第4話




 目をさらに光らせつ、山猫が牙むくようなほほみうかべて、みね男爵は続けました。




――― わしが最初に掘り出したあのはの、お前も名を聞いたことくらいはあろう。U鉱業の社長じゃよ。


――― 県内一円、強引に山をくずし土をあばいて銅鉱石をむさぼり喰らい、土地を明け渡そうとせぬ者らからは奪い取り、土砂鉱毒に泣く者らの口はふさぎ、県庁や県議会にまで横車を押しとおしてきた悪漢じゃ。


――― 去年の夏、県北の開発事業のうしろ暗さを嗅ぎつけた若い官吏を、この山の手前にある森の奥へと埋めさせて。

――― せばよいものを、おのれの悪事にまた柄もなく不安をおぼえ、先月、たしかめに足をはこんだが運の尽きよ。


――― あの悪党の面がまた、このような愛らしい仔猫になろうとは、いやはやまったく、天下には不可思議なことがあるものよ。




 げらげらげら、と吠えるように一しきり笑い、さらに男爵はつづけます。




――― 次にとりあげたあの茶虎は、県央の農村にすむ二十八歳の男での。

――― 働き者で人当たりもよく、親孝行で妻にも子にも優しいと、また大層な評判じゃが、その本性はにも勝る、いや劣りおる外道での。


――― 男が一人、女が二人、男児五人に女児が六人。こやつがひそかに手にかけて、村の藪やら林やらに人知れず埋めた者どもよ。


――― 人の命を奪うことに猟奇じみた慾望をもつこの腐れた魂が、あれほど無垢なものへと変ずるのじゃ。これがいかに貴い奇跡か、お前もすこしは悟ろうて。




 語るうちに酔いしれでもしたかのように、もはや地べたに目もくれず、男爵のざらついた舌はまわります。




――― 三番目の黒ものう。またとんだ悪女の果てよ。

――― 嫁いだ先の、あろうことかしゅうとをば、色香をもってたらしこんで、それをもとに財産をすべて夫君より奪いとりおった。


――― それに加えて、不器量な夫の子など産むのはいやと、とんだ不見識をいだき、しゃっつらのよい若い間男のだねをば、なに喰わぬ顔で産み落とし、あまつさえ、その悪行が露見しそうと危ぶむや、腹をいためた我が子をすらこうせんの闇へ葬った、しゃおののく毒婦じゃよ。




――― いずれもこのまま無事に人の身で生を終えれば、けんごくつる身となっていたこと疑いなしの悪党どもよ。


――― それを地獄どころか畜生道へとすくいあげ、このような清浄無垢なすがたにてんしょうさせてやったというのじゃからな。

――― 化猫櫻とこのわしは、さながら菩薩の化身とでもいうべきものだと解かろうて。




 得意満面に天をあおぎ、鼻と髭とをひくつかせていた男爵は、不意にその目に、獣じみたぎらつきを戻し、土にうずもれた異形の男児の顔へと向けなおしました。




――― その菩薩の化身をまえに、そのような見苦しいさまで、さらに醜悪に駄々をこねて恥じぬとは。


――― ようもわしの清澄なる慈悲の心をば、そのような様で曇らせてくれおった。これで容赦してやるゆえ、とっとと地中へかえらぬか。




 一体どこがどうして菩薩の化身なものか。

 奈落の鬼を彷彿とさせるありさまで、男爵は円匙シャベルを振りあげ、また泣きさけぶ少年へと、ちゅうちょもみせず振りおろします。

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