第5話
―――
――― 父様に言ってやるからな。この妖怪
泣きわめきながら必死に地上へ這いずりでようとする執拗さ。
鬼気すらせまるその姿に、
――― ええい本性をあらわしたか。そも貴様も、あの外道どもらに劣らぬ邪心を芽吹かせた、とんだ悪童ではないか。
――― 県下随一の名門校に籍をおき、
――― 高級菓子や
――― 長ずれば、さきの三匹をもしのぐ天下の大奸物とまでなりおおせていたことじゃろう。そのような無間地獄に堕ちるさだめが、もっとも浅い
――― 菩薩の化身たる
男爵、その鉄の刃をすでに潰れた男児の顔へと、容赦もみせず突き刺しました。
さらに大きな悲鳴があがり、その悲鳴がやがて断末魔へと変わり、それがしんと静まりかえり。
それでもなお、薄紅の花の舞い散るなか、黄金の陽がかたむくなか、まるで狂った獣のように。
魑ヶ峰男爵、幾度も幾度も、
獣じみた動きがようやく静まったのは、春の空にもそろそろ朱い色がまざる頃でした。
櫻のそめた薄紅の地面のなかには、深く赤黒い傷がうがたれ、いまだに赤錆じみた色と
鼠をしとめた巨大な猫が前脚で顔をぬぐうかのように、魑ヶ峰男爵はその顔を、汗を、返り血をぬぐいました。
英国じたての狩猟服も、汗と血と、とびちった土とで汚れ、全身が山棲まいの巨大な肉食獣のようです。
いまなお目をぎらつかせつつも、ひとまず上着を脱ごうとでもしたか、ふと櫻と地面の傷とに背をむけた男爵は。
その顔を、ふと、こわばらせました。
恐るおそる振り返り、おのれの足へと目を向けてみれば。
いましがた
否、
黒い土のその中から、黒く細い腕のごとき桜の根が、血にまみれた男爵の足にからみ、その先端を肥えた肉へと突き立てるところでした。
誰も近寄るもののない
翌年の春。
華瓶山の登り口に立て直された入山禁止の立て札が蹴り倒されることはなく。
そも、そののち数年にわたり、華瓶山に近づく者もおりませんでした。
あたり一帯の風聞によると、いつの頃よりか、日が暮れた山の周りに、樹とも獣とも、あるいは太った人間とも見分けのつかぬ化け物が、すさまじき声で吠えながら現れるようになったのだと言うことです。
魑ヶ峰男爵と化猫櫻 武江成緒 @kamorun2018
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