第5話




――― いやだ。厭だ。厭だよぅ。生き埋めになんてされてたまるか。


――― 父様に言ってやるからな。この妖怪じじい、僕をはやく助けろよぅ。




 円匙シャベルをさんざ叩きつけられ、それでもなお、若い命の執念か、それともあやかしの櫻から獣じみた生命力を注ぎこまれでもしてきたか。

 泣きわめきながら必死に地上へ這いずりでようとする執拗さ。


 鬼気すらせまるその姿に、みね男爵の両の目はふたたび奇怪な妖術じみた金の輝きを燃やしました。




――― ええい本性をあらわしたか。そも貴様も、あの外道どもらに劣らぬ邪心を芽吹かせた、とんだ悪童ではないか。


――― 県下随一の名門校に籍をおき、りゅうぶんほまれをほしいままにしながら、その裏では教師の目を巧妙にくぐり、徒党をひきいて学友より金銭をしぼりとり、しからぬ闇取引の真似事にすら手をだす有様。


――― 高級菓子やわいせつ写真はまだ可愛らしいものとして、いずよりか酒や煙草、はては大麻煙草までも仕入れこみ、学童どもを悪業の網にからめとるとは大胆不敵。




――― 長ずれば、さきの三匹をもしのぐ天下の大奸物とまでなりおおせていたことじゃろう。そのような無間地獄に堕ちるさだめが、もっとも浅いとうかつごくで済んだとでも心得て、涙ながしつ往生してしかるべきと言うに。

――― 菩薩の化身たるわしの手をわずらわせるとはまったくもって救いがたし。かくなる上は仏罰くだして奈落の底まで叩きもどしてくれようぞ。えい、ええい。




 かんしゃくが頂きにまでのぼった真っ赤な顔をゆがめ、円匙シャベルをちょうど槍のように持ち替えると。

 男爵、その鉄の刃をすでに潰れた男児の顔へと、容赦もみせず突き刺しました。


 さらに大きな悲鳴があがり、その悲鳴がやがて断末魔へと変わり、それがと静まりかえり。

 それでもなお、薄紅の花の舞い散るなか、黄金の陽がかたむくなか、まるで狂った獣のように。

 魑ヶ峰男爵、幾度も幾度も、あけにそまった土のなかへと鉄の切っ先を突き刺しつづけておりました。




 獣じみた動きがようやく静まったのは、春の空にもそろそろ朱い色がまざる頃でした。

 櫻のそめた薄紅の地面のなかには、深く赤黒い傷がうがたれ、いまだに赤錆じみた色となまぐささとを咲かせています。

 鼠をしとめた巨大な猫が前脚で顔をぬぐうかのように、魑ヶ峰男爵はその顔を、汗を、返り血をぬぐいました。


 英国じたての狩猟服も、汗と血と、とびちった土とで汚れ、全身が山棲まいの巨大な肉食獣のようです。

 いまなお目をぎらつかせつつも、ひとまず上着を脱ごうとでもしたか、ふと櫻と地面の傷とに背をむけた男爵は。

 その顔を、ふと、こわばらせました。




 恐るおそる振り返り、おのれの足へと目を向けてみれば。

 いましがたほふられた少年の怨念か。

 否、あやしのざくらが、いましがたの兇行とながされた血に、ふとその牙を剥いたのか。


 黒い土のその中から、黒く細い腕のごとき桜の根が、血にまみれた男爵の足にからみ、その先端を肥えた肉へと突き立てるところでした。




 誰も近寄るもののないびょうやまの山中に、ふたたび悲鳴がひびきました。






 翌年の春。

 華瓶山の登り口に立て直された入山禁止の立て札が蹴り倒されることはなく。


 そも、そののち数年にわたり、華瓶山に近づく者もおりませんでした。


 あたり一帯の風聞によると、いつの頃よりか、日が暮れた山の周りに、樹とも獣とも、あるいは太った人間とも見分けのつかぬ化け物が、すさまじき声で吠えながら現れるようになったのだと言うことです。

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魑ヶ峰男爵と化猫櫻 武江成緒 @kamorun2018

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