「語り」と「報告」

 小説における「鉤括弧」の役割の一つとして、会話文を「 」で括るというのがある。単語を強調するときの「鉤括弧」よりもずっと多く使われるケースだろう。


 小説の文章は「語り」と「報告」に分けられると言われる。この「語り」と「報告」という概念は、学者の間で若干異なる定義の仕方があるようだが、筆者は次のように区別している。


 「語り」 語り手が読者に対して語っている部分。いわゆる地の文である。

 「報告」 登場人物が別の登場人物に向けて語っている部分。あるいは登場人物が声に出して言う独白部分。


 この「報告」の部分を「 」で括っているというわけである。

 「報告」以外の部分は「語り」であり、「 」の圏外にある。


 ひとつのマイクのようなものを想像して欲しい。このマイクを持って喋っている部分が「報告」である。たいてい登場人物が別の登場人物に向けて


 また登場人物が単に独り言をいう場面。声に出して言う独り言を「 」で括ることがあるだろう。それもまた登場人物がマイクを手にしてしていると思ってくれて良い。


 (心の中のセリフ)は、そのまま「 」をつけずに地の文に書き込むか、または( )で括ったりする。( )で括ることに関して反対する意見もあるが、筆者はときどき使っている。こういうのは理屈ではなく好みの問題だろう。


 さて、「報告」であるが、登場人物Aがマイクを持って喋っている部分が「 」で括られる。終わり鉤括弧(括弧閉じ)がつくと、マイクは登場人物Aから離れる。

 次に登場人物Bが喋る時にまた「 」がつくのだ。その時マイクは登場人物Bが握っている。そういうイメージだ。


 以上を踏まえて、例を見てみよう。


   「こんにちは」

   「いい天気だね」


 こう書くと、この二つの「報告」は別の人物のセリフということになる。

 終わり鉤括弧(括弧閉じ)を使った瞬間にマイクは最初の発言者の手から離れ、次の発言者にわたることになるのだ。


 次の例


   「こんにちは」    ……①

   「いい天気だね」   ……②

   「お出かけ日和だ」  ……③


 ①と②は別の人物の発言。②と③も別の人物の発言。しかし①と③は別なのか同じなのかはわからない。もし登場人物が二人しかいなければ①と③は同じ人物の発言になる。しかし三人以上だとわからない。

 だから、誰の発言かがわかるように書く必要が出てくる。面倒だけれども。


 しかし、中には立て続けに三つくらいセリフを登場人物に言わせたいケースもあるだろう。

 例えば、倒れているひとを見つけて、短いセリフをいくつも続けて発するケースだ。


   「おい!」

   「しっかりしろ!」

   「大丈夫か!?」


 これを一人の人物の発言だからといって、


   「おい!……しっかりしろ!……大丈夫か!?」


と書いても良いのだろうが、何となく間延びした、歯切れの悪い表現に見えたりする。


 書籍化された本は、こうしたケースはかなり苦労したと思われる。

 しかし、投稿サイトでは、余白を有効に使って、この表現を可能にした。


   「おい!」

   「しっかりしろ!」

   「大丈夫か!?」


   「ん?」

   「あ、佐藤か……」

   「だ、大丈夫だ……」


 間に余白を挟まない三つのセリフは同じ人物A(ここでは佐藤)の発言。余白を置いて次の三つのセリフは別の人物Bの発言とすることができた。


 こうした表現方法がウェブ小説ではよく見られる。

 これもまた小説技法の進化というべきだろう。


 ただ、やはり書籍化される本は今でも縦組み(縦書き)が主流だし、余白を頻繁に入れることをしない。出版社がまだそれを認めないだろう。紙本にしてしまうとページ数が多くなってしまうし。


 実は、地の文を挟まないが同じ人物が鉤括弧つきの発言を続けてする場合の表現方法があるにはある。それは本来、長いセリフで改行したいときに用いられた方法だと思われる。

 原則として「 」内は改行できない。いや改行している例はいくらでもあるのだが、やはりマイナーだ。


 次のエピソードで、地の文なしで同一人物の発言を連発する方法をあげる。

 ヒントは夏目漱石『こころ』にあった。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「かぎかっこ」の話 はくすや @hakusuya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ