第2話





――― いやはや、これはまたずいぶんと。どうして大したりょうよし。おうあいらしい。愛らしいのう。




 まるで我が子に愛情ぶつける若い親でもあるかのように。

 みね男爵、仔猫の白い鼻先を、自分のこわい髭づらへとなすりつけます。




――― さあさあ、こっちじゃ。この寝床でゆっくりと、お前のていまい、待ちわびながら眠っておいで。




 ぐったりとした仔猫を首からひっつかみ、雑嚢からひきずり出した麻袋へと放りこむと。

 いまだ産声ながれ出てくる地面の傷へ、また両腕をしこみます。


 つぎにひきずり出されたものは、これまたもがき泣きさけぶ茶虎の仔猫でありました。




――― おやおや、こいつも中々どうして。可愛らしいやつではないか。

――― ちぃとわんぱくもののようじゃが、それだけ何ともいやつじゃわい。




 小さな頭をぐりぐり撫でて、さらに泣き声あげさせると、満足したとでも言うように茶虎のからだをまた麻袋へ放りこんだ男爵は。

 みたび地面に手を突きいれ、ずぶりとえぐり出しました。


 土のなかからえぐり出されたは、ひときわ小さな、からすの色をした黒い仔猫でありました。




――― いや。これはまたえらくべっぴんなのが実ったわい。

――― きんぎんからすねこか。まったく今年は豊作じゃ。




 悪戯いたずら小僧かなにかのように、別嬪だと呼ぶその顔をさんざいじくり倒し、口が耳まで裂けそうなほどに、にんまり笑った男爵は。

 ぐったりしおれた烏猫をも、また袋のなかへ突っこみ。


 酔いしれたような手つきでもって、またまた地面に腕をしずめて。

 ふと、上気したその顔を、けげんな様子で引きしめました。


 すてた円匙シャベルをたぐり寄せると、よいしょ、と腰を立てなおし、ざくり、ざくりと地面を大きく掘りかえします。


 五〇センチ四方ほどに土をおこした、その中から、ようやく浮かびあがったものは、先の三例とおなじくにこをはやした獣の耳ではありましたが。

 てんでばららに向いたそれらの根元にあるものは、ずいぶん小さくあるものの、見たがえようなく、黒く、長い毛におおわれた、人の頭でありました。




――― なんとも、まあ。

――― ここへ来て、成りそこないが出るとはの。




“成りそこない”と吐き捨てられた、黒い頭のその異形は。




――― うぁぁ。うゎぁぁぁぁ。




 と、気味のわるい、しかし、なんとも哀れな声をあげながら。

 溺れた者が必死に水から顔をあらわそうとするように、土からおもてをあげました。


 土の染みついたその面は、さらに異形でありました。

 たしかに顔ではあるのですが、その造作がなんともいえず不自然で、人の顔をむりやり獣へくずしたような、獣の顔をつぶして人へとねかけたような。

 人と獣の両方の顔をかして混ぜてこさえた、およそ笑えぬ福笑いででもあるかのような。

 そのあちこちに、黒にくわえて白や茶色のいりまじった獣じみた毛の束をはやし散らした異形のそれは。




 ――― たっ、助けて。助けてよぅ。




 と、思いのほかにりゅうちょうな人の言葉を、作りそこねてむざんにこわれたひきだしのような口をうごかして、血みどろのよだれといっしょに垂れ流すのを。

 先ほどまでのふやけた笑みを跡形もなく消した男爵は、きたならしい糞でも視界にはいったような忌々しげな目で返しました。


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