第60話 さらばウォリナー公爵
「なぜだ……なぜワシがこんなところに閉じ込められねばならん!」
地下牢に幽閉されたモーリス・ウォリナー公爵は、いまだに自分が悪いとは思っていなかった。
それどころか、この状況からでも逆転の目はあると思っている。
なぜなら自分は公爵で、王家の血を引いているからだ。選ばれし者だからだ。
王家そのものに叛逆したからこうなった、という結論には至れない。
彼にとって、自分の都合が世界の中心。あらゆる要素は、それを肯定するためにある。
自分をここに連れてきた衛兵たち。皆殺しにする。
明日から尋問が始まるから、心せよ。そう言った看守。当然、殺す。
棘のある茨は消えた。しかし、それによって負った傷は残っている。マフレナを許せない。一生犯してやる。
自分を散々コケにした湖の小僧。奴は最も許せない。全身の皮を剥いでジワジワと殺したい。
「ウォリナー公爵。こんなところに閉じ込められてしまって。おかわいそうに」
と。
限りなく闇に近かった地下牢に、明かりが現れた。
それは力強く輝く、火の玉だ。
公爵は目の前に現れたそれを、救いの主だと思い込んだ。
「おお! やはり来てくれたか! さっきからどうにも魔法を使えなくて困っていたのだ。さあ、ワシをここから連れ出してくれ。そして魔法を使えるようにしてくれ!」
公爵は火の玉に命令する。
前に力をくれと命令したら上手くいった。だから今回も上手くいくはず。
「ふむ……貴殿の逆恨みの感情は、オレにとって美味でした。だから力を与えてきたし、これからもそれを味わいたいのですが……」
「ならば早く!」
公爵の全身に希望が走り抜けた。
ところが。
「お断り申し上げます」
「なぜだ! なぜワシに逆らう! 前と同じく命令を聞け!」
「命令? 勘違いなさっては困ります。オレと貴殿のあいだに交わしたのは対等な契約。主従関係ではありません」
「ふざけるな! ワシは公爵だぞ!」
「人間が定めた身分など、魔族にとってなんの意味がありましょう? ああ、オレも辛いのです。貴殿の逆恨み、もっと味わいたかった。しかし貴殿は明日から拷問を受けるのでしょう? 心が弱い貴殿は、逆恨みもできずにすぐ屈服するでしょう。そしてオレは肉体的な苦痛を、あまり好まぬのです。残念だ。もう貴殿の心を食べることができないなんて」
「わ、わけが分からないことを言うな! ここからワシを連れ出してくれれば、ワシの感情などいくらでも食わせてやる!」
「それができぬのですよ公爵。貴殿に力を与えるため、契約を交わしましたね? その条件を思い出してください。オレはこう言ったはずです。『決して敗北を許さない』と。それはただの言葉ではないのです。オレと貴殿を結ぶ、魔法的な拘束なのです。貴殿はそれを破った。代償としてオレは貴殿を殺さなければならない。これはオレにもどうにもできぬのです。これを守らなければオレのほうがダメージを負う。最悪、死んでしまうかもしれない」
「ワシを殺す……? ワシは公爵で、王家の血を引いているのに……そんなワシを本当に殺すのか?」
「ええ、はい。契約ですので。公爵? 王家? 魔族のオレがそんなものを気にすると思っているのですか?」
「本気、なのか……ワシを……殺す……湖の小僧でさえワシを殺さなかったのに! 嫌だ! こっちに来るな!」
「ああ、いいですね。その絶望。オレの好みです。最後の最後にご馳走様」
△
深夜。
王宮から火柱が上がる。
その瞬間を俺は見ていた。
なぜなら、魔族の攻撃を予知して王宮に向かっている最中だったから。
公爵はもしかしたら契約した魔族に殺されるかもしれない。そう言ったのはマフレナだった。
しかし彼女でさえ、公爵が捕まったその日に魔族が動くとまで予想はしていなかった。
公爵が拷問によって放つ『負の感情』を十分に味わってから、最後のトドメを自ら刺しに来る――。
そう思っていたのだが、公爵と契約した魔族は、かなりせっかちのようだ。
「実に美味! オレを信じていた愚かさ! オレに見捨てられた絶望! 全てが美味でした! あなたの名は覚えておきましょうモーリス・ウォリナー公爵!」
王宮の上空に、太陽のように輝く火の玉が浮かんでいた。
俺は風魔法を使って跳躍し、その頭上に躍り出る。
「人間と……スライム……!?」
火の玉は、俺の肩に乗っているスライムに意識を向ける。
「いえ、スライムではなく魔族ですか!」
そうだ。こいつの体はスライムだけど、魂は魔族のもの。ゆえに同胞たる魔族を探知する能力は、マフレナさえ凌駕する。
「ピアラジュ。王都にいる魔族はあいつだけか?」
「そうだ。早々に滅してしまえ!」
王都に魔族がいる。
そう教えてくれたのはピアラジュだ。都市のド真ん中で魔族が力を使うなどシャレにならないので、こうして全速力で駆けつけたわけだ。
「なぜです! なぜ魔族が魔族を倒そうとするのですか!?」
「簡単なことだ。ここはレイナードの縄張り。そしてレイナードは我輩の舎弟ゆえ、その縄張りは我輩のものである。自分の縄張りを荒らされたら守るのが当然。お前、生まれたての魔族だろう? 我輩に気づくのが遅すぎる。自分が目をつけた場所にすでに魔族がいたら、争いになるのを覚悟しなければならないというのに」
「ピアラジュの舎弟になった覚えはないけど、まあいいや。とりあえず死ね」
精霊グラツィア。その力と姿を模した召喚獣を呼び出す。
全長三メートルを超える氷の塊が、炎の魔族を包み込んだ。
氷は少しも解けることなく、一方的に炎を消す。
魔族は断末魔を上げるいとまもなく、存在を完全に消滅させた。
俺が召喚したグラツィアの現し身は、無尽蔵に冷気を広げていく。
このまま放置すれば、王都に雪が降るかも知れない。
これから夏になるという時期だ。雪が降ったら凶事の前触れかと騒ぎになるかもしれない。
だからちゃんと召喚獣を還す。
「よし。一瞬で召喚獣を消せた。召喚魔法はもうマフレナより上手かもね」
俺は王都の大通りに着地する。
すると、そこに丁度マフレナが追いついてきた。
「いいですね、才能ある人は。私なんて長いこと努力したのに、なかなか召喚魔法が上達しないんですから。本当、いいですね、才能ある人は」
「二回言った……」
「それだけ嫉妬しているということです。今回の事件、私に見せ場がほとんどありませんでしたし……!」
マフレナは唇をとがらせる。
「ま、いいですけどね。レイナード様は魔族を倒しました。この世界から魔族が減るのは素晴らしいことです。あとは、湖畔に帰ってから私を可愛がってくれたら、それで機嫌を直すとしましょう」
「え。もう日付が変わるっていうのに今から……? まあ、それでマフレナの機嫌が直るなら……」
俺がそう答えるとマフレナは早速、笑顔になる。
が、すぐに慌てた表情に変わった。
「あ! ピアラジュ! 魔族が減るのは素晴らしいと言いましたが、あなたは別ですからね! あなたはもう家族の一員で……あれ、ピアラジュ……? 凍ってますね……」
そうか。
グラツィアの冷気に耐えられなかったか。どうりで静かだと思ったよ。
「かわいそうに。けれどピアラジュに声を聞かれるのは恥ずかしいので、朝まで凍っていてもらいましょう」
「マフレナってたまに酷いこと言うよね……」
「うふふ。私だってたまにはサドを演じたくなるんですよ? ああ、そうだ。今日は趣向を変えて、私が上になるというのはどうでしょう?」
「……マフレナがそうしたいっていうなら」
「ご安心を。ピアラジュはカチンコチンです。玄関に置いておけば、レイナード様の泣き声は届かないはずです。多分」
マフレナは妖艶に微笑む。
お、俺に何をするつもりなんだ……魔族よりスケベエルフのほうがずっと怖い……。
――――――――
『光魔法の才能がないので闇を極めた ~余命半年ヒロインの呪いを吸い取ったら好感度が限界突破したので甘々生活を送る~』という作品の連載を始めました。
そちらもぜひよろしくお願いします。
回復魔法を極めたらぶっ壊れ性能になった。妾の子と迫害されるので実家に頼らず生きていく! 年中麦茶太郎 @mugityatarou
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