』が太陽人のエネルギー源らしい。

 生きるため、誰かを想うため、何か行動を起こすため、生命が発するエネルギーの全ては『愛』なんだと言う。

 宇宙中の愛のエネルギーが太陽に集まり、太陽人はその力を使って光を生み出しているのだそうだ。

 そして太陽人は、その愛を宇宙中へ広げるために、まだ生命がいない星へと広がっていく。

 サンは、その光を月へと届けるためにやってきた。その途中で、地球の美しさに惹かれてしまったと言うのだ。

 サンが再び月を目指すためには、1週間後の満月の夜まで待つ必要がある。

 満月の光を頼りに、月へと昇っていくと言う。

「人類の皆さんが産み出すものは、どれもとても素晴らしく、とても美味しいものです」

「例えそれが、自分たちの命を削るものだとしてもか?」

 サンが言うことを全て信じるとして。太陽人とはそう言うものだとして。生命における全ての行動が愛によるものだとしても、そんなに美しいものばかりじゃないだろうと、志道は思う。

 放射能に汚染されない作物を生み出せるのは、壁の向こうの譜代だけだ。

 外様で作り出すものは、工業製品しかない。

 確かに、科学の力でも、人類の生きる糧を沢山産み出しただろう。

 しかし、それと同時にどれだけの人類の命を奪っただろう。

 そんな厳しい力を外様に押し付けて、譜代の人間たちは一体何をしているんだ。

 そんなふうに、どうしても考えてしまう。

 愛よりも、怒りを強く感じてしまう。

 この感情をサンにぶつけても仕方がないことだと分かっている。

 それでも、もう志道はこの言葉を止められなかった。

「だったら、俺がやろうとしていることも、お前たちからしたら愛だって言うのか?」

 真っ直ぐにサンの目を見て、志道はそう問いた。

『お前が食べてしまったプルトニウムは、何の材料に使われるはずだったか、本当に分かって言ってるんだよな?そんな行動が、愛であるはずがないだろう?』

 ––––と。

 自分がしようとしていることが、『愛』であるはずがないと。

 しかし、サンの答えは完全にそれとは逆のものだった。

「もちろんです。だから私はこの場所に降りて来たのですよ。私が宇宙から見た限り、あなたの愛が、この地球で1番大きかったのです」

 サンの答えは、志道を全肯定した。

 テロリズムを、全肯定した。

 地球人と太陽人だったら、どれだけ価値観が違っていても、仕方ないのかもしれない。

 だけど、志道はサンに、そんな言葉を言ってほしくなかった。

「愛なんて言葉を、軽々しく口にするな!」

 怒りなのか、悲しみなのか、自分でも何なのか分からない感情を、志道は叫んだ。

 正直、サンが『愛』という言葉を口にするたびに、志道は心のどこかでそれを笑っていた。

 そうでもしないと、『愛』と向き合うことが出来なかったからだ。

 なのに、サンはそんな志道の心を全て見透かしたように答えた。

「愛なんて、いくらでも溢れているものです。そんなに特別なものではありませんよ」

 まるで母親が、優しく子供を諌めるように、サンはそう言って微笑んだ。

 志道だって、本当は分かっている。

 愛とは絶対正義ではない。

 それはきっと、宇宙中の生物の数だけ存在する。

 そんな無限とも言える愛で、この宇宙は満たされているのだ。

 だからこそ、太陽を燃やすだけの力になり得る。

 ––––それくらいは理解できる、でも…

「では何で、あなたは自分の行動が愛だと言われることを、そんなにも嫌うのですか?」

 サンにそう問いかけられても、志道はどうやっても答えることが出来なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る