第3話




――― ええい、醜い。見苦しい。このけがらわしい成りそこないが。

――― 年に一度の、この春の日の楽しみが、お前のせいで台無しじゃ。


――― ほぅれ、こいつを恵んでやろう。

――― ありがたく頂いて、とっとと土の底へと帰り、びょうざくらに残りの生き血をしぼりかすまで捧げるがよいわ。



 みね男爵、そうののしって、円匙シャベルすくいなおしては、泣き声もらす口へと放りこんでゆくその土を。

 異形のは、げえ、げえ、と必死に吐き出し、なんとか地上へ逃れだそうと、じたばた揺れてはもがきます。




――― ひどい、ひどいよ。いよう。

――― じゃあこれはさんの仕業だったんだね。小父さんが、得体の知れない魔法かなにかで、ぼくをこの山へ入りこませて、化け物櫻の根っこに捕まえさせたんだね。




――― ええい、まったく五月蠅うるさい餓鬼めが。もうじんじょう小学校も、五年六年という歳じゃろうに、口のきかたもわきまえぬ。

――― 化け物櫻、とは何事か。これはびょうざくらというてな。にして、また有益さはなはだしい植物よ。




 牙むく獣のようだった男爵の髭面から、わずかにけんがやわらいで、陶然としたものが差しました。




――― 春先になると一足はやくそのつぼみをほころばせる。

――― そこからこぼれた薫りたるや、ほのかながら、天下のあまた櫻はおろか、南方の蘭すらもおよばぬふくいくたる芳香でな。


――― とは言うても、その薫りにはっきり気づくものは稀少じゃ。じゃが、知らず知らずのうちに、その薫りにさそわれて、蜜をもとむる蝶のごとくに櫻のもとへとき寄せられてくる者どもは毎春おるのじゃ。


――― そうした愚か者どもを捕らえ、やくたいもない血潮を吸いとり、その残りかすを慈悲ぶかくも、まこと愛らしい猫の仔どもへとへんじょうせしむるのがこの櫻よ。




――― いやだよぅ。


――― 猫にされるだなんて厭だよぅ。




 かまわず泣きさけぶ声に、男爵、ゆるけた眉をまたぎりりとつり上げました。




――― 何ともまあ。これだけ懇切丁寧に寛恕かんじょをもって、お前がどれだけありがたい運命によくしたかをさとしてやったというに、よくもまあそのように情けなく、た言葉を吐けたものよ。


――― 貴様のようなやからどもを、愛らしい仔猫へと生まれ変わらせる、この櫻の仏のごとき慈悲ぶかさをいまだ解せぬとぬかすか。


――― 化猫櫻の薫りに惹かれて来る者はな、なみたいていの者らではない。


――― 並大抵ではおよびもつかぬ、魂の腐りきった臭いを立ちのぼらせておる者こそが、この薫りに惹かれては、その根元へと捕らわれるのよ。




 憤怒の相をふと得意げにゆがめなおし、かすかに力なくうごく麻袋へと、男爵は顔をむけました。

 すこし傾いた春の日をうけた大きな瞳が、その瞳孔を針のように細くして、かすかに金色にかがやき。

 西洋童話に登場するわるい魔法使いのもつ宝石だまでもあるかのような気味のわるさを帯びました。




――― そうじゃな。ついでに教えてやろうか。貴様のけいぜんしょうについての。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る